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サキュバスは外に出る前にむしろベッドでキスしませんか?と荒唐無稽な事を言い出したが、リゼットの物凄く怖い笑顔で却下された。
流石にサキュバスも本気の雷撃魔法を食らいたくないため、仕方なく広い場所で行うしかなかった。
何故ベッドでやりたかったのかを聞けば、その方が燃え上がるじゃない?と言っていた。
ナツキは頭痛を隠し切れなかったが、サキュバスの考えている事を真に受けてはいけない。
白い花が一面になっているのは何故なのか、この結界がどうしてこんな状態になっているのかは分からない。
恐らく、300年前に時間遡行するかリゼットが思い出すくらいしか知る手段は無いだろう。
「それじゃぁ、準備を始めるわ。」
突然、サキュバスの足元に黒い魔法陣が出現する。その魔法陣が上昇してサキュバスを光で包んでいった。
その光が失われると、元のサキュバスは存在しない。小さく、丸い何かの生き物になっていた。
黒くて丸い球体に、コウモリの羽がついているようなマスコットキャラに見える。
「さ、サキュバス?」
「ナツキは今見たのが初めてね?私の本来の姿はこっちだから、一応覚えておくといいわ。」
「そうだったのか。あの格好はむしろお前の趣味・・なのか?」
「サキュバスだもの。むしろもっと際どい服の方がよかった?流石に私もちょっと恥ずかしいというか刺激的すぎるんだけど。」
そういう意味で言ったわけではないのだが。サキュバスは一体どういう服装をイメージしているのか、あまり考えない方がいいだろう。
「ナツキ?いくらサキュバスが相手でも言っていい事と悪い事があるんじゃない?」
淫獣とか言っていたような気はしていたが、あれはリゼットの台詞じゃないんだろうか。
「いっそサキュバスとナツキがキスすればいいのよ。」
「意味ないでしょ!?」
サキュバスが珍しくつっこんでいたが、確かに意味は無い。
「一応言っておくけど、これは演技だから絶対に誤解しないでくれる?」
「そのセリフ、サキュバスは覚えたから。」
「いいから早く魔法の準備をしたらどうなの?」
「はいはい。適当にはじめますよー」
ヤル気の無い声とは別に、大き目の魔法陣がリゼットとナツキの足元に生成された。
その魔法陣からあふれる魔力の影響で風が発生する。室内でやれば本や紙が台無しになる可能性は十分だ。
「ちょっと距離がまだ遠いんだけど?はいそこ、もっと中央に立って。」
「さ、指図しないでくれる?」
動きがかなりぎこちないが、とりあえずサキュバスの言う通りにしている。
今までに無いほど顔が近くなってきているのだが、本当にいいのかナツキは困惑している。
「ナツキさん?心をもう少し集中してくださいな。出来るだけリゼットの心にリンクできるように。」
「それってつまり・・?」
「私の方に向く必要な無いの。今、魔法の術式の構成が終わったから、次は貴方たちの番よ。」
そういうことらしいが、リゼットは目をつむったままだった。つまり、ナツキから行けということだろうか。
サキュバスも声を出さず翼を動かしてGOサインを出しているが、そういう経験はほとんどないナツキの手は汗で滲んだ。
更に、余計な所でオールド・デビルンらしき影が向こうから現れているのもすぐに分かってしまった。
「なっ!?」
「嘘、また来たの?!」
「動かないで。術式を展開したまま戦うのはきついけれど。私が止めるわ。」
元の人間?の姿に戻ったサキュバスは右手にハルバートを出現させ、構える。普段のサキュバスからは想像できないため、ナツキは固まって居た。
向こうから来たのはオールド・デビルンの他にもまた別の存在もあった。
「やってきてみたのはいいが、お取込み中だったかな。」
黒い甲冑と、大きく分厚い刀を持った男はオールド・デビルンの先頭を歩いてくる。
「ガミジン・・!」
