1-6
「それで、貴方の過去の話はまだ途中だけれど。」
ナツキはあまり喋りたくなかったが、リゼットの話を聞き続けていた以上は仕方が無い。
「ブリューナクっていう名前のギルドに入ってからはずっと討伐とかしていただけだよ。君に比べると、少しインパクトが弱いかもしれない。」
リゼットは幼少期から魔法使いとして有名になり、宮廷に招かれている。
王女の側近として仕えたり、あるいは大切な儀式をすることはあっただろう。
それに比べれば、ナツキは庶民から魔物討伐の剣士になった程度だ。
最終的に自分たちがよく分からないドラゴンを、手っ取り早く倒そうとして失敗してしまった。
そういう意味では、ナツキとリゼットはあまりにも差が違い過ぎる。
「貴方は、どうして死んでしまったのかしら。」
「ドラゴンブレスの爆風にあおられたんだと思う。それで気を失ったけど、多分体も焼き尽くされているかもしれない。」
今は霊体としてとどまって居るが、本来なら確実に意識が残る事は無い。
「かなり派手な事はしているじゃない。」
「派手といっても、手柄を焦った結果が今の僕だからなぁ。今頃は他のギルド連中には笑われているだろう。」
「そう?」
ナツキが倒そうとしたドラゴンが吐いた黒い炎は、人間を一瞬に焼き尽くすには十分な威力だ。
下に居た仲間たちは恐らく、ギリギリのところで魔法障壁を展開して生き残って居るだろう。
もし彼らも死んでしまっていたとしたら、それは明らかにナツキの責任だろう。
「・・・僕はまだ確かめたい事がある。元の世界に行って、仲間が無事かどうかを。恐らく生きているだろうけど。あの威力のドラゴンブレスだから万が一のこともある。」
「自分のせいだと思いたくないの?」
「倒せるという謎の自身があったからね。皆そうだったけど。」
「ナツキが倒せないのなら、相当強いんでしょうね。そのドラゴンは。」
「僕が強くないから、倒せなかっただけだ。」
ある意味、そのドラゴンを倒そうと思った時点で既に死んでいたようなものだ。
今からでも謝りたいが、その相手の所に行くことはできないだろう。
「聞いているんでしょうサキュバス?」
「え?」
突然、居ない筈のサキュバスをリゼットは呼び出した。
何故か、よりにもよって箪笥の中からそのサキュバスが出てきてしまった。
どう考えても中に入れるわけないのだが、一体どういうことなんだろうか。
「まさか気づかれていただなんて、姉御も普通じゃありませんね。」
「変態度が過ぎて今すぐにでも雷撃を食らわせたいんだけど。丁度いいから勘弁してあげるわ。」
リゼットは我慢している様子だったが、とりあえずサキュバスの頭に被って居るパンツは誰のものなんだろうか。
「とりあえず真面目な話をしたいからちゃんとした格好にしないか?」
「洗濯している途中だったのよ。」
「???」
頭からパンツを外してくれたのはいいが、彼女の言い訳は全くといっていいほど納得できなかった。
「私もそろそろ、リゼットには決めてもらわないといけないと思っている。この世界から出るか、それとも本当に眠りにつくかどちらかにしなさい。私だっていつまでも貴方を守って居られるわけじゃないから。」
「眠りにつく・・?」
つまり、リゼットは外に出ることができないのであれば未来永久に眠り続ける事を言っているのだろうか。
「もっと安全な場所に眠りについて、という意味よ。リゼットの存在はオールド・デビルンの的になっているから。最終的にもっと恐ろしい魔族が出てくる可能性だってあるの。そうなると私一人では守り切れないし、ナツキは頼りにならないもの。」
「何だと・・!?」
サキュバスにまさか戦力外通知を下されるとは思っておらず、ナツキは今すぐにでも抗議したかった。
