一章「帰還」
一話
気がつくとクラフトは鬱蒼と茂る森の中にいた。そこは始まりの森と呼ばれる場所で、クラフトの故郷に程近い場所だった。
今まで魔王の城にいたはずだと首をかしげるクラフトの耳に、懐かしい声が届いた。
リーベの声だ。
愛しい彼女の暖かな声に、膨れ上がる嬉しさ。クラフトが緩む口元を抑え、一つ咳払いをすと、いたって真面目な顔して茂みの外へ出て行った。
「ただいま、リーベ」
突然目の前にクラフトにリーベは、瞳いっぱい涙をためて、手を挙げると。
クラフトの頬を叩いた。
“パイチン!!!“
乾いた音があたりに響き渡るクラフトは何が起こったかわからない。彼女を受け止めようと広げていた手が虚しく宙を切る。瞳を丸くするクラフトに、リーベは青く澄んだ目を釣り上げて言った。
「どこに行ってたのよ!! すごく、すごく、すごーく心配したのよ!?」
「り、リーベ??」
あまりのの気迫に押され、あとず去るクラフトを逃さないと言えように、リーベは彼を抱きしめた。
「魔王の手下である魔物が徘徊する森に1人で入るなんて、、どうしてそんな事……」
「何を言っているんだ?魔王は……」
俺が倒した、クラフトはそう言おうとしたが言葉を紡ぐ事ができない。
[あなたが魔王倒したと言う事実は誰の記憶にも残らない]
クラフトはようやく、力の代償をおもいだした。
(安心もさせてられないのか……いや、魔王は倒したんだ。平和になれば、気づくだろ)
「もう、恐れるものは何も無いんだリーベ」
しがみつくリーベの頭を優しく撫でながら、クラフト言った。そんなクラフトを顔を上げたリーベはキッット睨みつける。
「何を言っているの? 勇者の真似事何てもう辞めて!! 貴方はここの森に出る、ラビッタさえ倒せないんだから!!」
「ごめん……」
『ラビッタ』
この森に生息する長い耳をした魔物だ。魔物と言っても食用になり、ラビッタを使ったパイは、クラフトの街の郷土料理になっている。
確かに、旅に出る前のクラフトには無理だったかもしれない。しかし、魔王を倒した最強の力を持つ今のクラフトは群れでかかってこようが簡単に倒せる相手だ。二歩の足で跳ね回るラビッタの強烈なキックすら、かすめもしないだろう。
クラフトがそんな事を考えていると、遠くからリーベを呼ぶ声がした。
「こっちです!! 村の猟師さん達に捜索の手伝いをしてもらったのよ。クラフトもお礼を言ってね」
リーベがそう言っている内に、草むらがガサガサと動いた。始まりの森に生い茂る草はどれも背丈が高く並の人間なら覆い隠すほどだ。
直前まで声が聞こえていたこともあり、猟師だと疑わないリーベは駆け寄っていく。
(違う! この気配は!!!)
「リーベ離れろ!!!」
クラフトがリーベの手を引き背中に隠した時、目の前にラビッタが現れた。
腕に怪我を負っているラビッタは気が立っているようで鋭い牙をクラフトに向けている。
「大丈夫だ、リーベこんなの相手にならない」
肩に捕まり震えるリーベをあやす様に言ったクラフトは、左腰に差している剣に手をかけた。否かけようとした。しかし、クラフトの右手は空を切るそこに剣は無かったのだ。
「グァァァァッッ」
そうする間に鋭い爪の生えたラビッタの右足が眼前に迫る。クラフトはリーベの頭を抱え地面に転がる事で何とか攻撃をかわした。
クラフト達を飛び越えたラビッタはすぐさま体制を立て直し次の攻撃にかかろうとしている。
「俺が相手だ!!」
クラフトは目の前に転がる木の枝を拾うとラビッタに投げつけた。
目標をクラフトに絞り襲いかかろうとするラビッタを見てリーベが悲痛な声を上げる。
「ッックラフト!!」
その時
〝バッァン!!!!〟鼓膜を揺さぶる破裂音と共に焦げ臭い薬莢の匂いがする。
猟師の銃がラビッタの心臓を撃ち抜いたのだ。
「大丈夫か!?」
草むらがの中から現れたのは村一番腕を持つとされる猟師しマハトで、動かなくなったラビッタを確認すると蹲るリーベに手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます……ッックラフトは!?」
マハトの手から離れたリーベは慌てて辺りを見回した。クラフトはマハトが倒したラビッタをじっと見つめていた。
「クラフト?」
その姿を見て急に不安になったリーベはクラフトの握りしめられた拳にそっと手を添えた。
「……せたのに」
「え?」
「俺がたおせたのに!! 余計な事をッッ!!」