野バラは一輪風に揺れる
愛されない者と愛される者。
その違いは何……?
目に見えるのは幼い日の私。
目の前にいる一人の男性は、幼い私に向かって口を開いた。
君は愛されない。否、愛されてはならないんだよ。
幸せになる権利さえないのさ。そんな君は、この世には要らない。
そして聞こえる、呪いの言葉。
“要らないんだよ。永遠に、一生!これから死ぬまで、死んでからも!君は要らない!”
がばっ
私は、勢い良く布団から飛び起きた。久し振りに見た、あの日の、夢。
もう、忘れてしまったと思っていた、忌々しい記憶。
もう、見ることは無いと思っていたのに………
「はぁ、何か、憂鬱―……朝から、こんな夢見るなんて。」
そう呟きながら、彼女は布団から抜け出た。
シャッとカーテンを開ける。窓の外は雨が降りそうで降らない、曖昧な、空
彼女の名は、猫鈴野薔薇。17歳。
今日は、何てことの無い日常の一部分の日。でも何故か野薔薇は感じていた。
「(今日、絶対何かが起こる―………)」
そう、彼女の第六感は訴えていた。野薔薇の直感は、今まで外れた事が無い。
殆ど、否、全て彼女の第六感は伝えていた。これから起こる出来事を。
「そう言えば、“あの日”もこんな曖昧な空だったっけ………?」
そう呟いた野薔薇の言葉は、誰にも聞かれること無く、辺りに溶けていった―……
あの日――………
当時、6歳だった野薔薇が両親に虐待され、公園に捨てられた日。
今でも、野薔薇の体中には痣が残っている。
心には、絶対癒える事の無い大きな傷。
しかし、野薔薇は頭を横に振り、これ以上思い出さないようにした。
―――学校AM7:30
野薔薇は、他の生徒よりかなり早く、教室に来ていた。
何時もの彼女ならあり得ない事だ。――野薔薇は何時も遅刻ギリギリに来る――
それが、いけなかった。
何時も通り、遅刻ギリギリに来ればあんな事にはならなかっただろうに―……
「ふぅ。早く着いちゃった。あんな夢見ちゃったからかなぁ?」
そう呟く。その時だった。
「………っ!〜〜っ……!!」
誰も、居ない筈である。
この教室には、野薔薇しか居ない筈である。
なのに聞こえる、誰かと争う様な声。
「……誰か、居るのかな??」
野薔薇には、恐怖心というものが殆ど無い。
そして、彼女は好奇心旺盛。
そんな野薔薇が、この声の主を探さない訳が無い。
彼女が探し出そうとしたその時だった。
「ぃやぁぁぁぁあぁあぁあああぁ!!!」
聞こえてきたのは、絶叫とも咆哮とも悲鳴ともつかない声。
野薔薇は驚き、その拍子に座っていた椅子から転げ落ちた。
野薔薇が床に倒れ込む。
そして、今まで座っていた椅子がガッターンと大きな音を立てて倒れた。
と、同時にキィンと音を立て何かが野薔薇へと飛んで来たのだ。
「な、何!?……これって、銃弾?」
そう、飛んできた物は紛れも無い、銃弾。
銃刀法違反の法律がある日本では、中々目に出来ない代物だ。
「あぁ?誰か居たのかよ。ちっ、メンドくせー。」
何処から出てきたか分からないが、長身の男が現れた。
教室は電気が点いておらず、しかも曖昧な空の所為で暗い。
そんな中、声だけが唯一、人を判断できる手段だった。
そして野薔薇は、自分の知り合いにこの声の主は居ない、と判断した。
「ふぅ……カンケーねぇ奴を殺すのは気が進まねぇが、仕方無ぇ。死ね。」
そう言い、男は野薔薇に銃口を向けた。
「………っっ!!」
殺される、そう直感した。
しかし、野薔薇はそれと同時に、安堵感を覚えた。
もう苦しまなくて済む、もう囚われる事は無い、そう思った。
そう思った野薔薇は、こう、知らずの間に呟いていた。
「………殺して………」
男は、驚いていた。心底。
今の今まで、絶望に歪んでいた顔が、一瞬にして晴れたのだから。
しかし、男は直ぐに顔に妖しい笑みを浮かべた。
「くくっ、そうかよ。自殺志願者かよ。分かった、じゃあ、死ねよ。」
男は、銃の引き金に手を添えた。
あぁ、私は死ねるんだ、野薔薇は、そう思った。
「じゃあな!恨むなよ!!」
野薔薇は、次に来るであろう衝撃に備え、ギュッと目を瞑った。
が、しかし。来る筈の衝撃が、何時まで経っても来ない。
代わりに聞こえて来たのは、どすっという鈍い音。
そっと、目を開ける。
そして、その目に映ったものは。
「嘘……でしょ……」
一人の少女が男の上に乗っている。
いや、男を踏みつけている、と言った方が良いだろう。
「貴女……何やってるの!?危うく、殺されるところだったよ!?」
踏みつけている少女が叫ぶ。そんな少女に野薔薇は答えた。
「……殺して、欲しかったの………私。」
「貴女、馬鹿?何で死のうなんて思ったの。」
「初対面の貴方に言えることじゃない」
