2ゲーム、現実世界の身体はやはり、ゲームの世界の身体のように上手く動かせないものだよな
連行した教師はカスキの担任、小早川勇二という男に全てを委ねた。
「赤谷ぃ、お前また何かやらかしたんか?」
「別にやらかしたってほどじゃ……」
「まあええわ」
「良いのかよ」
「いつものことやろ、それよりお前肘擦りむいとるやんけ。一緒に保健室行くで」
40後半の貫禄さ、剣道部顧問であることから竹刀を常に持っているという時代遅れの刈り上げガッチリ中年男、『剣道の小早川』、愛称はケンコバ。厳しさが声に現れつつもその実優しさも持つ、意外と良い男なのである。
「いや、優しいのはありがたいけどケンコバが行く必要ないやん」
「別にええやないかお前、つれんこというなや」
「あ、まさか星野先生狙いか」
「ほらつべこべ言わんと行くで」
誤魔化すケンコバを睨みながらカスキは移動する。
保健の先生である星野真彩が当然保健室にいて、どうしたのという優しい声にケンコバだけでなくカスキも少し癒され、怪我した肘を見せて治療してもらった。
「小早川先生、もう大丈夫ですから教室に戻ってもらって構いませんよ。ありがとうございますね」
「えっ、あっ、はい……」
もう居る必要がないケンコバに優しさに見えてひどい言葉を交わされた。ケンコバは少し残念そうな顔をしながら教室へ戻って行った。
「はい絆創膏、それ貼ったら早く行きなさいよ。始業式始まるわ」
「あー良いんですよパスで。行く気ないし小早川先生にお前は来るなって言われたし」
「相変わらずね。春の始業式と終業式もそんな感じだったわね」
「だって需要ないじゃん、校長の長い話も総体の表彰式も聞きたくないし、春の始業式に至っては離任式も一緒にやってて、見知らぬ人のお別れ聞いたって何になるんだよって話」
「ま、まあ言えてるわね最後に関しては」
カスキは無駄に自分に負荷をかける物事が嫌いである。いつかは自分のためになる、と大人はそんなカスキにテンプレートな正論を言うだろう。しかしそんな言葉もカスキの心に届くはずもなく、本能のまま生きている。
サボる精神がもうカスキの身体に染みついてしまい、空いているベッドに寝転がる。
「あーあ、嫌なことばかりだぜ」
「それが日常茶飯事みたいなもんじゃない、今更何いってんの」
「まあそうだけど、まさか助けた相手から礼の一つももらえないなんてよ、グレてやろうか」
「もうグレてるようなもんじゃない。そうそう、その女の子ってひょっとして愛姫薫さんじゃないかしら?」
「誰?」
「さすが自分の興味ないことにとことん知識がないわね。愛姫財閥の子で、入学式で代表挨拶してたじゃない……、あ、サボってたわね」
「で、何でその愛姫って人がそうだと思うわけ?」
「単純なことよ、今朝擦りむいたから絆創膏欲しいってここに来たからよ」
始業式が終わり、教室へ戻ってきた休憩時間で、リョウたちは集まって朝の時の話をしていた。
「じゃあほんまにあのお嬢さんが信号無視したんかいな!?」
「リョウくん声がでかい! 聞いた話だとね」
リア充組と難なく話せるラクの情報網により手に入れた、あの女子高生は愛姫薫だということをリョウたちは知った。
不良ヲタクの彼らとは月とすっぽんな存在、愛姫薫は愛姫財閥の一人娘というまともな意味で有名だ。そんな彼女が赤信号を無視するとは……、いや、人間なんだから一つか二つのミス、あるいは急いでいたため故意に信号無視して渡ることだってあるだろう。
「うん。でもみんなも見たと思うけど、彼女は急いでたわけではなかったって、あることに悩んでて気がつかなかったって……」
「何でござるかその悩み事というのは……?」
「聞いてないし聞いても答えてくれないと思うよ、お年頃の女の子なんだから悩みだってあるに決まってるでしょ……」
「でもよぉ、だからってあの態度はありえへんやろ!」
「ま、まああの時は居たたまれなかっただけじゃない? 普通に考えてみてよ、きっと愛姫さんだって感謝してるし、そのうちお礼に来るんじゃないかな……」
「確かに、普通に考えれば今回のカスキ殿はヒーローでござった。それなりの対価が来てもおかしくな……」
「ハァ!? そんなわけないじゃないの、ばっかじゃないのあんたたち!」
ラクたちの会話に入って来ようとしてるもの好きな女がいた。肩まで届く茶髪をなびかせ、規律正しくをモットーとしてそうな佇まいが露わとなっている。特に目立った美しさは見当たらないが、少なくともヲタクたちが簡単に接せられる相手ではない。
「そんなわけないって……、どういうことや?」
「あんたたちみたいなキモヲタが軽々しく愛姫様に触らないでって言ってるのよ! 汚れたらどう責任取ってくれるというの!?」
「な、なんでござるかその言いがかりは! それにカスキ殿がいなかったらその愛姫殿は死んでいたはずでござる! 何の恩もないというのでござるか!?」
