26ゲーム、現実に妹がいないから2次元の妹に幻想を抱いてしまう、現実の妹はどうしようもないほど面倒臭い
「か、カスキ殿……、モミジ殿が行方不明って本当でござるか!?」
「あぁ……」
「……っ!!」
「ちょっとリョウくん!?」
夜18時、空が暗くなると共に建物が光を刺す秋葉原、駅前にて集合した4人だが、いきなりリョウがカスキの胸ぐらを掴んだ。
「お前っ......、兄ならちゃんとせんかい! 妹を家出したくなるようなことすんじゃねぇよっ!!」
「......そうだな。見つけたら、謝るよ」
「......で、何でここに集合したんや?」
「え? いやとりあえず集合するならここかと......」
「アホかお前は! せめて妹が良く行くところに集合させんかい! 非ヲタが来るとこちゃうんや秋葉原は! もっとあったやろ池袋のハチ公前とかスクランブル交差点とかよぉ」
「リョウくん説教してるとこ悪いけど、両方池袋じゃなくて渋谷だよ」
「え、ほんまか?」
「リョウ殿の関東方向音痴が出てしまったでござるよ」
リョウは元は関西出身で、今年引っ越しに来た上京者。関西なら土地勘があるが、半年経っても慣れないくらいの関東限定で方向音痴なのである。
「お前こそ役に立たねぇだろうが絶対1人でどっか行くなよ!?」
「くっ、これだけは文句言えねぇ......」
「土地のことで言うと、スミくんが1番詳しいよね」
「でも女子が良く行くところとかトレンドとか分かってないと難しくないでござるか? 我も疎いでござるよ? カスキの妹殿のこと良く分かってないでござるし」
「カスキくんの妹さんってジャニーズが好きなんだよね? じゃあそういうところ行ってるのかな?」
「まあなくはないけど......」
「じゃあ原宿とかかなぁ、あとは遊び場ってことでお台場とか」
「遊び場といえばTDLは?」
「今から行ってどうするでござるよ、ああいうのは朝から楽しむもんでござるよ」
「しかもあいつパス持ってないから入場料払わないといけないし、今から行くと相当懐に響くはずだ」
「警察に相談しない?」
「あんまり大事にしたくないんだけど......」
「1日経ってもだめなら頼ろうぜ。今だけは俺らの力で探さへんか?」
「そうでござるな、とりあえず心当たりのあるところから手分けして探してみるでござるよ。手分けといってもリョウ殿はだめだけど」
「でも家出ならさ、友達の家に行くことあるんじゃない? 公共の場じゃないところにいたらさすがにお手上げだよ?」
「ありえるだろうけど、俺知らねぇなぁ......」
「せめて23区外でないと嬉しいなぁ」
「......ん? 今ポツッと」
色々と話し合ってるうちに、雨が降ってきた。
「あーあ降ってきちゃった、僕コンビニ行って傘買ってくる! みんなは駅の中で雨宿りしてて」
「俺も行く......」
カスキとラクがコンビニへ、リョウとスミが駅内へ入る。
「カスキくんまで来なくても......」
「いや付き添う。全くモミジのやつ、みんなに迷惑かけるなよな......」
「いや僕らを巻き込んだのはカスキくんだよ?」
「あそっか」
「しまらないなぁ......」
雨は東京23区のほとんど全ての場所に降っている。この雲になれば、モミジを見つけることができるかもしれない。
当のモミジは、原宿にいた。
(勢いで飛び出すのは良くなかったわ......、買いすぎた)
袋いっぱい、羨ましいほどに両手にはジャニーズグッズを夢いっぱい持ち運んでいた。少し鈍い動きになってしまったが、元々衝動買いしてしまった後の予定を組んでいなかったので迷走している。
(イライラして衝動買いするのはもう控えよう。もう帰りの電車賃しか残ってない......。家に帰りたくないのに......)
