6ゲーム、ゲームの世界と現実世界には違いが盛りだくさん、しかしルールを守ることだけは同じだ
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時は20XX年、機械と人間の発達によりある組織は『宇宙船』と『タイムマシン』の開発に成功した
その2つを使うことによって、宇宙のありとあらゆる歴史や惑星を調べられることができた
しかし、悲劇が起きた
唯一無二の存在だった2つの情報を盗み、新たに創り上げることに成功した悪の組織がいる
その名は『変革進行団』
数々の惑星と時間を行き来して、仲間を増やしながら未来や過去を大きく変えようとする
もちろんそれは、創設者も黙ってはいられなかった
ただの警察に事態を説明し対処を要請、『時空宇宙警察』の役割を担う彼らは、只今人員を募集している
君は『時空宇宙警察』の特攻部隊、『防戻者』に選ばれた!
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これが、『CORPORATE SPACE ONLINE』の序章である。
つまりは、自分が動かすキャラクターは時空宇宙警察にスカウトされて、色んな惑星や時代に行けるという設定である。
何人ものギルドを作ってイベントクエストへ行くこともあれば、ランキングを決めるための個人戦、4人1組のパーティーで対戦するなど、さまざまなシステムが追加されている。
登録数400万以上、今最も熱いMMORPGと言われている。
『初めまして、私は時空宇宙警察の者です。あなた様の力をぜひとも私たちに貸してください』
AIナビらしき者がプレイヤーを歓迎する。それを画面越しで見ていた薫は興奮が治まらなかった。
「ついに私もゲームができるようになるのね! 楽しみだなぁ」
『おかえりなさいLapin様、こちらが本日のお知らせになります。今日も1日よろしくお願いします』
「よし、愛姫さんを迎えに行かないと。向こうはこっちのアバターは分かるだろうけど、どんなアバターで来てるのやら、楽しみだなぁ……!」
薫はゲームシナリオ上における、防戻者になるための契約を済ませると移動用の宇宙船に入る。
CSOはゲームを始めるとまず、88ものギルドの中からどこに所属してゲームをするかを決めるのである。なぜ88もあるかというと、ただ単に星座に関係しているからである。
「確かカスキさん、『うさぎ座ギルド』に入ってって言ってましたね。『E-ZONES』がいるギルドに入れるなんて、どんなところなんだろう……!」
うさぎ座ギルドを選ぶと、薫が乗っている宇宙船がうさぎ座のギルド船へと向かう。着く前に、とある警告が画面の前に現れた。
『既得権益のあるギルドに参加すると、ギルド主の意向により参加を拒絶されることがあります。事前にご了承ください』
「そ、そんなことがあるのね……。やっぱり有名ギルドに入るってことは簡単じゃないのね……」
CSOは人気故に、一癖二癖と問題がある。特にギルドの厳しさが現実の就職活動以上に理不尽なところがある。例えば12星座のギルドに入りたければ生年月日の公開、星座がそのギルドの星座と同じであることはもちろん、複雑な入団テストや面接を行うところもある。
しかしカスキ、もといLapinが率いるうさぎ座ギルドはそこまで厳しくはない。問題行動を起こすプレイヤーがいたら追放するだけという至って普通に治安の良いところである。
もっともうさぎ座ギルドの長、『E-ZONES』はミルチューバーやCSOプレイヤーの界隈の中でも予想外の人気を博している。故にそのギルドにいるプレイヤーはほぼファンばかりである。
「すごい……、これがゲームの中……!」
青白いガラスのような床、壁に張り巡らされている液晶画面、個性的で強者を象徴する人々たちがこの広場に立っている。
ここがギルド本部、うさぎ座といってもうさぎらしい装飾がされているわけではない。気になるのはNPCと思われる者たちがバニーガールだらけというところだろうか、特徴の付け方にどこか卑猥さを感じるも、軽い性格をしている薫は特に気にすることはなかった。
「あ、Lapinさんだ!」
「Lapinさん、こんばんはっす!」
「こんばんは! ギャロッツさんもロップさんも元気だった?」
「「はい、おかげさまで!!」」
Lapinに対して好意的に接するこの2人に可愛く挨拶する。
「おふたりさんは今からクエスト?」