野薔薇はポツリと、そして冷たく呟いた。
少女は、一瞬驚いた。
しかし、次に口を開いた少女から
出てきた言葉は、自己紹介。
「あっ、そっか!撫子は、姫雪撫子!よろしく〜」
「私は、猫鈴野薔薇。」
「よしっ!これで初対面じゃぁないよね?」
撫子は、キラキラとした目で笑った。
野薔薇には、眩しすぎるほど。
「はぁ。この男、撫子を狙ってたんだよね。後始末勝手にしとこ。
もう、皆来る頃だし。」
撫子はそう言って時計を見る。
もう時刻は8時を指していた。
「じゃあね!野薔薇ちゃん!」
撫子はそう言い、男を引き摺りながら教室から出て行った。
―――放課後
野薔薇は何時も通り帰宅する、筈だった。
しかし、野薔薇は帰宅できない。
なぜなら、撫子に腕を掴まれているから。
「姫雪さん?痛いんだけど……」
「まぁまぁ、我慢して!」
明るく言い放つ撫子に野薔薇は呆れた。
「そうそう!野薔薇ちゃん!ネコって呼んでいい?」
「別に、勝手にしたら?」
「分かった!じゃあ、撫子の事は姫って呼んで〜」
そう言いつつも、手は野薔薇の腕を離さない。
はぁ、と野薔薇は溜息を吐いた。
いい加減離してくれない?と、野薔薇が言おうとした時だった。
撫子が叫んだ。
「あぁぁぁあぁ!紫陽花!逃げようとしないの!!」
撫子は、一人の少年とも少女ともつかない人物を指差した。
指を指された人物はと言うと、悠長にこう答えた。
「はぁ、撫子に見つかっちゃいましたか〜。」
「見つかっちゃった、じゃないのぉぉぉぉぉぉおぉ!もう!」
撫子は頬を膨らませた。
しかしそんな事はお構いなしに、紫陽花と呼ばれた人物は疑問を投げかけた。
「ところで、撫子。後ろにいる少女は誰ですか?」
その問いに撫子は答える。
「あぁ!この子は〜猫鈴野薔薇ちゃん!撫子は〜ネコって呼んでる〜」
「どうも。野薔薇です。姫に無理矢理連行されてきました。」
軽くお辞儀をしながら、笑顔で言う野薔薇。
そんな野薔薇に、撫子は言った。
「えぇぇえぇ〜!撫子、無理矢理連れて来てないよ〜?」
「はぁ。その手が無理矢理連れて来た証でしょう。撫子。」
「ちぇっ、何さ、紫陽花まで。」
撫子は拗ねる。
その姿を見ていた野薔薇は、今朝男を踏み付けていた光景を思い出した。
今、目の前で拗ねている少女が、あんな長身の男を踏み倒したなんて、考えられない。
しかし、そんな物思いに耽る前に、撫子は口を開いた。
「そだそだ、紫陽花。ネコちゃんに自己紹介!!」
そう、撫子は促す。
そして、紫陽花は口を開いた。
「はい。僕の名前は雨坏原紫陽花です。
因みに男なので、その辺は宜しくお願いしますね?」
にっこりと、紫陽花は微笑んだ。
それにつられ、野薔薇も微笑んだ。
「ところで撫子。野薔薇さんも、我が部に入れるのですか?」
「あったり前〜。今朝、撫子の騒ぎに巻き込んじゃったから。」
そう言う、撫子と紫陽花。
野薔薇一人が、話についていけていない。
それを察したのは、紫陽花だった。
「野薔薇さん。話についていけないという顔をしてますね。」
「え、ええ。意味が分かんなくて。」
意味が分からない、そう言った野薔薇に対して撫子は言った。
「あらぁ〜、本当に知らないんだね。撫子って春雪財閥の一人娘なんだよ〜?」
「えっ?あの、春雪財閥の!?」
撫子の言葉に、野薔薇は心底驚いた。
春雪財閥と言ったら、日本だけでなく、世界にも目を向けている今抜群の注目度を
誇っている財閥である。
野薔薇は一つの疑問を口にした。
「でも、姫?姫の名字は“姫雪”でしょう?」
「ん〜っと、姫雪はお母様の旧姓なの!ちょっと使わせてもらってるんだよ〜」
疑問は、解決した。
しかし、野薔薇は思った。
春雪財閥と、紫陽花の言った『我が部』という言葉。
なかなか符合で繋がらない。
そんな野薔薇に、紫陽花は言った。
「ようこそ、我が部“よろず探偵部”へ!」
そう、春雪財閥は、基は“探偵事務所”から始まったのだ。
野薔薇はようやく、春雪財閥と『我が部』が符号で繋がった。
「よろしくね!」
野薔薇は、明るく、言った。
今までの過去を振り切るように。
私は、足を踏み入れた。
手探りの何も分からない“探偵”の世界へ。
さぁ、何が起こるか分からない、不思議な世界は幕を開けた。
私の心に射した一筋の、光。
もう、見失いたくないから。
何か、疑問をたくさん残して終わりました。
後は皆さんのご想像にお任せします。
なぜ撫子は男に狙われていたのか。
なぜ撫子は姫雪という名字を使っているのか。
ご要望が多ければ、続きを書くかもしれません。
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