「ねえねえ君、その荷物重くない? 持とうか?」
下を向いていたので振り向くと、カスキとは違った遊び人みたいな青年2人組が話しかけてきた。
「......けっこうです、愛があるから重いのは当然、いやむしろ愛があればこれくらい1人で支えられるの」
まさか自分がナンパされるとは思わなかった。何せ中学生で、こんな荷物持ってる自分に話しかける男がいるとは思わなかった。そんな意外な出来事に、モミジは反射的にありのまま返してしまった。
度合いだけで言えば、モミジはカスキと並ぶヲタクだ。かつて薫が言っていた専門家の要素に、モミジは合致している。そして彼女はヲタクであることを認めている。アニメよりジャニーズのほうがまだ世間的にマシな扱いをされているため、モミジもジャニーズヲタクであることを誇りに思っている。
とはいえ友達は隠れなタイプがほとんどなで、さらに受験生なため毎日が満たされておらずジャニーズ成分が足りなかった。
きっかけはどうあれ、せっかく束の間の良い気分だったのにナンパされて、さらにモミジは苛立っている。
「へえすごいねぇ、オレ『NAGI』の四宮が推しだよ〜。ミルチューブも見てるし」
「へえ、でも残念ね。私梅ちゃんが推しなの」
はいこれで話は終わり、とモミジは勝手にターンエンドしている。だが本物のナンパはこれでは終わらない。
「梅ちゃんかぁ実は『NAGI』なら箱推しだからさ、梅ちゃんも好きだよ? 荷物重たいでしょ、そこのホテルで休んだほうがいいよ、一緒に語ろうよ」
いきなりヤバい単語出すなよ下手くそか、とモミジは思う。妙に『箱推し』と専門用語知ってるくせに......、なんてどうでも良いこと考えながら必死に歩くスピードを上げている。
「ねえどうしたの? オレの何が不満なのさ?」
「顔」
兄妹共々、面食いだった。
「......っ!? お前、言って良いことと悪いことがあるだろっ!!」
ついにナンパ男がキレて両手でモミジの肩と手首を掴む。
「やっ......、ちょっ......、離して......!」
そう言われる前に目と鼻の先にあった細い人気の無い路地へ連れてかれ、壁際に追い詰められる。しかしそこで......、
「待ちなさいあなた! その子嫌がってるでしょ、放しなさい!!」
聞こえてきたのは雄々しくも女性の声、神々しく現れたのは愛姫薫だということを、モミジは知らない。
「こいつが非道いこと言ってきたんだ! 話し合う必要があるんだ関係ねえだろ!?」
「なら、わざわざこんなところにまで来て話す必要もないですよね?」
モミジからしたら、ただただかっこいい女性が見事にナンパ男を追い詰めている、吊り橋効果で惚れてしまいそうだ、と思ってしまう。
「警察を呼んだけど今なら見逃してあげる、帰りなさい」
「はっ、誰がそんな嘘......」
ウーウーウー!!
サイレンの音に驚き男は逃げて行った。
「あなた、大丈夫?」
「は、はい......。ありがとうございます......」
「愛姫さまっ、お怪我はありませんか!?」
「えぇ、この子は無事よ」
「そうじゃありませんっ、愛姫様のほうは大丈夫なんですか!? 人を助けることは素晴らしいですけど、無茶なことはしないでください......」
「無茶ではないわよ、ちゃんと勝算あってやったことなんだから。良いタイミングでしたよ丸秘さん、スマホでサイレンの音鳴らしてくれたの」
「全く......、最近読んだ男性向け恋愛漫画の知識なんかで実行しないでくださいよ。今のはたまたま、肝っ玉の小さい男なだけだったんですから! 愛姫様が読んだ漫画はリアリティーがないんですから!」
2人の掛け合いに、モミジはきょとんと呆然してしまう。
そもそも助けてくれた人はそれこそ漫画に出てくる王子様でなく女性、しかも漫画の知識で事件解決、助けてくれた女性には崇拝する別の女性が付いていてやり取りが少しヲタクっぽい。この情報量をそう簡単に処理できないモミジだった。
「あなた、変な人に絡まれないよう早く帰りなさい」
「はいっ、ありがとうござ......、冷たっ!! え、何でお尻濡れてるの......?」
