第2話 ここ、どこ?
昔、憧れていたんだ。
夕日で真っ赤な道を自転車で後ろに女の子を乗せて下校する。
でさ、その子は落ちないようにぎゅっと俺の腰にしがみつくんだ。
俺は背中でその子の体温とか吐息を感じてドキドキする。
ベタだけどそういうの、好きなんだよね。
まさか、この年齢にになってその夢が叶うとは思わなかったよ。
ただ、ほんのちょっと状況は違って。
運転するのが俺じゃなくて、相手が女の子じゃなくて鎧を着たムキムキの外人のおっさんで、乗ってるのが自転車じゃなくて馬ってだけ。
「ちょ!ちょ!ちょっ!待って!待って!!!」
馬に跨ったおっさんに首根っこ掴まれて、後ろに座らされたと思ったらまさかの発進。
あわてて腰にしがみついてるけど、馬ヤバい!すげぇ揺れる!激しい!落ちる!ていうか腕しびれてきた!
歯が砕けそうなくらい食いしばり、馬の吐息を感じながら衝撃に耐える。
これが人馬一体というヤツなのだろうか。
しばらく続いた地獄の弾丸移動を終え、どうにか町まで着くことができた。
「よぉし、ここまできたら後は徒歩だ。降りてくれ」
「ふぁ…」
返事にならない返事をしながら馬から降りる。というか落ちる。
けっこうな高さから派手に地面にキスをしてしまう。
「おいおい、大丈夫か!」
「は、はい。どうにか…」
トラックに轢かれても無事(?)だったが、今回は少し鼻血でた。
おっさんについていきながら洋風建築の町の中を進んでいく。
ここにきて、今いるのが日本ではないと確信する。そしておそらく町の様子を見るに現代ではない。
というか……、いや、さすがにそれはない…はず。
「あ、あの、今どこに向かっているんですか?」
「んー?まぁ、俺達の屯所みたいなところさ」
屯所…。っていうと、兵士の詰め所か。やっぱり、このおっさん兵士なのか。
そうなると、やはり……。
しばらく歩くと、その屯所とやらに到着した。
どうやら町の中心に近いようだ。
商店らしき建物や多くの民家、少し行った所には小さいながら港も見える。
おっさんの後に続きながら屯所の中に入っていく。
時折すれ違う同じ鎧を纏った人間ににおっさんが挨拶をしながら進む。
おそらく客間であろう場所に通された。
「さ、座ってくれ。今、水を持ってこよう」
「お、お気遣いなく」
とは言ったもの、こちらに来てから何も口に入れておらず、特に喉の渇きは頂点に達していた。
運ばれてきた水を一気に飲み干すと、おっさんは笑いながらもう一度水を汲んできてくれた。
さて、とおっさんは向かいに座る。
「えーと、まずは…、あぁそういえば名乗っていなかったね。俺はジャンだ。よろしく」
ジャンっていうのかおっさん。
「ナイトっだったな?色々話を聞きたいんだけど、君は何であんなとこで倒れてたんだい?」
「そ、そ、その前にいくつかお聞きしていいですか?」
ジャンはどうぞと手をこちらに向けた
「ま、まずはここは、なんていう国ですか?今は、西暦何年ですか?に、日本――、いやジャパンという国を知ってますか?USAという国は?」
ガーっとまくし立てて聞いてしまった。
面食らった様子だったが、おっさんは一つ一つ丁寧に答えてくれた。
まず、ここはガリエル王国のアルタという町らしい。
俺は世界中の国名を知っている訳ではないが、ガリエル王国という名前は聞いたことがない。
西暦というものは知らないが、今はイデア歴957年とのこと。
そして、日本も、ジャパンも、USAも、アメリカなんて国聞いたこともない。
確信した。
ここは俺の知ってる地球ではない。
そう、異世界だ―――。
いやいやいやいや。異世界って。な○う小説じゃあるまいし。
だが、それ以外説明がつかない。
……マジかよぉ。
思わずため息をついて俯く。
「大丈夫かい?」
おっさんが顔を覗き込んできたので、コクっと頷く。
さて、どうしたモンか。
今度はこちらが色々聞かれるだろうが、別の世界からきましたなんて言ったら変に思われるか?
