7ゲーム、ゲームの世界も現実世界も、準備万端・臨機応変に行うことで人は強くなれる
「『スパルダッシュ』!!」
「グェッ!?」
指定のボタンを押すことで、MPを消費した小技が発動する。
プレイヤーにはそれぞれ戦闘における役割、アタッカーやガンナー、タンクやウィザード、ヒーラーなど様々なタイプがある。
Lapinなどのアタッカーは前線に立って武器を持って戦うのが基本、その武器はフレイバのような片手剣から短剣、両手剣、二刀流、斧、曲剣などここもまた豊富な要素である。
Lapinが使う武器は短刀を二つ持った双小剣、『スパルダッシュ』は相手の懐に素早く入り叩き斬る小技である。その先手でまずは、前に出てきた合生蟲を難なく倒す。
Lapinは先手で小技を使い、カウンターを狙いながらまた別の小技を使って合生蟲を薙ぎ払う。そしてMPが少なくなってきたら回復するまで避けたり通常攻撃をして時間を稼ぐ。その動きは、誰が見ても戦い慣れた動きだと認識できるほどだった。
意外と順調に倒せてるとカスキも思っていたが、すぐさま画面上部の異変に気づいた。
「……!? 空からも!」
翅を広げて飛んでくる蛾と蜂が合わさったような合生蟲も現れた。その高さは森を越えていて、プレイヤーのジャンプ力では届かない。降りてくるのを待つしかないだろう。
だが、この男は諦めていなかった。
「先に落としたほうが良い気がする……、『武装変更』!!」
ボタンを押してLapinの双小剣が消え、代わりに妙な靴が現れた。
その靴は飛脚、いわゆるジェットブーツだ。ある程度高いところまで、他にはない二段ジャンプが出来る武器である。
「『トゥーステージジャンプ』&サブスキル『エアバウンド』!!」
ジャンプのボタン、それを2回押してさらに左スティックボタンを押し込むことでサブスキルが発動される。飛脚のおかげで空中ジャンプがプラスされた2段ジャンプ、『エアバウンド』は空中でジャンプができるサブスキル、つまりLapinは今ので3段ジャンプができているというわけだ。
3段ジャンプのおかげで森を抜けることができて、すかさず飛んでいる合生蟲に目掛けて突進する。
「『ラッシュスター』!!」
「ギィッ!?」
今度は『スパルダッシュ』とは違った小技で空中の合生蟲を素早く倒す。小技は装備する武器によって違う、『ラッシュスター』は飛脚専用の小技だ。
一見『素早く相手の懐に入って攻撃する』という共通点があると思われがちだが、『ラッシュスター』には真の能力が隠されている。
「もういっちょ!!」
飛脚は蹴って戦う武器、靴底に仕込んでいる刃を当てた後、さらに合生蟲を踏んで別の合生蟲に飛び掛かる。
「せいっ! やあっ! とぅ!」
まるで壁ジャンプのような連続攻撃、しかしこれを使うには次にどれを当てるか素早く決める判断力とボタンを押すタイミングが重要となる。
これを習得するにはかなりの鍛錬が必要だ。恐るべし女、いや男か。カスキはゲーム内であれば常人の域を超える動きを見せる。この努力を別のことに使えばいいのに、と誰か指摘してほしいくらいだ。
「くっ、さすがにもう限界ね……!」
しかしそう無限に続けられるわけではない、『ラッシュスター』を何度も使ってるわけだからMPは消費される。とはいえ空中の大群を休憩なしであしらったわけだ、数匹逃しても誰も文句は言うまい。
「もう一度降りてからジャンプするか、……そういえばフレイバのほうはどうなった?」
