EP.1-1 目覚め
いつから、という明確な意識はなく、気がついたらその少年は四肢を草原に投げ出して寝転がり、流れる風に身を任せてうとうと微睡んでいた。
「なぁ、アンタ大丈夫か?」
声をかけられ微睡む事を中断し目を開けると、分厚い大剣を背負った、炎の様に赤い髪と瞳の少年が顔を覗き込んでいる。
見たところ16~17歳の少年は、紅色を基調とした、なめし革の旅装束に身を包んでおり、腰のベルトには荷物の詰められたポーチがいくつか吊るされている。
何処か遠くへ向かうか、もしくは帰途についている事がうかがえる。
「ここは…?」
身体を起こし辺りを見回すと、周辺には草花が生えており、少し離れた所にはあぜ道が続いている
「おーい、無視しないでくれるか? アンタの名前は?」
赤髪の少年とそう年齢は変わらないであろう少年は、名前を聞かれ未だに頭の片隅に残る眠気を振り払って答える。
「うん? 名前……? 名前は……セト」
「ふーん、“セト”か、オレは“グレン”よろしく」
赤髪の少年、グレンの手を借り立ち上がると、セトは大きく伸びをして彼と向き合う。
瞳は夜空の様に暗く澄んだ黒色をしており、同じく黒い髪は後ろ髪だけを伸ばし、うなじの上の辺りで纏められていた。
セトの格好は紫色のフード付きローブ以外は、くたびれたシャツに黒い長ズボン、爪先の尖った革のブーツと、とても旅に向いている服装とは言えない。
「オレはカペーネからアグネロッサに帰る途中なんだけど、アンタどうしてこんなとこに寝転がってるんだ?」
「カペーネ? アグネロッサ??」
「おいおいカペーネはともかく、首都のアグネロッサを知らないって事はないだろう?」
そう訊ねるが、セトはわからないといった様に、首を振る。
「冗談だろ…? じゃあどこに住んでるんだ?家族は?」
「それも……わからない」
絶句。グレンはたっぷり数秒間硬直したあと、何とか吐き出した様に呟いた。
「記憶がない、って事か…」
当の本人は危機感の欠片も見せず、ぼんやりしている、ここで見棄てて行くのも後味が悪い。
「正直この辺は治安が良い方だけど、危険が無いって訳じゃ無いんだ、オレなら少しだけ面倒みれるけど…一緒に来ないか?」
再び手を差しだしセトの反応をじっとまつ。
「…うん、よろしくグレン」
グレンの手をとり握手を交わす、再び伸びをして大きく深呼吸すると、草の海を抜け出し、あぜ道をゆっくりと歩く。
「今から向かうのはアグネロッサっていってこの国、アグネロの首都なんだよ、オレは数年前からそこに住んでて『ハンター』をやってんだよ」
「ハンター?」
「本当になんにも覚えてないのな、ハンターっていうのは色んな奴から依頼を受けて仕事をこなす、いってみれば便利屋さ、オレはカペーネで一仕事終えてこれから帰る途中…おっと」
あぜ道が途切れ、先には森が続いていた
「ここから先はオレから離れないでくれ」
「もしかして危険?」
「少しな、まぁ気を付けてれば大丈夫だ」
そう言ってグレンは背負った大剣の存在を確めるように大剣の柄を握りゆっくりと放す。
「よし、行こうぜ」
ーーー
静かな森のなかに二人の足音だけが吸い込まれてゆく、木々の間からはわずかに日が射し込んでおり、思わず森林浴にでも来たのではと錯覚してしまいそうになる。
「なぁグレン」
「ん?」
「アグネロッサにはあとどのくらい?」
「ここを抜ければアグネロッサは目の前、森の出口もすぐだから心配すんな、いくら危険でもここは首都に近いから大した危険は無いって!」
今の言葉に嘘偽りは無かった、しかし油断していたのも事実。ヒュッ、風を切る音がするとグレンの大腿に矢が突き刺さった。
「ぐぁっ!」
「グレンっ!」
グレンは片膝をつき背中の大剣に手をかける。
「伏せてろ! セト!」
片膝をついたまま大剣を抜き凪ぎ払う、藪から飛び出て来た醜悪な小鬼を斬り飛ばす。
「クソッ! やられた!」
悪態を吐き、新たに現れた小鬼を数体まとめて斬り飛ばす。
「グレン! 上だっ!」
木の陰からセトが叫ぶ、上を見上げると木々の枝の上に今まさに弓矢を放たんとしている小鬼が見える。
とっさに厚い大剣を盾にして矢を防ぐ、しかし先程射抜かれた足の感覚が徐々に無くなってくる。
「麻痺かっ!」
何とか周囲の小鬼はあと2~3体にまで減らしたが、麻痺はすでに両足の自由がきかない程になっていた。
木の上の小鬼の一匹がグレンに向けて弓を引き絞る。
「チッ!」
再び大剣を盾にしようと振りかざすが体勢を崩し、うつ伏せに倒れ込んでしまう。
(こんなところで…)
「グレン─────ッ!!」
木の上の小鬼達が一斉にグレンに矢の雨を降らせようとしたまさにその時。
伸ばしたセトの掌からいくつものカマイタチが飛び出し、次々と木の上の小鬼を切りつけ、その命を刈り取ってゆく。
カマイタチが一段落すると、後に残されたのは茫然とした二人の少年だけだった。
「セト……お前…」
フラフラと上体を起こしグレンがセトに語りかける。
「魔導師なのか……?」
グレンの問いに対して、セトは、「魔導師…?」とまるで自分が一番驚いているように質問で返した。
「……ま、まぁアグネロッサに着いてからその辺はゆっくり考えようぜ」
グレン自身、戦闘の疲れと麻痺で考えがついていかない、ひとまず目的地のアグネロッサに向かい、落ち着いてから考えることに決めた。
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