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 「つまり、ノエルさんは僕に護衛をして欲しいという事ですか?」


 粗方の事情を聞いた宗次郎は、状況を端的に纏めた。


 曰く、この近辺に山賊が湧きまくっていて地域の人が大変困っている。なので『冒険者ぎるど』という組織がその山賊達の討伐をノエルに依頼した。ということらしい。

 正確にはノエルに依頼があった訳ではなく、彼女はただクエストとしての山賊討伐を請け負っただけではあったが、宗次郎は冒険者ギルドという存在への知識が全くもって欠けている為その辺りの事情はさっぱり分からない様子だった。


 「簡単に纏めるとそうね。明日になればアジトを一発で吹っ飛ばす魔力も戻ってくるだろうから、あなたにはそれまでとそれからの露払いを頼みたいの。あなた、そこそこ腕も立ちそうだし、山賊位なら余裕でしょ?」


 「……まあ、それなりには。それより、ノエルさんは本当にそんな魔法が使えるんですか?」


 こほりと一つ咳をしてから、怪訝な顔で宗次郎が尋ねる。何せ彼は先程彼女が数人の山賊に襲われてきゃーきゃー喚きながら最後の魔力とやらを振り絞り、『てれぽ』なる移動魔法を用いて宗次郎の背後へと命からがら逃げて来たのだ。そんな大層な事が本当に出来るのか疑問に思うのも無理はない。

 そう言えばと思い、先程ノエルを襲っていた山賊達はどうしたのだろう、と宗次郎が目を凝らすと、彼らは次なる標的を狙うかのように草陰に潜んでいた。


 「もし私が普通の人なら今すぐにでもぶっ放せるんだけど、私は色々特殊でね。あなた、エチド症って知ってる?」


 自嘲するかのように紡がれるノエルの声に、宗次郎は短く否定を返した。


 「簡単に説明すると、私は生まれつき、魔力の回復を司る心包に問題を抱えていてね」

 「……つまり?」

 「つまり、普通の人なら一時間もあれば回復するような魔力ですら一日かけても戻って来ないって訳」


 うんざりしたようなノエルの声音に、なるほどと思うと同時に、宗次郎の胸中に新たな疑問が沸き上がる。


 「するとあなたは、常人であれば一時間で回復するような気で、山賊のねぐらを吹き飛ばせると?」


 もしそんな大火力の魔法がポンポン飛んでくるならば、恐らく宗次郎の旅は相当困難になるだろう。何せ彼は魔法がまるで使えないし、彼の技術の中にもそんな広範囲にわたる攻撃を防ぐ手段は存在しないからだ。


 「ええ。だって私、天才だもの」


 自信に満ち溢れたノエルが、すっと立ち上がり平べったい胸を張る。宗次郎はその振る舞いを見て、どうして彼女のあの肩紐のない着物は下へとずり落ちないのだろうかと疑問に思った。


 「私の魔法は、そこらの雑魚とは比べ物にならないくらい魔力効率が良いの」

 「魔力効率?」

 「ざっくり言うと、魔法を使うのに必要な魔力量が普通より少ないってこと。魔法っていうのはね、術者の組み立てる理論によって必要とする魔力量が変化するの」

 「はぁ」


 そもそも魔法に詳しくない宗次郎からすれば要領を得ない話であったが、彼女にはその能力があるという事には取り敢えず納得しておくことにした。詳細などどうでもいい。彼の望みは剣士になることであり、特段魔法使いや妖術師への憧れはなかった。


 「僕に難しい話は分かりませんが、概ねの状況は分かりました。報酬次第では、宗次郎はノエルさんの護衛を引き受けようと思います」 

 「私の身体を好きにしていいわ」


 間髪入れない返答に宗次郎は顔をしかめる。こんな年端もいかない少女の身体に欲情するような嗜好の持ち合わせは彼には無かったし、そもそも彼は、その身体の虚弱さ故か性欲の類が薄かった。

 というか、女性がこんな明け透けに性を持ち出すこと自体が宗次郎には我慢ならない。大よそ美醜の判別に疎い彼ではあったが、そういった美的感覚に関しては人一倍潔癖だった。

 大陸の女性は皆が皆こんな風なのだろうか? と、少々憂鬱になりながら、宗次郎は話を先に進める為に自らの感情を飲み込む。その代わりか、彼はゲホゲホと平時よりも幾分苦し気に咳をした。


 「……出来れば路銀の足しになるものが嬉しいのですが」

 「路銀? 日ノ帰から観光に来るようなボンボンなんだから、お金なら幾らでもあるんじゃないの?」


 ノエルの言う通り、わざわざ日ノ帰という島国から大陸へ渡ってくる人間の大半は裕福な人間であり、金に対する執着などとうの昔に捨て去った人間ばかりである。そもそも日ノ帰から大陸へ渡る為に莫大な金が必要なのだから、宗次郎が金に困っているというのはノエルからすれば酷く不可解な事だった。