空中から見下ろす、するとフレイバは剣を持って合生蟲と戦っていた。
「何やってんだ!? 避け続けろってあれほど言ったのに……、あれは!?」
甲虫カマキリとはまた別の小さな合生蟲、コオロギとクワガタが合わさった茶色い蟲だ。
「なるほど、あの角から出る振動音を受けると混乱するからな。振動音という広範囲じゃ避けきれるわけない、だから先に始末しようとしたのか! 良い判断なんだけど数が……!」
支援したほうがいい、空中でそう判断したLapinはコオロギクワガタの背後に着地する。
落下中にもう一度双小剣に切り換え、素早く捌く。
「覚えておいてフレイバ、このキメクトは振動音を再度出すのに時間がかかる。混乱が解けるまでの時間を差し引いてもしばらくこの蟲は棒立ちになる、そこを狙って! あと振動音は前方だけ、出してくる直前にかわして背後に周らないといけない。言ったでしょ、タイミングが重要って!」
「は、はい!!」
強者たる余裕なのか、この状況でもレクチャーをしながら敵を倒している。
「くそ、数が多すぎる! フリーになったキメクトが次々とフレイバのほうに、ん……!?」
目で追いつけないほどの素早さを誇ってたLapinが突然、混乱して動けなくなった。
「そんな!? コオロギクワガタはさっき倒したはず……、あれは!」
Lapinたちを囲む甲虫カマキリの陰に、もう1体のコオロギクワガタが潜んでいた。
これはゲーム画面の視界が悪いというどころではない、完全にずる賢いシステムだ。
(あんのおっさん小癪なマネしやがって……、ぐっ!?)
混乱して動けなくなったLapinに、甲虫カマキリたちの鎌が次々と襲う。もはやサンドバッグ状態、数匹の甲虫カマキリの攻撃がLapinのHPをどんどん減らしていく。
「いくらレベル的に大丈夫といってもこれはさすがにまずい! はやく混乱解けてくれ……」
「やあっ!!」
「ギェェ!!」
絶体絶命のLapinの前に、フレイバが加勢に来てくれた。
フレイバの刃が偶然にも合生蟲の急所に当たり、HPが少なかった合生蟲1匹を倒す。それを見て他の合生蟲はたじろいで後ろに下がる。
「や、やめてフレイバ! あなたのレベルじゃ……」
「レベルとか経験とか関係ないじゃないですか!? 仲間がピンチになったらどんなことがあっても助ける! それが……、当然の行いです!!」
熱き言葉、それをLapinに告げたまま、フレイバは敵陣へと突っ込んだ。
(な、なんでそこまで熱く……!? これはただのゲームじゃないか……)
そう、普段まともじゃないカスキでもわかることだ。これはゲーム、死んだって現実の本体が死ぬわけではない、どこかのノベルでも言ってることだ。このまま逃げるか、すんなり負けを認めるのが良いはずだ。
だが『ただのゲームなのにどうしてそこまで熱くなるのか?』に対してはカスキにだって言えることだろう。課金・時間・配信・情熱、普通の人から見たらカスキはかなり費やしているに決まっている。
一瞬そう思ったカスキ自身は、薫と自分は一緒だとわかった。
そうだ、お互いゲームを愛し、ゲームにすべてをかけてるヲタクだ。
ここで負けや諦めをすんなり受け入れていいのか? ここで諦めたら、現実でも逃げてしまうのではないか?
ましてや今は理不尽な現実世界よりも攻略しやすい、己の力がすべてのゲーム、そうだ!
ここでなら、俺は負けないし負けられない!!