魔法でなんやかんやあったて言えば大丈夫か?
いやでも、下手なこと言って怪しまれるよりは……。
「で、君はなんであんな所に倒れてたんだい?」
「…………じ、実は、何も覚えてないんです」
まぁ、これが安全策か。
「覚えてない?」
「は、はい。なんであんな所にいたのか、何処から来たのか。今まで何をしてきたのか…。な、何も、本当に何も憶えていないんです」
「でも名前は覚えてたろ」
「そ、そうでした。名前だけ、名前だけは憶えています!」
一瞬怪訝な表情をしたおっさんはフームと顎に手をやり考え込んでいる。
ちょっと、ていうかかなり怪しかったか。
しばらく待つように伝えられ、おっさんは部屋を出て行った。
それを見届けふーっと大きく息を吐く。
まずかったか。
この世界がどんな法制なのか知らないので、もし変に疑われて投獄されたり殺されたりしたらどうしよう。
くそっ!全部あの馬鹿トラックのせいだ!…いや、俺がスマホに集中してて道にでたのか?
いやでも、あっちのほうがあんな危ないモンに乗ってるんだから気をつけるべきだ!
そんなイライラを募らせていると、おっさんが別のおっさんを連れて戻ってきた
「やぁ、ジャンの上官のリカルドだ」
挨拶もそこそこに座るリカルドという男。その横で背筋を伸ばして突っ立つおっさん。
細身でオールバックの髪型に鋭い目つき、年齢もおっさんより大分上のようだ。
正直恐い。
「ナイト君。何でも記憶がないとか?」
「は、は、はい。名前以外覚えてなくて…」
なるほどと、上から下までジロジロ観察される。
「何でもいい。覚えてることはないかね?」
ギロッと、また一段と目が険しくなる。
顔を大きく横に振る。何度も。
「変わった服を着ているね。どこで手に入れたのかな?」
「いやっ、分かんないっす…」
「顔立ちも我々と少し違うようだ」
「そ、そうですかね…」
身体が小さく震えているのを自覚する。
震えを抑えようとするが一向に止みそうもない。
しばらく沈黙が続く。
リカルドは相変わらず目線を外さずこちらを睨み続けている。
俺はというと、そのプレッシャーに負けてとても目を合わせられない。
しばらくしてリカルドはスッと立ち上がりこちらを見下ろす。
「わかりました。大変でしたね。ちなみに、これからのご予定は?」
「い、いや。何も憶えてないので…。こ、これからどうしようなと……。」
「そうですか。では、私共で宿を手配いたしましょう。しばらく逗留されてはいかがでしょう」
安堵した。どうやら嫌疑ははれたのだろうか。
何にせよありがたい申し出だ。
よろしくお願いしますと頭を下げる。
「それでは。…そうだ、何か聞いておきたい事はありますか?」
少し安心したせいか、そう訊かれとっさに異世界質問をしてしまった。
「お二人はどういった魔法を使かったりするんですか?」
その瞬間、リカルドは硬直する
「…くっ、ははは。いや失礼、魔法は使ったことがありませんのでね。ご期待に添えられず申し訳ない」
リカルドはくっくっくと喉を鳴らしながら部屋を出ていき、おっさんも失笑に近い表情をしながらそれに続く。
部屋を出てしばらく廊下を進むと小声で話はじめる
「何か隠しているだろうが、アレはまぁ大丈夫だろう。一応、他の町に逃げ出した罪人などがいないか確認しておけ」
「そうでしょうか?どうも挙動不審でしたしが」
「この辺に機密施設は無い。あの男も観察したが、スパイ的な身体の鍛え方もしてない。
というか、あそこまで弛みきった身体もなかなか居ないぞ。それに…」
「それに?」
「あんなマヌケにスパイは務まらんだろ。」
リカルドはそう吐き捨て、再び笑った。