プロローグ
さてさて始まりますよ。中世ヨーロッパ風ローファンタジー。ではではよろしくおねがいします。
あの夜の事を思い出すと体が震える。一瞬のうちに栄華が散り果て今では田舎の隠れ家にひっそりと暮らす羽目に陥った。僕の命はもう長くない。だからこうして腐りかけた木の机に今向かってペンを取っている。あの恐ろしい日を語り継ぐために。
あの夜上司のラウル様は客人のミリアさんとの商談がうまくまとまり彼女の事を気に入ったので別館の宝を見せるために僕はロウソクを持ち重い扉を開けお二人を外へと誘導した。上司の館は人里から離れており本館と別館からなっている。別館に行くには雑木林を通り抜けなくてはらない。外はもう真っ暗で高い所に月が上り葉がかすれる音と風の音が静かに聞こえた。夜の森林浴もなかなか良いものだと深く息を吸っては吐いてリラックスしていた。道は二人ならんで歩くのがやっとの細さだったので僕の後ろにお二人がついて来るかたちになった。
「先ほどの料理、ミダルゴさんがお作りになられたんですよね。カモ肉のロースト具合が絶妙でした。それにレモンのタルトもみずみずしさが残っていて、お料理がお上手なんですね」
「いやぁ、それほどでも。ちょっとした趣味でして、お口にあってなによりです」
「ミダルゴはうち自慢のシェフなんですよ。世界で有名な賞を取ったことがありますから」
他愛のない会話でその場の空気はロウソクの火とともに明るく包まれていた。この時はあんなことが起こるだなんて微塵も思っていなかった。そんな予兆は一切なくその時はいきなり来た。
「ミリアさんそろそろ着きますよ」
僕はそういって振り返ると地面に倒れたラウル様に黒いコートを羽織った人が馬乗りになって背中をナイフで一刺ししてすぐにそれを引き抜くと鈍い音とともに立ち上がり一歩後ろへ下がった。なんとも異様な光景が目に飛びこんできた。葉のかすれる音と風の音以外は何もしなかったのに何が起こったのかその時は理解できなかった。
「ラウル様!ラウル様!大丈夫ですか!」
ラウル様の肩に手を置き必死に揺さぶるも返事はない。そういえばミリアさんは大丈夫なのだろうか。辺りを見渡そうと首を動かす、その時ナイフの先端が目と目の間につくすれすれのところ突きつけられた。
「動かないで」
見上げるとミリアさんだった。僕を見る目は月のように冷めたく突き放していた。風になびかれた髪はすべてを呑みこむ漆黒の闇を思わせ僕自身の心も持って行かれそうだ。はためく黒いコートはまるで悪魔の翼のようで、その隙間からのぞく髪は赤く燃えているように見えた。小さくか弱いロウソクの火なんてかき消されてしまう程に。しゃがんだ足元には血の絨毯が広がりつつあり僕の足元も赤く染めて行った。このままじゃラウル様が……コートの人はラウル様に近づき手首を抑えた。
「脈なし。マルセア・ラウルの死を確認。ってユリアナ、そいつ誰?」
「ああ、ちょっとミスちゃった。大丈夫、ちゃんと始末はするから」
「始末ってどういうことですか?ラウル様が何をしたって言うんですか?それにユリアナって……」
「ああ、ミリアは偽名なの。何をしたかって、私に答える義務はないわ」
彼女がしゃべり終えるよりも数秒早く僕は突きつけられていたナイフで腹を刺されその場に倒れこんだ。
「ラウルさ……ま…………」
手を伸ばすとラウル様の体は冷たかった。それからの記憶はない。気づいたらこの隠れ家にいた。約束の時間に指定した場所に現れなかったから仲間が探してくれたとのことだ。僕の傷は幸い浅かったため助かった。ラウル様は孤児だった僕を助けてくれたんだ。なんで殺されなきゃなんなかったんだ?僕たちは何をしたっていうのか?まさか……気まぐれ?それなら恐ろしい奴らだ。ああ、恐ろしい。こうして書いているだけでも恐ろしくなる。だからこれくらいにしておこう。