ようやく混乱が解けたLapinが立ち上がる。苦戦するフレイバの前に立つ合生蟲を『スパルダッシュ』で瞬殺し、別の小技を発動する。
「『ミリオンナイフ』!!」
「「ギェェェ!!」」
双小剣の小技『ミリオンナイフ』、Lapinが持つ双小剣のオーラが数十個へと分身して、そのまま敵へ手裏剣のように目掛ける。
「これは全方位へ向けての攻撃ができる優れた小技、弱点はMPの消費が大きいのと、攻撃もそれほど高くはないから仕留め損ねたものがどのくらいいるか一々確認しないといけないこと。でもチームプレイにおいて二つ目は問題ない! フレイバ、まだ生きてるキメクトにとどめを刺して!!」
「はい! 『クレセントカッター』!!」
「ギィッ!?」
フレイバが持つ剣は片手剣、そのわずかな軽さを活かして斬撃を放つ小技『クレセントカッター』、三日月のように実体化されるかまいたちが合生蟲の身体を真っ二つに切り裂く。
攻撃力がそこそこ高く、剣士の中でも珍しい遠距離攻撃、とても役に立つ小技だがレベルが低いフレイバにとってはMPの消費が大きい、MPが全回復するまでまだ1回しか放つことができない。しかし、
『フレイバレベルアップ! レベル15、HP・MP共に全回復!』
とどめを刺したフレイバに経験値が与えられ、すっからかんだったHPやMPが満タンの状態になった。
「よし、このまま私がキメクトのHPをある程度削るわ、フレイバはとどめを刺して! これを続けていけばフレイバはこいつらと渡り合うだけのレベルになるはずよ!」
「はい!!」
非常に効率の良い戦い方、これなら生き残れる。そう、誰でも思う。
「がっ!?」
「なっ……!?」
フレイバが倒れた、バカな!?
フレイバと、囲んでいる合生蟲キメクトの間にはなかなかの距離がある。飛び道具か?
「これは……、カマキリの鎌!? 分離して投げてくるなんて!?」
フレイバの背中に刺さっていた鎌、普通のカマキリは腕である鎌を投げたりなんかしない。一体どうなってるんだ、こいつらの攻撃や戦術がどこもかしこも自然でない。
「キェェェッ!!」
「また鎌を投げてくる、『エアバウンド』!!」
サブスキル『エアバウンド』を使って鎌を避けるついでに相手の頭上へ跳んでいく。このまま脳天を貫いてやる、そうLapinは思っていた。
「がっ……!?」
くらった!? ばかな、何に……?
Lapinの背中にも鎌が刺さっていた、しかしLapinの後ろには甲虫カマキリはいない。ということは……、
「前の甲虫カマキリが投げた鎌が、ブーメランになって返ってきたというのか……!? 今回に限ってシステム凝りすぎだろ!!」
見たことのない合生蟲、レベルの高い連携、意外な戦法、上級者でも苦戦してしまうこの緊急クエストをよりにもよって『初心者クエスト』に現れるいうのが、カスキにとってあまりにも腑に落ちなかった。
しかしそんなことを考えてる余裕はない、今倒れてるLapinとフレイバの前に、数々の合生蟲が狩りの準備をしている。
ゲームオーバー……。
「総員、構え! 撃てぇ!!」
「「……!?」」
謎の軍団が放つ弾の雨が、合生蟲の軍団に穴を開ける。
「「ギェェェ!!」」
「あ、あいつらは……!?」
白き翼、羽のような双小剣が交わるエンブレムを描いた鎧を着た軍団。白くて長いスナイパーライフルを構えた軍団、そこにそびえ立つ清き白銀の戦士。
「我らはスワン隊! キメクト共よ、我が白翼が煽ぐ追風に吹き飛ばされよ! 総員、突撃!!」
「おぉーーっ!!」
スワン隊がLapinたちを囲んでいる合生蟲へ正面突破する。
数の有利が効いているのか、合生蟲たちは跡形もなく散れ去った。
「た、助かったんですか、私たち……?」
「あぁ、その通りだ。もう安心してよいぞ、さぁ今のうちに回復をしておきなさい」
先ほどの熱き指揮とは違って穏やかに話しかける白銀の戦士が装備していた仮面を脱ぎ取る。糸のように長い白髪がまるで解放されたかのようにふわりと舞う、細長き瞳の奥に宿る優しさがフレイバを暖かく見つめ、倒れた者へ軽やかに手を差し伸べる。