「はい、よろしければLapinさんもどうですか?」
「あぁごめんね~、私今から新人さんの付き添いをしなきゃいけないの~!」
語尾を少し伸ばしているところが女らしく聞こえる口調、だが男だ。
「へぇそうなんっすか、さすがはLapinさん! その優しさ、惚れるっす!」
「良ければ俺たちも教える側に入ってもいいですか? どうせならみんなで楽しくやりましょうよ!」
隠れた下心を持つファンたち、それをLapinは察してはいてもまあ良いかと処理した。
「そうねぇ……、せっかくだからたくさんのプレイヤーと仲良くなったほうがいいわよね。わかったわ、相手が良ければ一緒に教えてあげましょう!」
「わかったっす! それで、お相手はどんな方なんっすか?」
「私のリア友なんだけど、キャラクターは私もまだ見たことがなくて……」
「だーれだ?」
会話の途中で、誰かに後ろから目隠しをされた。しかしLapinは声で、相手は愛姫薫だということが分かった。
「……!? この声はもしかして!」
「はい、お待たせしました!」
しかし、後ろを振り返るとそこには愛姫薫らしき要素が全くない人物が立っていた。
輝かしき星を印象づけるミディアム金髪、スポーツ選手のような高身長の容姿、引き締まった筋肉、そして真っすぐした情熱的な瞳。そして最も重要なのが、イケメンな男であることだ。そんな男らしさを主体とした姿の頭上に浮かぶのが、『愛姫薫』という文字だった。
「ちょっ! たんまっ!!」
急いで薫を壁の隅っこに引っ張り出す。そしてすぐお説教に入った。
「なんでリアルネームでやってんの!?」
「だってそのほうがカスキさん見つけやすそうでしたし……」
「あーもうここで俺の名前出すな~!」
素性の知らない者たちが集まるオンラインゲーム、その中で自分の本名をゲーム名にするのはともかく、知り合いの本名をゲーム内で言うのはマナー違反である。
「学校じゃ隠してるくせにどうしてこっちじゃ隠さないのかな……、見た目男にしたんだから名前も男らしくしたらいいのに……」
「それもそうですね、わかりました変えてみます! ……えっと、どうやって変えるのでしょうか?」
「……メニューのオプションってところにあるから、それを押せば変えられるよ」
いきなり疲れたと言わんばかりのため息を吐きながらも、Lapinは丁寧にやり方を教える。
「どんな名前がいいですか? カス……、Lapinさん、名付け親になってくださいよ!」
「カス、で止まるぐらいなら言い切ってくれ……。えっとそうだな……」
自分のゲーム名、『Lapin』はフランス語でうさぎを意味する。カスキはうさぎが何となく好きになって、自分のキャラクターもうさぎっぽくしたかったためにそう名付け、うさぎ座ギルドを設立した。
最初こそ男アバターでプレイしていたカスキだが、あまり間もなく現在のアバターに変更したので自分なりのキャラ像が早めにあった。CSOどころかゲーム自体初めて行う薫にキャラ像を作れという時点で無理がある。どんなゲームプレイヤーも最初につけたゲーム名をそのまま現在も使っているとは思えない。気まぐれで変えてしまうものだ。
そんな相手に、捨てられる可能性があるそのキャラクターに、名前を決めるというのが難しい話だ。
だがそれでもカスキは、ゲームの先導者として責任を持ち、一生懸命考えてあげた。
「フレイバ、なんてどお?」
「Lapinさん、薫るというのは英語でスメルですよ。フレバーは風味とか香味料のことです」
「えぇ、なんで連想がわかったの!? こわい!!」
単純にカスキは薫るという英語をフレバーと勘違いしていたが、『フレイバ』だけでその経緯がわかったというのも少し察しが良すぎる。
「でも良い名前ですね、ありがとうございます!」
「うん、じゃあもう愛姫さんってゲーム内じゃ呼ばないからね。ちゃんとLapinって呼んでね、フレイバ!」
ゲームの遊び方はわかっているのだろうが、ゲームプレイヤーに対するマナーを教えなければならない。良く考えれば当然だが、少し苦労するなと気が遠くなる。
「ごめんね~! ちょっとこの子、ゲームするのが初めてでいきなりミスしたから指摘してたの!」
ゲームなのに汗ばんでくるような焦りを見せながら、Lapinはファンたちと合流する。
「その男が、Lapinさんの友達っすか?」
「うん、私も意外だった! まさか中身と違ってこんなイケメンに……」
「なぁんだ、男っすか……」
