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(旧版)人間一回目のタキ先生と雪の国  作者: 有沢真尋
第三章 光の貴公子
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そこにある光

「アキノが雪の館にこもっているって聞いて、お土産たくさん持ってきたよ。可愛い服やアクセサリーもいくつか買ってしまったんだけど……もういらなかった?」

 イズミはサトリの目をみながら、溌剌としていながらも心地よく穏やかな声で言った。


(これはやばいですね)


 光の魔王だ。いや、大天使的存在かもしれないけれど、見るだけで目が痛い。

 サトリは反射的に顔をしかめてから、アキノはそんな表情はしないはずだと思い直した。「目にゴミが」と横を向き、眉間を指でつまむ。


「ゴミ? 痛いのかな? ちょっと見せてごらん」

 イズミが軽く肩に手を置いて来る。抱き寄せられるかと警戒して、咄嗟に腕を突っ張って胸に手をつき、押し返した。

(あ、やってしまった!)

 自分の過剰反応に焦り、イズミを見上げる。

「おっと。ごめんね、びっくりしたかな」 

 先に謝られた。確かにびっくりしたけど、無言で押しのけたのはサトリなのに。

 その上、たたみかけるように言ってくる。

「目のゴミって取るに取れなくてつらいよね。涙を流すと出ていってくれたりするけど……。どうしよう何か笑わせた方がいい? 悲しい涙はせっかくの再会に不要だよね」

「……僕を泣くほど笑わせてくれるって?」

 こんな上品な顔してどんなネタを隠し持っているんだろう。

「お望みとあらば。そうだね、君の綺麗な涙を見たいしね。……アキノ?」


 最後の呼びかけは、サトリが廊下の壁に向かって両手をつき、大いにうなだれてしまったせいだ。どうしたの? という優しい問いかけ。答えたいのだが、答えられない。

(耐えられる気がしない……。真綿で首を絞められるってこういう……。いや、違うか。とにかくなんかこう、側にいたら危ない気がする)

「イズミ様。この冬の時期といえば、学年対抗の演劇イベントがありましたでしょうか。何か演じられたのですか」

 それまで無言だったタキが、ようやく助け船をくれた。サトリがさりげなく歩き出すと、イズミもそれ以上は追及することなくタキに向かって話し始める。


「私の学年は若き恋人たちの悲劇でした。毎年どこかは必ず演じるのでやめておいた方がと思ったんですが、人気があるのも確かですし。誰もが筋を知っているだけに、配役や衣装が見せどころといいますか。あー、私は今年が最後ということで主役を……断り切れなくて。タキ先生のときはどうでしたか?」

 前を向いたまま、タキはしずかに瞑目した。

(う……討ち死に早ッ)

 そんなイベント、タキ先生が積極的にも消極的にも関わったとは考えにくい。思い出などあろうはずもない。

 

 これ以上気力を削られると今日が始まる前に終わりそうだと思ったが、幸いにもひとまず食堂についた。

 アキノが言うには「イズミは正式な作法はもちろん心得ているけど。学生だしそこまで正式のお茶会にはこだわらないから、それこそ学友みたいな感覚でもてなせばいいよ」とのこと。わざわざ寒い部屋に火を入れるでもなく、いつもの食堂でいいか、という段取りになっていた。正直なところ、助かった。こんな状態で慣れないことをしたらぼろが出まくる。

 今ですら、すでに。


 ちらりと横を見ると、イズミがおっとりと微笑み返してきた。

 世の女性が憧れる王子様というものがいるなら、たぶんこういう感じだろうという柔らかな笑みだった。

 サトリは強張った笑みを返しつつ、失礼にならない程度に目を逸らした。


(こわい……。アキノ様以上に王子様だなんて……未知すぎて怖い……。もうトニさんと寝たい)


 食堂に入る前に、二人分のコートをタキに渡した。

 サトリの服装が完全に男物であることが、イズミの関心をひいたようだった。


「少し……、雰囲気が変わったとは思っていた。本当にアキノ? って。もしかしたら服装が変わったから気持ちや顔つきも変わったのかな。女の子の装いも素敵だったけど、凛々しいアキノもいいね。ここに私しかいないのが残念だ。独り占めの栄誉を頂いたのだと思えば嬉しいけど」

 なんと言って良いかわからず、サトリはただイズミの綺麗な翠眼を見上げてしまった。見下ろす側のイズミは、伏し目がちとなり、睫毛の長さと星を浮かべたような瞳がなおさらその容貌を甘く彩っていた。

(バレてる……? アキノ殿下の顔つきを真似しているつもりだし、鏡を前に並んでみたら本人もかなり似ているって認めていたけど……、やっぱりバレてる?)

 サトリの中にはある種の達観したような諦念があり、しょせん別人なのだからバレるときはバレるとは思っていたが。それにしてもイズミの反応は五分五分といったところで気が抜けない。


 イズミはふんわりと笑ってから食堂のドアノブに手をかけ、開いてみせた。

「お招きいただいて光栄だけど、私は君を見るとつい構いたくなってしまうんだ。出過ぎた行動でもこのくらいはさせてね」

 優しげな声音でそう言うと、サトリが先に入るように促した。


(エスコートされてる……!? これは招いた側がされてはだめなやつでは!?)


 内心サトリは焦って大きく目を見開いてしまったが、イズミの鉄壁の微笑は揺らがない。

 これはもう腹をくくって入るしかないのか、と覚悟したそのとき。


 のそのそと歩いて来たトニさんが、サトリとイズミの足に大きな身体と長い毛先をやんわりとこすりつけて中へと入って行った。

「えっと、トニさん……」

 イズミに言いつつ、後を追うように食堂に足を踏み入れると、イズミも続いてドアを閉めた。

「トニさんも久しぶりだ。また大きくなったかな。あったかそうだよね。今も一緒に寝ているの?」

「気まぐれなので。タキ先生と寝てるときもあります。その方が多いかな」

 本当は、タキと寝ているときもあれば本物アキノと寝ているときもあるのだけど。

「そっか。でも今日くらいはこっちに来てもらおうか」

 イズミは特に疑問を呈することもなくそんなことを言う。

 この人もトニさん狙いか、とサトリが警戒したところでイズミはにこにこと笑いながら続けた。


「話したいことがたくさんあるんだ。今日はトニさんをはさんで三人で寝ようね」


 ……何を言い出したんですかこの大天使様は。


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