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第2章「熾烈」瀾(五)

 筑後川近くに有る寺・梅林禅寺の辺りで、レンジャー隊の車と、私の仲間達は落ち合った。周囲には避難者が溢れている。

「あれは……佐伯漣は、一体、何者なんだ?」

「聞いた事は()えか? 『神に選ばれた者』『超越霊(オーバー・スピリット)の力を持つ者』の話を……」

 おっちゃんは、通信機を兼ねた黒い防護マスクをしたまま、レンジャー隊の副隊長(ブルー)に説明する。プロテクター付のツナギの上に、黒いフード付のコートを着ている。

「普通の……魔法使いや超能力者とは……違うのか?」

「違う。あんだけの無茶苦茶な真似が出来る上に、普通の『魔法』や『超能力』は無意識の内に無効化してしまうらしい。『魔法使いにとっての魔法使い』『超能力者にとっての超能力者』……いや、それでも控えめな喩えだな」

「勝てるのか?」

「警察や軍隊や俺達みたいなのが……台風や洪水や地震や火山の噴火に『勝てる』か? あれは、そう云う代物だ。ゴジラみたいな化物が、たまたま、人間の姿をしているだけだと思え」

「倒せないのか……?」

「遠くから狙い撃つとかすれば……あるいはな……。だが、ふい打ちで、確実に一撃で殺す方法を取るしか無い」

「どう云う事だ?」

「あいつらは、生きて、意識が有りさえすれば、いつでも、どこでも、あんな真似が出来る。命を奪うか、意識を失なわせる事が出来なければ、手足を一本残らず破壊出来たとしても……気の荒い人喰い熊を、手負いのヤケになってる気の荒い人喰い熊に変えるだけだ。事態は余計悪化する可能性が高い」

「何故、そんな事を知ってる?」

「そっちこそ、何故、知らない? 一〇年前の富士の噴火の理由を……」

「えっ? お……おい、まさか……」

「どうやら、どこぞのバカが、『富士山の神』の力を持つ者を殺そうとしたらしい。マヌケな事に、自分が殺そうとしたヤツが、どんな化物かも知らずにな……。その結果がアレだ」

「待て……それは……本当なのか?」

 桜さんが、話に割り込む。もし知らなかったのなら、心穏かでは無いだろう。桜さんは、富士の噴火で故郷と家族を失なったのだから……。

「詳しい話は時間がかかる。まぁ、『神の力を持つ者』は同類がデカい事をやらかした場合、それを検知出来るらしい。あとは……あの時、俺達の仲間が救助活動に行って見付けた状況証拠だけだ」

「その状況証拠って……何だよ?」

「だから、何で、おまえらが知らねぇんだ? 流石にあの時は、俺達もレコンキスタの上層部と手を組んだんだぞ。人の命を1つでも多く救う為にな。俺達が得たのと同じ情報を、おまえらの上層部も知ってる筈だ」

「……イエロー、この話は後にしよう。まずは、佐伯をどうするかだ」

「了解しました」

「俺達の仲間に奴の同類が居る。それも、奴にとっては、力の相性が悪い相手がな。そいつが今、こっちに向かってる。到着まで、最大でも、あと1時間だ」

「待て……化物に化物をぶつけて……ただで済むのか?」

「相手は歩く天災みたいなモノだ。自分が不利だと判る状況に追い込んで……『お引き取りいただく』しか()えんだよ」

「でも……」

「俺が足止めする。俺も奴の同類だ……。奴とは力の相性が悪いが……時間稼ぎぐらいは出来る」

「あ……あんた……無事だったのか?」

 声の主は死神(ヤマ)だった。おそらくは「冥界とこの世を行き来する」能力で、あの場を逃れたのだろう。

「詳しい説明は省くが、普通の人間が、奴に近付けば、瞬殺される。言っておくが、ヤツは視界の外だろうと、隠れていようと近くの人間の存在を検知出来る。『近付けば、瞬殺される』の『近付けば』はそう云う意味だと思ってくれ」

「わ……判った。じゃあ……」

「ヤツに瞬殺されずに済むヤツだけで、ヤツに当る。他の連中は……巻き込まれた人間を見付け次第助ける。あとは、他の雑魚どもの対応だ」

「他に居るのか?」

「私も……何とか成る。と言っても、普通の人間なら瞬殺されるような能力(ちから)を使われても、死ぬまでに2〜3秒ほどかかる、って程度だけどね」

 「鬼の角」を思わせる意匠が有る防護マスクを付けた女性──鬼子母神(ハーリティー)──が、そう答えた。電撃を使える「青い鬼」の姿に変身する能力を持ち、5年前に夫を殺し娘を連れ去った「何者か」を探し続けている人だ。

「じゃあ、行くか……何て呼べばいい?」

「俺達はコードネームで呼び合ってるんでな……。俺は風天(ヴァーユ)だ……」

 私の師匠の1人で、軍隊系らしき戦闘術の達人だ。だが、二十数年前に伯父さんにスカウトされる以前の事は、私も良く知らないし、本人も話したがらない。

「僕は猿神(ハヌマン)だ」

 中国の京劇の孫悟空を思わせるペイントがされた防護マスクの男。背に弓矢と刀を背負っている。

 風天(ヴァーユ)が、私の伯父さんと知り合った頃、古い知人から託された謎の赤ん坊の成れの果て。私の兄貴分で、オリンピック選手級の身体能力と高速治癒能力の持ち主。しかし、戦闘術の技量に関しては……多分、私より若干劣る。

「俺は鉄羅漢」

 高木製作所製の作業用パワードスーツ「水城(みずき)」の(アンチ) (放射線) (有害微生物) (有害化学物質) タイプを着装し、手に斧とハンマを合せたような武器を持っている男性。戦闘用ブルドーザー「ディマトリア」の操縦者でもある。

「俺は死神(ヤマ)だ」

「私は鬼子母神(ハーリティー)

「ええっと……俺は……」

「面倒くせぇ、青、緑、黄色が1人づつだから、ブルー、グリーン、イエローでいいだろ」

「そ……そうだな……」

副隊長(ブルー)……俺達……その……」

「だが、上に報告しようにも……」

「まさか……一般回線使って通信してたのか?」

「いや、一応、一般回線を使った通信は予備の手段だし……VPNは使ってる。通信を中継してたヘリがやられたんで、仲間同士でも近距離の通信しか出来ない」

 そうだ……さっきの久留米駅前の騷ぎのせいで、地下の電線と通信回線が破壊されたらしく、信号機は停止し、インターネットにも繋がらない……通常の方法では……。私達は衛星回線を使っているので、タイムラグは有るが、通信は可能だ。

「おい、小僧、あっちでトラックが待ってる。連れと一緒に行け……そして……応援が来るまで……逃げて、逃げて、逃げまくれ」

 戦いに向かおうとした風天(ヴァーユ)は、私の肩を叩いて、そう言った。

「判りました」

「あぁ、そうだ……一応、トラックで待ってる連中が止めてくれるとは思うが……トラックの中で何を見ても……余計な事はするんじゃねぇぞ」


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