モミジが着ていた黒いスカート、たまたまその色だから表面上では濡れた感じがしない。しかし冷たい風が背後から来て急に身震いする冷たさがお尻から来てしまった。
「この壁、濡れてますね。成分は分からないけどまあ良くある水だと思いますよ」
「さっき壁まで追い詰められた時だ......、下着まで濡れてる、寒い......」
「そんなに気になるならランジェリーショップ行けば?」
「それが......、もう帰りの電車賃くらいしかなくて......」
「なら急いで帰るしかないわね」
「そ、そうですね......」
もどかしくて気持ち悪くて落ち着かない、かといって脱ぐわけにはいかない。そんな状態を察知した薫はある案を出した。
「そのまま帰すわけにはいかないわ。とりあえず貸してあげるから、一緒に下着買いに行きましょう」
「え、愛姫様!?」
「そ、そんな......、そこまで迷惑をかけるには......」
「ううん、私の気が収まらないの。ここであなたを放っておくわけにはいかないわ」
「人が良い......、さすがです愛姫様!」
翔子の言う通りだな、とモミジは感銘を受けた。
(愛姫様って言ってたけど、もしかしてお兄ちゃんの学校にいるあの愛姫財閥のお嬢様なのかな? お金持ちで美人でスタイル抜群、特に胸が大きくて、そして格好良くて優しいなんて......)
薫が財布を取り出して中身を確認する。
「......ごめんなさい。少し離れたところにコンビニがあるからそこので良いかしら?」
「意外と庶民的!?」(いえそんなっ、ありがとうございます......!)
「......多分だけど心の声と建前が逆になってない?」
というわけでコンビニまで歩く3人だったが、途中で通り雨に遭ってしまい3人仲良く濡れてしまった。
「ど、どうするんですか愛姫様、ミイラ取りがミイラになってしまいましたよ......?」
「これはもう......、温泉に行きましょうか」
「温泉!? 良いですけど愛姫様貯金は......?」
「大丈夫です、これは経費で落とせますから。コインランドリーと使用料は私が払います。服と下着だけはご自身でお願いして良いですか?」
愛姫家のルールとして、商品を購入した際はレシートだけでなく現物も出さないといけない。他人用に買った下着は家に帰って用意できないので経費として落とせない。薫と父のお小遣いのやり取りのことを、経費と表現している。
だから前からカスキや翔子が協力してくれた(翔子のは本人に知られずに)騙し金でモミジの下着をひとまず買ってあげることにしている。しかし先ほど翔子と遊んだ買い物でそのお金をかなり使ってしまった、だからコンビニの安い下着で済ませるしかなかった。
一方で通り雨に遭ってしまい友達のも含めて温泉へ行く、このサービス系に関してはレシートさえあれば寛容にお金を返してくれる。友達を助けたという点で、ポイントが高いからだ。
「あ、あなたは後で返してくれれば良いですよ。えっとそういえばお名前、聞いてないですね」
「あっ! そうでしたね、私、赤谷紅葉と言います」
「あ、赤谷ぃぃぃ!?」
「え......?」
「もしかして兄を知ってるんですか? 同じ学校とは思ってましたけど......」
「こ、この女が......、あの男の......、妹......!?」
「あ、兄が何か粗相をしたのでしょうか?」
「えぇそれはもう......!」
「いえいえ、カスキさんにはお世話になっております。あなたが妹さんだったんですね、体育大会の時わざわざお兄さんの有志を見に来たんですよね?」
「はい、何かとんでもないことになってましたけど......」
その後もカスキに関する話題が続き、2人は盛り上がる中、翔子だけもの凄い疎外感を抱いた。
(ま、また赤谷兄弟に......、私と愛姫様との時間を奪われてしまった......!!)
【プチメモ】
ジャニーズの中でも一番人気なのは『NAGI』、元々5人共それぞれチャンネルを持ったソロミルチューバーだったのが事務所の関係と意気投合の末結成された。
梅ちゃんこと梅野熟がモミジの推しと言っているが、それは前の話で今はもっと結成したばかりの新たなグループを推している。