「ハァ!? 頼んでないし、余計なお世話なのよ! あの男が助けなくても、愛姫様なら神の御加護があるのだから避けられるに決まってるのよ! そう、まるで天使の羽が生えたかのようにブワッと、華麗に舞うのが想像つくわ!」
「は? キレそう」
「まあまあリョウくん落ち着いて」
そう言いながら女は目を輝かせてわけのわからないことを言う。この女の脳内の愛姫薫が、人間離れしているのが目に浮かぶ。頭に虫が湧いてるんじゃないか、と言いたいほどヲタクたち、特にスミとリョウは腹が立っていた。
「なぁ、あいつやけにその愛姫のこと美化しすぎてへんか? というかあいつ誰や?」
「同じクラスでしょ、丸秘翔子さん、愛姫さんの秘書をしてるんだって……」
「なんと、秘書とはまた随分と高貴な役を担っているとは、とんでもない側近でござるな!」
「いや、聞くところによると自称で、無理矢理っぽいって……」
「「何だそれ、ダサ……!」」
呆れた2人のハモリを耳にした翔子が少し赤面して切れた。
「う、うるさい……! 私は私にしかできないことを積極的にやってるのよ、あんたたちみたいなヲタクと違って……」
「おいーっす! ヲタクの鑑ここに参上!!」
翔子の言葉を遮るように、カスキが教室に入ってきた。
「またタイミングのわりぃときに……」
「あれ、歓迎されてない?」
「赤谷くん、ちょっといいかしら?」
翔子がカスキに話しかけた。その声のトーンから不機嫌さを感じ取るカスキだが、知ったことかと思い普通に話す。
「ん、何? というか誰だっけ?」
「丸秘翔子よ、愛姫様の秘書をしているわ」
「あぁそう。で、丸秘さんは俺に何の用なのかな?」
比較的ゆるい感じでカスキは接するが、翔子は一瞬たりとも気を緩めたりしない。
「あなた、よくも愛姫様に気安く触ったわね」
「愛姫さま……? いつなんどきのこと……? そもそもどんな人だっけな……?」
「ほら、今朝の事故の時カスキくんが助けた女子高生、あの子が愛姫さんだったんだよ」
「おぉ、そうだったのか! それじゃあもしかして俺ってかなりのお礼もらったりするのかな?」
「もらえるわけないでしょ!!」
冗談気味に言ったカスキに向かって、翔子は思いっきり怒鳴る。
「あんたみたいなヲタクが助けてもお礼なんてもらえない、それどころか慰謝料を請求するほどよ! あんたのせいで愛姫様が汚れたらどう責任取るつもりなの!?」
それを聞いてカスキはスミに『何こいつ? 湧いてんじゃないの?』というアイコンタクトとジェスチャーをする。それを受け取ったスミは同じく『そういう人だから仕方ないのでござる』と返した。
リョウも手を合わせて『ご愁傷様』と目で語ってきた。カスキはやれやれと思いながら、この状況をどうしようか考える。意外と間はなく、カスキはある策に出る。
「あぁ、もしかしてあれか? 責任取るって『できた』という意味の責任というわけなの? やっだぁこの子、まさか触っただけで『できる』と思ってるのぉ? 頭だいじょうぶぅ? 保健体育学んでますぅ?」
「なっ……!?」
カスキが考えた結果、策とは煽りだったようだ。今の言葉を聞いて翔子は顔を赤らめ、クラスの女子はざわつく。
「さすがだぜカスキ、それでこそうちらのリーダーや! やっぱりカスキは考えることが違うぜ!」
「さっきまで苛立ってた我らがバカバカしいでござる、傷ついてもおかしくない本人が一番冷静に対処しどんでん返しをするとは、カスキ殿はなかなかの策士でござるな」
「どうしてだろう、なぜかスカッとした感じがする……」
呆然とするクラスの男たち、対してヲタクの3人は盛り上がっていた。もっとも、まともなラクは少し違和感を持ちつつも良い気分になった自分を感じていた。
さあ、カスキと翔子の天下分け目の戦いが始まる。ほら貝は鳴らない。
「あ、あなた何バカなこと言ってるの!? それくらい知ってるけどそういうことを言ってるんじゃなくて……!」
「おいおいほんとかよぉ『できる』やり方知ってんのか? 怪しいなぁ? 今ここでちゃんと説明してくれよ。どうしたの早く言えよ。いーえ! いーえ!」
たじろぎながらも否定する翔子に追い打ちをかけるカスキ、そしてカスキの必殺、『言えコール』が発動した。それについていくかのように、ヲタク3人、正確には2人が積極的に『言えコール』を始める。
「「いーえ! いーえ! いーえ! いーえ! いーえ!」」
流れを取られ、プルプルと怒りに震えながら顔を赤らめる翔子、何も言えないクラスの皆、完全にヲタクたちが有利となった。
そしてカスキという男は、さらに追い打ちをかける。
「ほらほらどうしたのぉ? もったいぶらないで早く言っちゃいなよ! それとも、本当に知らないの? おいおい聞いてるのかよ、日本語通じる? エクスキューズミィ?」
パチンッ!
