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 『テレポ』を使用して騒ぎの中心へと急行したノエルが見た光景は、幼い頃に母が読み聞かせてくれた絵本の中から飛び出てきたようなものだった。


 赤く燃え盛る街の残骸を背景に、巨大なドラゴンと小さな剣士が死闘を繰り広げる、何ともヒロイックな光景。

 しかしノエルは知っていた。

 その美貌を狂笑に染める小さな剣士は、御伽噺の主人公とは程遠い性格だという事を。


「……何やってんの、あいつ」


 色々と思うところはあったが、まあ宗次郎ならそういう事もあるかもしれないなと気分を切り替えた。


 早々に観戦モードへのスイッチを入れたノエルは、巨大なドラゴンの鱗に数多くの傷がある事を疑問に思う。


 ドラゴンの鱗に傷を付けるには、それなりの条件がある事は一般常識だ。

 御伽噺の主人公達も、ある時は神霊からの試練を乗り越え、ある時はドラゴンの口にとんでもない量の酒を突っ込み、またある時は龍殺しの魔剣を引っさげてドラゴンの討伐へと臨むのである。


 簡単に思いつくような物から想像もつかないような物まで様々な方法があるにはあるのだが、それでもただの力技で鱗を抜かれるドラゴンなどほぼ存在しない。


 何故ならば、ドラゴンという生物に備わる鱗というものは、神代の時代よりそういう存在であると『定義』されているからだ。存在そのものに加護を受けている、と言い換えても良いだろう。


 そんなシロモノを、あくまで只人である筈の宗次郎は当然の如く斬ろうとし、結果浅くではあるがその鱗に確かな傷を刻んでいた。


 出会った時からどうかしてるとは思っていたが、流石にここまで常識を外れているとまでは思っていなかった。


 屋上のノエルは一人、その信じられない光景を眺めながら宗次郎に対しての畏怖を強めた。


 こうして宗次郎の立ち会いを俯瞰すると、武術に詳しくないノエルですら彼の異常さに容易く気付く。


 そもそも動きが追えないのだ。


 睨み合った状態から身体をぐっと沈めれば、次の瞬間には何故かドラゴンの巨大な背中に乗っている。一拍遅れて涼やかな鞘鳴りがしたかと思えばもう宗次郎はその巨体に潜り込んで足を斬り飛ばさんと刀を振るう。

 万事この調子で、ノエルは目の前で行われている立ち会いの動向を半分も理解出来ていない。


 そして何より恐ろしい事に、『かなり離れた場所から見てもその程度しか分からない』のである。

 

 もしノエルが至近距離で宗次郎の立ち会いを見物していれば、最早刀を振るう際の「静」の部分すら視認出来なかっただろう。

 それ程までに宗次郎の動きは人知を超えていた。


 移動の過程が捉えられず、始点と終点しか追えないのだ。

 まるで、『移動という行為自体が切り取られている』かのように。


 一体彼の身体にはどれだけの才能と修練が詰め込まれているのだろう。そう感じたノエルは、最早彼を人の枠に嵌める事すら憚られ、人知れずその背筋を凍らせていた。






 しかし、そんな宗次郎の動きも段々と精彩を欠き始める。

 具体的に言えば、攻撃を受けてもいないのに吐血しだした。


 幾らその身に天賦の才があろうが、そもそも彼の肉体にはその才を十全に振るえるだけの頑強さというものがかけらも存在しないのだ。

 だからこそ宗次郎が仕掛けるのは、いついかなる時でも超短期決戦。


 戦闘時間は既に数分に渡っており、彼の中の物差しで言わせればとっくの昔に「時間切れ」だ。


 それでも戦闘を、死合を捨てるなどと言う選択肢はあり得ない。

 何故なら、彼が思う自らの生とは、目の前に現れた強者の全てを斬り捨てた先にこそ存在するものだからだ。

 


 僕は、僕という刀は、どんなモノでも斬り裂ける。



 そんな執念じみた思いだけが、とうに限界を越えた宗次郎を死合へと誘う。



 斬れない。

 斬れない。

 斬れない。


 刀を振るえば振るう程、宗次郎の本能とも呼べる部分が、どうすれば如何に合理的に敵を傷付ける事が出来るかをより精密に探っていく。

 それでも足りない。目前の巨体を斬り飛ばし、その命脈を絶つには届かない。


 どうすればいい。どうすればこれを斬れる。


 既に目は突き潰した。鱗のない部分も斬れるだけ斬った。

 視界を奪われた巨大蜥蜴は最早まともに狙いをつけることも出来ず、ただその手足を乱雑に振り回しているだけ。

 後は、どのようにしてカノンと名乗る巨大蜥蜴を『終わらせる』かだけなのだ。


「……いっそのこと、口の中にでも飛び込んでみますかね」


 なのに、追い詰めている側である筈の宗次郎は、そんな無茶な事を真剣に検討していた。


 首筋に死の臭いがこびりつき、刀を握る両の手は、自分でも分かるほどに冷えている。先刻から吐血は止まらないし、なんなら血の涙まで流れ始めた。

 

 満身創痍だ。

 冷静に自己分析を済ませた宗次郎は、背後にある建造物へふわりと飛び乗り大きく息を吸い込み。


「カノンさん!」


 平時からは想像も出来ないような大声で、たった今まで切り刻もうとしていた相手に声を掛けた。




 唐突に声をかけられたカノンは大いに狼狽した。

 カノンからすれば、宗次郎は死に体の自分をひたすら嬲り続けている性格の悪い男だ。

 なにせ一発もこちらの攻撃は当たっていない。当然宗次郎は無傷な筈だ。

 実際のところカノンよりよっぽど死にかけている訳だが、視界を奪われている彼女には、そんな事知る由もない。

 

 故に困惑する。宗次郎の声に焦りがある事に。


『……なんだ?』


 しかし、悠久の時を生きるドラゴンとしてのプライドからか、そんな困惑はまるで表に出さず、あくまでも余裕な声音で応じるカノン。死にかけていても見栄を張るのが彼女のスタイルである。


「質問があります」


 会話に応じたカノンが暴れ回るのをやめた為、宗次郎が納刀しながら更に近くの建物へと移動する。


『良いだろう。言ってみろ』


 尊大な声音を響かせるカノン。

 それにしてもこの蜥蜴、どうやって話しているのだろう。益体もない考えが浮かんだ宗次郎だったが、頭を振って疑問を打ち消す。


「ありがとうございます」


 相手には見えていないのにも関わらず深々と頭を下げる宗次郎。脈々と受け継がれてきた日ノ帰の血が為す技である。


「では単刀直入に。カノンさん。何処を斬れば貴方を殺せますか?」

 宗次郎の優れた聴覚が、遠くで息を噴き出す音を捉えたが無視して続ける。


「お互い既に満身創痍です。ここいらで決着を着けましょう」


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