人間一回目(後)※挿絵あり
※本日二回目更新です。
「タキ先生はどうして自分が『人間一回目』だと気付いたんですか?」
銀のポットに、タキはたっぷりとホットチョコレートを注いで戻ってきた。
暖炉の前の絨毯に座り込んでゴブレットで飲みつつ、サトリは先程の続きを促す。
自分は水筒に詰めてきたらしい水を飲みつつ、タキは「そうだなぁ」と視線を遠くに投げた。
「子どもらしくないと、ことあるごとに言われていたせいかもしれない。実際に、学校に行っても自分は浮いている、なじめないという気持ちがとても強かった。どこにいても誰とも会話がかみ合わない感じがあった。それでかな。『なんで周りはこんなにうまく子どもが出来ているんだ? スタート地点は同じだったはずなのに、どうして俺はこんなに子どもとして出来損ないなんだ?』と。それで、おそらく周りの奴らは子どもが初めてじゃないんだろうなと。それこそ二、三回目だからうまく出来るに違いないと考えた。だけど俺は一回目なんだろうな。だから勝手がわからない。当たり前のことができない。今も……その延長だ」
ホットチョコレートは、相変わらず濃厚で甘くて苦くて、今まで意識していなかった身体の感覚が呼び覚まされるような味がしていた。
こんな飲み物に合う食べ物なんてあるんだろうか。これだけでじゅうぶん美味しいのだけれど。
トニさんを軽く撫でつつ、サトリはタキの穏やかな声に耳を傾ける。
子どもらしくない。
うまく子どもができない。
「僕は子どもの多い環境で育ったから、それなりに周りの子どもとうまくやる術は磨いてきた。はじき出されたりすると、餌食にされる。いろんな意味でね。誰かをいじめたい子どもや、子どもが好きな大人。いろんなところから見ている。弱い個体を狙っているんだ。タキ先生はそういうことはなかったの?」
トニさんを撫でながら目を向けると、タキがじっと見返してきた。
夜空のような目をしている。
(その目で見つめられたいと思っていた女の人、いたんじゃないかな。知らないけど)
「おそらく俺はやることなすこと不出来で不格好だったが、『弱い個体』とは認定されなかったようだ。むしろ『いないもの』という扱いの方が多かったかな。それを自分でも望んでいた。誰とも関わらずに生きていける方法を探そうと思って、出来る限りの学問は修めたわけだ。勉強だけはそんなに苦手でもないらしくてな。それで……、学校に死ぬまでこもっていようと思っていたが、アキノ様に引き抜かれた。隠遁生活をさせてやると言われて」
タキはうなだれて、トニさんの顎を撫ぜ始めた。
トニさんは目を瞑ったまま顎を逸らした。気持ちよさそうで、もっととねだっているようだった。
「事情はわからないなりにわかりました」
「サトリ殿下はわからないことを無理にわかろうとしないのが得意なようだ」
唇の端に笑みをのせて、タキが目元をほころばせた。
「それはまぁ。今日だけでわかるつもりはないです。もっと話して、もう少しいろんな角度からあなたを知らないと」
ゴブレットに口を付けて、飲み干して言うと、タキが小首を傾げて言った。
「俺に興味がある?」
「あ~~~~、そういう言い方は絶妙に嫌です。気を付けてください。僕の興味関心は共同生活をする上でのあなたの特性であって、あなた個人へのものじゃない。これが違う性質のものだというのは理解してください。じゃないと、先生いずれ女の人に訴えられますよ」
「それは恐ろしい。やはり女性には近づかないに限る」
サトリの言った意味がわかったのかわからないのか、タキはとても渋い表情で目を瞑り、水筒に口をつけて水を飲んだ。
「ホットチョコレート、僕だけでは飲み切れませんよ。どうして先生は飲まないんですか?」
ふと気になって尋ねると、タキが無表情のまま視線を流してきた。
「刺激物だからな。念のため口に入れないようにした。味見もしていないが、作る分には作れていると思う」
「それって、僕には飲ませても大丈夫なんですか? あ、というか女性に混ざるときに飲むものでしたっけ。会話が弾む効用も期待できるのかな? なおさら先生が飲んだ方が良いと思いますけど。僕はいま便宜上女性ではないていで話していますけど、タキ先生は女性とまざ」
「サトリ殿下」
やけに冷ややかに、タキに遮られた。
何を言う気かとサトリが待っていると、タキは速やかに立ち上がった。
「今日のところはここまでとする。必要があればまた次の機会に話そう。よく歯を磨いて寝るように」
「わかりました」
何が決め手だったかわからないが、タキは撤退を決めたらしい。話しすぎて気まずくなったのかなと思ったが、この変に謙虚さのない男はそんなことでは悩まない気がしなくもない。
「トニさん」
タキとサトリが揃って声をかけたが、トニさんはとにかく気持ちよさそうに身体を伸ばして眠り続けていた。
非常にいまいましそうな、昏い表情でタキが言った。
「仕方ない。今日はサトリ殿下がトニさんと寝ていい」
「お、やったー。トニさんと寝たかったんですよ。嬉しいな」
サトリはタキの表情に気付かなかったふりをして素直に喜びを表現する。おそらく、タキは今日トニさんと寝たかったに違いないが、ここは本猫の意向を尊重するようだ。
歩き出したタキに続き、サトリはドアの前までついていった。
ドアに手をかけて、タキが振り返って生真面目な表情で言った。
「おやすみ。良い夢を」
「トニさんと寝られるから、それはもう」
煽りになると知りながら言ったが、タキは鷹揚に頷いてから出て行った。
目の前で閉まったドアを見て、足音が去っていくのを聞きながら、サトリは息を吐き出す。
(なんだか思い込みが強いのはよくわかったけど……、世捨て人になるのはもったいないスペックだって本人は気付いてないのかな。それともそんなこと関係ないくらい、便所バッタに生まれ直したいのかな)
差し当たり今日のところは、これ以上考えずに寝ようと思った。
何せトニさんがいるのである。
暖炉の前で長くなって寝ているその姿は、わかりやすい幸せの形をしていた。