「……え?」
喜びが伝わってくる喋り方だったギャロッツが、急に覇気を感じなくなった。
「帰ろうぜ。Lapinさん、また今度よろしくおねがいします……」
変に不機嫌になったギャロッツとロップが帰って行く。ゲームなのに、2人の目が『男に教えるとかないわ~』と語っていたのが分かった。
というよりさっきの声で中身は女だって分からなかったのだろうか、とカスキは考える。しかし良く考えると誤解されたほうが良いかもしれないという結果になった。
「Lapinさん、あの人たちは何だったんですか?」
「フレイバは気にしなくていいよ。あいつら、俺の連れが可愛い女だと思ったんだな。……ったく、いくら何でも下心持ちすぎだろ」
「女といえば、本当にカスキさんってLapinさんだったんですね! そのキャラクター、とても可愛いです!」
「そう? いやぁなんか照れるなぁ! フレイバも、なかなか良い男じゃないですか!」
「はい! 私、広告に出てた主人公っぽいキャラクターを使ってみたかったんです!」
「あぁなるほどそれでか……」
イケメンなこのキャラをカスキはどこかで見覚えがあったのだ。しかし今の薫の言葉でようやく思い出すことができた。
CSOの広告で、主人公らしき男アバターがピンチになりながらも仲間と共に戦っていくシーンがある、薫はそのキャラに惚れて、自分のアバターを同じようにしたのだろう。髪と目の色は違うが、目鼻立ちは広告の主人公と同じだ。
「あの主人公のアバターは『キャラクターベース①』に分類されてるから、髪と目の色を変えるだけで時間はかからなかったのか、納得した」
「はい、でも声だけはどうしても地声になってしまいます。どうしてLapinさんはそんな女声ができるんですか? 裏声ですか?」
「これが裏声だったら一儲けできるよ……、これはCSO特別機器のマイク付きヘッドフォン『Dullahan』のおかげだよ。今俺たちはこれで通話をしているわけだけど、マイクのところにあるダイヤルで声を変えられる、いわゆるボイスチェンジ機能がついているんだ!」
ただのチャットでは戦闘中での会話が遅くなってしまう、携帯電話や色んな方法で通話しながら戦うのは他のゲームでも行っているが、CSOを作った会社『アメスシスト』は楽に通話ができるよう『Dullahan』を作った。これが先ほどの秋葉原での買い物で買ったものである。
「これを使って、自分の好きな声質を、調節するといいよ。こんなふうに、これをうまいこと使ってる人は、人気声優の声のキーを見つけたりしてるからね」
「すごいですね、声がこんな簡単に、変わるなんて! あー、あー、これで行きます!」
この2人のやっていることが、まるで蝶ネクタイ変声機を使ってる少年みたいだ。
「うん、実に青年っぽい声だね! あぁそうだ、この会話はまだここにいるプレイヤー全員に聞こえる状態になってるから、パーティモードにしておかないと」
秘密の話をすることもあるので、一対一やパーティなど限定して声を通す機能も作られている。Lapinとフレイバが話している内容はあまり他の人に聞かれたくない、先ほどのように本名がポロリと出る可能性があるからだ。
「フレンドもパーティ編成も完了! それじゃあメインのクエストに行こうと思ってるんだけど、何か質問ある?」
「それなんですけど、クエストの受け方ってどうすればいいんですか?」
「なんで知らないの!? チュートリアル受ければ良かったじゃん!」
『E-ZONES』のプレイ動画は、クエストスタートからだ。こうなるのも当然かもしれない。
「やあっ!」
「ギェェー!!」
声は低いのだが、どうも男らしく聞こえない気合い声を上げながら、フレイバは剣を使って怪物を倒していく。手前から奥まで緑が生い茂る森の中、2人は未知の怪物と戦闘を行っている。
今、Lapinたちが戦ってる怪物は『合生蟲』、変革進行団が数々の惑星の蟲を捕まえて合成させた怪物、いわゆるお邪魔虫ということだ。合生蟲の種類は豊富だが、下手な攻撃をしない限り負けることはない雑魚である。
「うんうん、さすが予習してるだけあって動きが良いね。でもなんでそんなに手際よくキメクトを倒せるの? 大抵の女子はただでさえ苦手な虫なのに、それを合成させたものなんか見たらやりたくなくなるよ」
先ほどからフレイバが相手をしている合生蟲は、芋虫に百足を混ぜた感じの蟲、もっこりして足が多い蟲という気持ち悪い形の蟲だ。そこが人気の要素かもしれないが、男であるカスキでさえ少したじろぐものを、薫は何とも思っていないのだ。