しかし、今はリゼットの話に集中するべきなので、彼女の言動は我慢して保留するしかなかった。
「安全な場所で眠りにつけば、私はずっといい夢を見せてあげるわ。」
「断るわ。」
「何で!?」
何でって言われても、サキュバスにいい夢を見せてあげると言われるのはちょっと困る。
「毎晩貴方はどうして人が寝ている時に精神干渉してくるのかしらね。」
「えー?私はそんなことしてないけど。気のせいじゃない?」
「間違いなく貴方は夜中に忍び込んで魔法を使っていたけれど。もし私に触れていれば今まで以上の雷撃を食らわせることも考えていたわ。」
「刺激的過ぎてむしろ浴びたいわね・・。」
変態的な言動はともかく、サキュバスは一体何が目的でそんな悪戯をしているんだろうか。
「でも、それってつまり外に出たいって意味?それとも、まさか意思決定を保留しますって言いたいんじゃないでしょうね?」
「・・・・」
「うーん。もしそうなるとちょっと困るんだけど。もしこの先、私以上の魔族が出てきたら、リゼットももっと大変な目に遭うだろうし。」
「貴方以上の変態には遭いたくないわね。」
「私以上の変態!?私はそもそも変態なんかじゃないんだから!」
「じゃぁ何でパンツ被って居たのよ。」
「これは新品だからいいでしょ!?」
意味不明だったのでそろそろ話しを進めたいのだが、ナツキは面倒くさくなってきてため息をついて黙って居た。
「サキュバス、ちょっといいか?」
「何?」
「外に出る方法はあるみたいだけど。それってどういう魔法なんだ?」
「リゼットが本気を出せばいいだけよ。ちょっと忘れているだけで、彼女はもっと強い存在なんだから。宮廷魔術師に選ばれるだけあって優秀なのよ。」
「本気ねぇ。今すぐにでもできるか?」
リゼットは首を振った。
「じゃぁ仕方が無いわね。強制的にエーテル・リンクをするしかないか。」
始めて聞く言葉を聞いたが、リゼットは苦笑いした様子で固まって居た。
「な、何で?」
「いい?二人の人間の心が近ければ、それは魔術回路の結合能力もまた高まるのよ。その状態は一瞬だけでも跳ね上がらせるには、一つ方法がある。つまり、リゼットとナツキがキスをすることでそのエーテル・リンクは完成し、ナツキはリゼットの従属騎士となれる。私はそのエーテル・リンクによる儀式に介入することでその魔術回路結合を操作してリゼットの魔力をアップデートする。それが今の私の考えなんだけど。」
途中で何を言っているのか分からなくなってきたが、今まで執拗にリゼットと恋をしろなどと言われてきた理由が分かって来た。
「お前、最初からそのつもりであんなこと言っていたのか?」
「私がキスしようとしたら電撃だものね。」
「恐ろしい悪魔だ・・。」
それ以前にリゼットはそもそも彼女の提案を受け入れるのだろうか。
「嫌よ。」
彼女は結局、サキュバスの提案を拒んでしまった。
「えぇ?宮廷魔術師にまで選ばれた人がキスもしたことないんですかぁ?」
「き、キスぐ、ぐらいしたことあるわよ馬鹿にしないで!?」
嘘だと思うが、顔は完全に真っ赤だった。
「もしリゼットがナツキを選んだら、私は当分貴方には近づかないだろうし。貴方にとってはいい方法じゃない?」
「え・・」
「まぁ、私の方がいいのなら別に構わないけど。」
「正攻法でお願いします。」
「よろしい。」
リゼットの心が折れてしまった衝撃の事態に発展し、場所を屋敷の裏側へ移動する事になった。
ナツキ自身も一体何が起こって居るのかさっぱり分からなかったが、サキュバスの言う事が正しければこの場所から出れる可能性はかなり高いだろう。
この場所から離れる事を決意したことは好ましい、ある意味サキュバスにとってもいい状況へ発展する事は確実だった。