 「別に、物見遊山をしにここまで来た訳でありません。船にも、『これ』で」


 そう言って右腰に下げた刀を撫でる宗次郎に、ノエルは背筋を凍らせた。

 つまり彼は今、人を脅すか斬るかして密入国して来たと告白しているのだ。転移魔法を使った時の躊躇いの無さを鑑みるに、恐らくは斬ってきたのだろう。あの時斬られなかったのは、ただ自分の魔法が彼の興味を惹いたからだという事をノエルは正しく理解していた。

 宗次郎の人となりを全く知らないノエルであったが、恐らくこの男は人を斬るのになんの躊躇も遠慮もしないだろうというだけ事ははっきりと感じ取れた。


 とんでもない大犯罪者に声をかけてしまったと後悔し始めたノエルを前に、宗次郎は微笑を向ける。女性と見紛う程中性的な顔に浮かぶ少なくない狂気を孕んだ笑顔は、彼女の後悔を更に後押しした。

 

 「そ、そうなのね! ち、ちなみに宗次郎さんは、観光で無いのならどういったご理由で大陸までお越しになられたんですか?」


 最早口調すらへりくだったものに変えながら、ノエルは出来る限り宗次郎の機嫌を損ねないように尋ねた。可能であれば今すぐ転移魔法を使用して一刻も早くこの場から立ち去りたいと願うノエルだったが、悲しいかな魔力は底を尽いている。


 「伝承にある、どんな病も治す泉とやらを探しています。もしノエルさんもご存知なら、報酬は結構なので知っている事を教えてください」


 いきなり口調が変わったノエルを不審に思いながらも、宗次郎は穏やかに自らの目的を語った。

 伝承に伝わる聖なる泉。その泉に入れば、どのような傷や病もたちまちの内に癒えるとされている。


 宗次郎の目的は唯一つ。その泉に入って己の身体を好き勝手荒らしまくる忌まわしき病を根絶し、自由に剣を振るうことだ。

 その為に彼は、そろそろ限界の近づいてきた身体に鞭を打ち、長い船旅で容態が悪化するかもしれないという危険を冒してまで大陸へとやって来たのである。


 暫く、沈黙が二人を支配する。

 長い沈黙を不思議に思った宗次郎がノエルの様子を伺うと、彼女は何故かその翡翠の目を大きく見開いていた。

 何か変な事を言ったのだろうかと宗次郎が不安がっていると、気を取り直した様子のノエルがその口を開いた。


 「あなた、ディーヴァの泉を探しているの……?」


 「でぃーばの泉……そういう名前なんですね……」


 初めて聞く名称をしっかりと記憶した宗次郎。この時点で、宗次郎はノエルの護衛を引き受ける事を決める。貴重な情報を持っているかもしれない相手だ。こんな所でさようならをする気はさらさらなかった。


 「ええ。『開闢の女神』ディーヴァ様の御業によって生み出された、フォニア大陸最北端、始まりの地オーバチュアに存在する聖なる泉、と伝えられているわ」


 滔々と語るノエルに、宗次郎は無言によって続きを促す。


 「しかし、その存在ははっきり言って眉唾物。オーバチュア自体常人じゃ足を踏み入れられない事と相まって、伝説として残るような偉大な冒険者であってもその泉を探し当てた者は居ない」

 「……足を踏み入れられないとはどういうことですか?」

 「又聞きだけど、尋常じゃないくらい強力な魔物がウヨウヨいるって話よ。聖地が聞いて呆れるわよね」


 ま、神話なんて端から信じてないけど。そう付け足したノエルは、真剣な眼差しで宗次郎を見つめた。


 「で、ソージロー。ここまで聞いてもあなたはディーヴァの泉を探すつもり?」


 「愚問ですね。無いとは決まってない以上、諦める理由にはなりません」


 探る様なノエルの視線に、宗次郎は迷う素振りすら見せずに答えた。


 元より諦めるつもりなど毛頭ない。

 宗次郎が自らの生を完遂する為には、最早この伝説に縋るより他ないのだ。


 あと一年。それが宗次郎の把握している己の大よその寿命だ。次の春が来る頃、恐らく自分はこの呪われた人生を終えて彼岸の彼方へ旅立ってしまうだろう。その確信にも近い予感が、宗次郎をフォニア大陸へと誘った。



 遍く総てを斬り伏せる、なんて贅沢は言わない。一度だけ。たったの一度でも構わない。どうか僕に、自由に剣を振るわせて欲しい。

 その願いだけが、宗次郎を生へと繋ぎ止める唯一のよすがだった。

 

 



 宗次郎の返答を聞き、ノエルは暫しの間何かを熟慮するかのように目を瞑っていた。


 「……そう。なら、護衛の件は無しにしましょう」

 「……そうですか。残念です。それでは、ノエルさんもご武運を」


 どうやら自分は彼女のご機嫌を損ねたようだ。そう判断した宗次郎は、もう少し泉の話が聞きたかったと残念に思いながらも彼女に別れを告げ、馬を繋いだ縄をほどき始めた。

 


 「ねえ! 一つ提案なんだけど!」


 そんな宗次郎の背中に向け、ノエルの大声が届く。

 急な大声で驚く宗次郎に、彼女は。



 「私たち、一緒に泉を目指しましょう!」


 頬を紅潮させながら、半ばヤケ気味に叫んだのだった。





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