「昔、昆虫の標本を何度も見たことがあるから平気なんです。ぜひ一度、Lapinさんにも見せてあげたいです!」
「遠慮しとくよ、ハハハ……」
別にカスキは虫が嫌いというわけではないが、もう虫に興味を湧くほど子どもではない。
「話を戻すね。動きは良いんだけど、一体にしか視点を定めてないのはあまりオススメしないな。その証拠にHPがかなり削られている、回復担当のメンバーがいるなら特に問題はないんだけど、できるだけ避けることを覚えようか!」
「確か、こうでしたよね?」
そう言いながら薫は自分が持っているコントローラーのボタンを連続で押す。するとフレイバは回避を何回も行う。
「うんうん良いよ良いよ、まあ重要なのはタイミングなんだけどね。キメクトの目が光った時が攻撃動作の前触れなんだよ。そして回避はスペシャルスキル以外のどんな時でも使えるようになっているから、コツさえ掴めればとても便利だよ!」
「あ、思ったんですけどそのスペシャルスキルってどうやって使うんですか?」
「スペシャルスキルは時間がかかるほど溜まっていくものなんだけど、一番早く溜める方法はMPの消費、つまり小技をどんどん使っていくことなんだよ!」
スペシャルスキルはMPの消費と反比例していて、プレイヤーによって変わる『最後の切り札』のようなものだ。
「溜まるとスペシャルスキルのマークが光るから、両方のスティックを押し込めば使えるようになるよ」
「押し込む……、なかなか硬いですね!」
「最初はそうだね、でも左のスティック押し込みで『サブスキル発動』、右のスティック押し込みで『敵の照準ON/OFF』、この2つも戦闘において必要になるから次第に慣れてくと思うよ」
「なるほど、Lapinさんすごく教えるの上手いですね!」
「そ、そうかな……!」
褒めたり感謝の言葉をあまり述べないメンバーとつるんでいるカスキは、いつの間にかこの純粋な褒め言葉に慣れない状態になっていた。
ゲームだからこの赤面を見られなくて良かったとカスキは心底安心していた。
「さて、それじゃあこの道を真っすぐ進んだところで最後のキメクトが出るから、それを倒せば終わりだ! ちゃっちゃと片づけますか……」
ウーウーウー!!
視界が薄赤くなり、警報の音がカスキや薫のヘッドフォンから鳴り響いてきた。
「ま、まずい! ゲリラ警報だ!!」
「なんですか、そのゲリラ警報って……!?」
「普通のクエストと違って、稀に出てくる緊急クエストのこと! 上位プレイヤーにとってはレアなクエストなんだけど、初心者には厳しすぎる……!!」
緊急クエストの時に出てくる怪物を倒すには、受けているクエストの適正レベルの5倍は必要になる。今回フレイバが受けているクエストの適正レベルは10、つまり50は必要になる。まだフレイバのレベルは13だ。
(最高レベルの俺なら倒すのは簡単だけど、数によってはフレイバを守ることができなくなる!)
初心者が出遭ってしまった場合、逃げるのが一番良い手となる。だが上位プレイヤーにとってはこれはレアもの、Lapinとてあまり遭遇したことがない。ここで倒せば特別ボーナスがついてくる、今朝のクエストが失敗して報酬も何もなかったカスキにとっては、これは大チャンスになるわけだ。
だが、ここで薫を放っておくわけにはいかない。
「……フレイバは、さっき教えた回避を使ってひたすら逃げ続けろ。こいつらの相手は、私がやる!!」
「は、はい……!」
2つの刃を抜き取って赤い目を光らせるLapin、命令を聞いてそれに従うフレイバ、2人の前の空間に黒い穴が大きく大量に広がっていた。
その穴から現れる大量の合生蟲キメクト、芋虫百足とはまた違う形、甲虫のような硬さが表面に現れたカマキリのような怪物が何匹も降ってきた。
(見たことないキメクトだ。だがあの見た目だと攻撃と防御が優れていて、逆に速度が遅いと言ったところか。避けるのは簡単だが、倒すとなると少し手間がかかるな。素早く移動して、弱点を見つけるか!!)
カスキはそう思いながら、コントローラーをぎゅっと握りしめる。
「さあ、かかって来なさい!!」
【プチメモ】
CSOは、イメージとしてはPSO2というゲーム、そしてモンハンなどのようにパーティーを作る、別のパーティーが挑戦している緊急クエストには他のパーティーも参加できるという設定にしています。