調子に乗ったカスキの頬に一つのビンタ、それによりコールは打ち消された。
「あなた最低ねっ! それでも男がすることなの!?」
「なっ!? 元はと言うとてめえが……!」
「やめろリョウ!」
ぶたれていないリョウが怒り、なぜかぶたれたカスキが止めに入る。ここまでされても冷静でいられるカスキの心情に、リョウたちは疑いの目を持っていた。
「これでお前は俺に暴力を振った。慰謝料を要求したいくらいだが、お前が何か言ってる慰謝料とこれで相殺して良いんじゃないか?」
「ハァ、一緒にするんじゃないわよ! 相殺する気なんかないし、差し引いてもマイナスよ」
「あくまでも自分の信念を貫くその精神には敬意を表してやるが、こっちだって退くわけにはいかない。相殺する気がないって言うなら、こっちだって手を出したって良いことになるよな?」
「ば、バカじゃないの!? 確かに私は最初に手を出したから咎められる部分もあるわよ。でも反省なんかしないわ、だって煽ったのはあなたなんだから」
「その前にひどいこと言ったのは自分やろ……」
リョウが己の気持ちを吐き出したが、その声も届かず翔子の平常運転が続く。
「いくら私が悪いことをしたからって、あなたが私に手を出していい理由にはならないわ! どんなことでも男は女に手を出してはいけない、残念だったわね! 謝るつもりもないし、嫌われ者に事実を言ったまでなんだから、私が性格悪い女だとみんなから言われることなんてないのよ!」
開き直った言葉、自身が正しいと信じるほど、その正論は歪んでいる。しかしそれに対してカスキは納得の言葉を上げた。
「うーむなるほどな、確かに女に手を出すなんてあってはならない、男のやることじゃない、心の痛むことだ。だと思ってよ、すでに俺の味方をしてくれる人の前でお前の本性をあえて見させたわけなんだぜ!」
「え……!?」
見させた、誰に? だって今の敵はこのヲタクたちだけ、と翔子はそう思っていた。
「叩いたあの時、興奮してチャイムが鳴ってることに気づかなかったようだな。HRをするためにここへ来た、ケンコバの存在をよぉ!」
扉の前で待っていた担任のケンコバに翔子は今気付いた。
都合の良いことに、ケンコバが来たのは翔子がカスキを叩いた少し前、カスキたちが煽っているところはほとんど見られていないのだ。
「さすがにそろそろ止めさせてもらうで。丸秘、あとで職員室に来てもらおうか?」
「な、なんで私なんかが……、こんな……!? なんで先生は、こんな男の味方なんかするのよ!?」
不良ヲタク、教師たちが手を焼いているこの男の味方をする先生を、翔子はどうしても納得できなかった。
「『男が女に手ぇ出したらあかん』ちゅうの利用して、悪いことをする女を黙っとける大人の男がおる思うんか? そしてこれは個人的なことやけど、俺も日常生活に支障をきたさない程度には、ヲタクゆう存在や。お前のヲタク嫌いには目に余る」
丸秘翔子、絶体絶命!
勝者は赤谷過守着なのか!?
「うぅ……、ひどい! わたし男の……、しかもヲタクなんかに責められないといけないなんて……!」
「「……!?」」
先生やカスキたちが翔子の泣きに驚いた。
「い、今更泣いたって遅いでござるよ……。もう言い逃れができないレベルに……」
「大丈夫よ丸秘さん、こういうのは他の先生に相談すればいい話なのよ……!」
すると、他の女が翔子を慰めようとする。
「そ、そうね……、でも女性の先生でこのヲタクを止められるのかしら、あぁ……、私、なんか頭がクラクラきたわ……!」
「しっかりして丸秘さん、今すぐ保健室へ行きましょう! そうよ、星野先生に相談してもらえばいいのよ! 不良ヲタクとそれに味方する隠れヲタクのケンコバにひどい目にあわされたと言えば、不良ヲタクはともかく、なんとかあのおっさんを消せるはずよ!!」
「よし赤谷、放課後職員室に来い!」
「こんの裏切り者がぁ~っ!?」
女たちの最後の切り札『ケンコバの弱み』を利用して逆転することができた。
泣き顔から『へっ!』といった感じの笑顔に移り変わる丸秘翔子、最後の最後で勝利をもぎ取った。
【プチメモ】
カスキたちの担任は完全にあの芸人さんがモデルです。呪術廻戦や僕とロボコや本気出せばお前殺せるでの活躍から、この作品にも参加してほしいなという気持ちで入れました。