「まさかあなたがここに来るとは思わなかったわぁ、デネブさん!」
「あら、Lapinちゃんじゃないのぉ! 久しぶりね! でもあなたたちのパーティがこんな初心者クエストの緊急クエストに手こずるなんて、何かあったの?」
「ちょっと色々とありまして……、あとイツメンじゃなくて今回は新人を鍛えてたんです」
「あらそうなの、それは災難だったわね!」
「デネブさんはどうしてここに?」
「私も新人たちの育成をしていたのよ。でもゲリラ警報が鳴ったものだから、経験値大量獲得に良いと思って出現した場所へ行ってみたらあなたたちがいたってことよ」
「そうだったんですか、助けてくれてありがとうございます!」
「Lapinちゃんのためならお安い御用よ! そのかわり……」
「いやですよ」
「もぉ、まだ何にも言ってないのに!」
「……???」
先ほどのミステリアスな感じだったデネブが、Lapinと明るく和気あいあいと接している。その光景に少し、薫は面食らっていた。
「あぁ紹介しますね、新人のフレイバです」
「あ……、初めまして! えひめか……、じゃなくて! フレイバと申します!!」
「あっぶないわね、もう少しで本名言うとこだったわよこの子……」
「まだゲームのプレイやマナーに慣れてないんですよ、大目に見てあげてください」
「あの……、はくちょう座ギルドのデネブさんですよね!?」
「いかにも! 私こそがスワン隊率いるはくちょう座ギルドの長、デネブである!」
「いつも動画見てて、勉強になってるんです!」
「ほう、私の動画を勉強用のBGM扱いか。まあそれも悪くない!」
「いえ、そうでなくゲームの勉強として!」
「ほうほう、ゲームの勉強……? Lapinちゃん、彼は何を言ってるんだ?」
「なんで噛み合ってないのよ話が……」
Lapinはフレイバが初心者であること、予習として自分たち『E-ZONES』の動画も見ていることを伝えた。
「なるほど、なかなか勉強熱心じゃないか。これからも精進したまえ、気が向いたら我々のギルドに入りなさい、歓迎するわよ」
「ちょっと……! やめてくださいよ、フレイバはうちで世話しますから……」
「愛されてるわねぇ! あ、いけないそろそろ配信の時間だわ。それじゃあねお二人さん、また戦場で会いましょう」
クエストはクリア扱いになるが、デネブたちスワン隊が最後を持っていったため、フレイバの経験値と報酬はそこまではもらうことはなかった。
それでもレベルが低いとそれなりの経験値でレベルアップが数段跳ね上がる。フレイバは15から17へと上がった。
もう少しやって行こうか悩んだが、色々あって疲れた、明日からまた普通に授業が始まるため、簡単に夜更かしもできないということ、薫も日課として明日の授業の予習をしたいという意見があったためまた今度にしようという話になった。
せめて最後にアイテム整理や少ししたレクチャーを終え、解散となった。
晩ご飯を食べて、お風呂に入って、特に勉強に手をつけることなくベッドで横になる。
「楽しかったなぁ……、早くレベルを上げさせて、もっと上の戦いを一緒にやりたいな!」
今日の夜は興奮していて、寝付くのに時間がかかってしまった。
翌朝、寝てはいたが睡眠時間が足りなかったカスキは朝耐性がないのに妹に起こされて不機嫌になったまま登校してきた。
「くそ、ほんとクソ、現実ってのは……」
口癖も訳が分からなくなるくらい荒く、不幸オーラがダダ漏れだった。
しかし、そんな状況も彼女の存在で180度変わる。
「お、愛姫さん! おはよう!」
普通なら自分から声をかけることのないカスキが、上機嫌に薫に挨拶をした。
「あ、おはようございます! Lapinさん!」
「おいここ現実ぅ!!」
まだまだ慣れない薫であった。
【プチメモ】
Lapin率いるE-ZONESだけでなく、ほとんどの上位ギルドは自分のゲームプレイを動画として投稿している。