「サキュバス。我が神の血の匂いを持つこの結界を守って居るのは勝手だがな。我が同胞を斬り倒すのはいささか暴力的ではないか?」
「えっと。ほら、ちょっとした手違いよ。」
「手違いでその武器を向けるのか。性欲よりも残虐趣味の方が上回ったのか?むしろその方が俺としては好みだが。」
「あんたの性癖なんか聞いてねぇよ!じゃなくて、聞いてないわ。」
今のサキュバスの強い言動は一体何なんだろうか。
「ふむ。ところで、後ろの二人は何をしてるんだ?」
「え?」
ちなみに、ナツキとリゼットはサキュバスが後ろを向いている隙に事を済ませていた。
魔法陣に設定されている術式が完全に機動し、晴れてナツキはリゼットの魔力をバックアップとする従属騎士として生まれ変わった。
「い、いつのまに?」
「やれって言ったのは貴方でしょ?正直恥ずかしかったけど。」
「そんな、この脳髄に徹底的に記憶してやろうと思ったのに。サキュバス、一生の不覚・・」
「黙りなさい。」
どっちが敵でどっちが味方なのかよく分からなくなってきたが、あのガミジンという人は撤退する気は無いようだ。
「ふむ。サキュバスの馬鹿な言動に付き合わされたのだろう。その功労には祝福しよう。」
「何か勘違いされてる・・?」
確かに馬鹿な言動に付き合わされたのは当たって居るのだが、サキュバスはあまり信用されていないようだ。
「で。要件は一体何なの?貴方はサキュバスの知り合いだそうだけど。」
「君の方から匂ってくる、我が神の匂いにつられてきただけだ。その力はこちらも未知数故に、何が起きているのかを確かめるためにオールド・デビルンを派遣していたのだが。この結界の中で何度も打ち倒されている。まさか、サキュバスが殺害していたのは驚いていたが・・。」
「オールド・デビルンを倒していたのは事実だけど。サキュバス?彼らは貴方の敵なの?」
「敵?うーん。ちょっとそれは違うわね。私は、人にお願いされて貴方を保護していただけよ?」
「誰に?」
「お願いされた人からは、貴方には情報を教えないという決まりがあるから。もうそろそろ貴方も魔力を最大動員できるだろうし。私はそろそろお役御免かな。」
「サキュバス。真面目に答えてくれないかしら。」
「ちなみに、私は変身を後三回残しています。」
謎の言動をしていたサキュバスは空中に浮遊し、また丸い生き物の状態に変身した。
「やっぱりこの状態が落ち着くわね。ちなみに、箪笥に入って居た時もこの状態だったんだから。」
「貴方・・その状態で私のパンツ被って居たのは、パンツの中にその姿で入り込んでいたの?」
「流石リゼット、名推理よ!」
「貴方・・後で覚えておきなさい。」
見た目だけは物凄く怖いオールド・デビルンやガミジンを前に何を呑気に漫才しているんだろうか。
二人の神経であれば魔神の前でも問題は無さそうだ。
「無駄話もそこまでだサキュバス。貴様が一体何をしようとしているのか、ここで白状させてもらおう。」
「えー?どいう方法で?言っておくけど子供にも見せられない内容は厳禁よ。」
「とりあえずそこの若造の血でこの花畑を改良してやろう。」
「待って、何で僕なんだ!?」
突然ガミジンは前に出て、刀を構える。
そして、その大きな刀を振り地面に叩きつけた。その波動によって地面が直線に破壊され、その衝撃がナツキへ向けられる。
ナツキは回避し、自分も戦うしかない事を受け入れた。殆どこの状況なサキュバスのせいみたいだが、今は戦う事を考えるしかない。
「くそっ!」
一体何者かどうかぐらい教えてくれてもいいんじゃないか。ナツキは剣を抜いて次に来るギガジンの攻撃を受け止めた。
衝撃が強く、足が地面にめり込んでしまう。よく剣が折れないと感心はしたが、容赦なく何度もその刀はナツキに向けて振るわれる。
「話も聞けないのか!?」
「久しぶりの人間だ。嗜虐ぐらいは楽しませろ!」
ガミジンによる猛追が始まり、ナツキは自分の意思とは全く無関係に戦いを強いられる形になった。