臆病者にイジワルを
私には、小学校の頃から大好きな人がいる。
気が弱くて、オドオドしていて可愛い幼なじみの男の子。
好きすぎて、いつも側にいた。
今も、一緒に帰るつもりで、その男の子を待ってる。
「ナギちゃん、今日は一緒に帰れないかも」
「はぁ、カズキ。呼び捨てにしてって言ってるよね」
下の名前で呼ばせるのに、3年もかかった。
なんとか高校生の内に、ちゃん付けを止めさせるのが、今の目標だったりする。
「なんで帰れないの?」
「あの、本屋さんに行きたいから」
またかと、うんざりする。
どうせ、エッチな漫画を買う気だ。
私との予定を断るのは、いつだって本屋だし、買っている本も知ってる。
メイドさんにメガネ、それがカズキのお気に入り。
前に、家に遊びに行った時に、ちゃんとチェックしてる。
だから、さりげなく時期を見て、私は伊達メガネをかけるようになったんだから。
「ふーん。私より、本がいいんだ」
カズキの趣味に文句を言う訳じゃないけど、私は面白くない。
だから、イジワルしてやる。
「そうじゃなくて、待たせたら悪いから」
いつも、この言い訳。
他のを考えておけばいいのに。
「はいはい。淋しく、一人で帰りますよーだ」
だってと、困った顔をするカズキに、声には出さずにバカと伝えてから学校を出た。
カズキから見えなくなるまで、怒ってるフリをして歩く。
角を曲がれば、嬉しくて笑っちゃう。
だって、エッチな本を買うのは、彼女がいない証拠だから。
私にも、まだチャンスがあるって思える。
前向きに考えるのは私の長所だけど、二回も振られて、懲りないなとも思う。
振られた理由もハッキリしなくて、イライラする時もあるけど。
「ナギちゃんのことは、キライじゃないよ。今のままが、いいと思うよ」
いっそのこと、キライって言われた方が楽だったかもしれない。
諦めの悪い私は、いつまでもカズキの側いてしまう。
押し倒そうかなと、いつもの妄想で頭をいっぱいにして、淋しく一人の帰り道を歩いた。
想いを募らせ、曖昧な距離を保ったまま二年が過ぎた。
私の気持ちは、少しだって変わってない。
ううん、もっと好きになってる。
だから、カズキを思えば、離れるのがいいのかなと、ずっと考えていた。
そして、寝ないで悩んで、私は決めた。
本当に好きな人には、やっぱり幸せでいて欲しい。
私が側にいれば、彼女だって出来ないし、誰かがカズキを好きになっても、勘違いしてしまう。
決めた筈なのに、イヤだと抵抗する気持ちを押し殺して、カズキに話があると電話をかけた。
「今から、出てこれる?」
「え、今から?」
「そ、きっと、いいお話だよ」
近くの公園で待ってるからと、一方的に言って電話を切った。
これが、最後の電話かもと、名残惜しい気持ちが込み上げる。
私って健気だねと、必死に誤魔化して、化粧をするのに鏡に手を伸ばす。
鏡に写る私が、嘘をつくなよと、悲しそうな顔をしていた。
騙されてよ、私。
ほんとは、一緒にいたいよ。
でもね、いつか重荷になって、キライって言われるんだよ。
耐えられないよ、絶対。
はぁ、なんで化粧してるんだろ。
もういいのに。
メガネも、いらないね。
さ、嫌われる前に、お別れに行こうね。
そっと、鏡を伏せて、未練たらしくメガネをポケットに入れて家を出た。
待ち合わせた公園に行くと、カズキが先に来ていて待っていた。
「どうしたの、こんな時間に。あれ、メガネは?」
「メガネは伊達。カズキの好みに合わせてただけ」
「それは知ってるけど、お話ってなに?」
は、こいつ今、なんて言ったの。
知ってて、今までなにも言わなかったってことになるよね。
どんな思いで、私が……。
「あれ、メガネの話だったのかな」
そっか、私は一人で、空回りして遊んでたんだね。
ごめんね、もう終わりだから。
ぜーんぶ、言っちゃうかな。
「カズキ、大好き。だからね、バイバイ。あはは、不思議だね。大好きなのに、サヨナラって」
「もしかして、メガネのことで、怒ってるのかな?」
まだ、解ってないみたい。
なんで、こいつのことが、こんなに好きか解らないな。
「私って、邪魔でしょ。もう、カズキの側には近付かないから。よかったね」
ほら、笑顔で言ってる内に、解ってよ。
じゃないと、泣いちゃうよ。
「イヤだよ、なんで急に……」
カズキの頬に、涙が筋を引いた。
なんで、カズキが泣くのさ。
私が泣けなくちゃうから、止めてよ。
「ごめん、ナギちゃんに、嫌われるのが怖かったんだ」
言ってる意味が解らない。
先に泣かれるし、私の言ってることは通じないしで、だんだんムカついてきた。
「ほんとは、ナギちゃんと、付き合いたかった。でも、いつか別れるって思ったら、今のまま、ずっと一緒がいいかなって」
あーあ、最悪。
待って、これはチャンスかも。
「じゃあさ。お別れと、付き合うの、どっちがいい?」
声が震えないように、頑張ってみた。
「う、うん。お別れしないって、約束してくれる?」
そっか、私と離れるのが、そんなにイヤなんだ。
さて、どうしてやろうかな。
「私のことが、どれくらい好きか言ってみてよ」
恥ずかしそうに、あたふたしてる。
言わなきゃダメと、目で訴えてくるけど、許すワケないよね。
「えっと、ナギちゃんが、メガネをしてる時は、メチャクチャ安心してた。だってさ、自分のタメって思ってたから」
バレてたのは悔しいけど、すっごく嬉しい。
まだ、許さないけど。
「本屋さんに行ってたのは、ヤキモチとか、焼いて欲しかったんだ。恥ずかしかったけど、我慢してエッチな本とか買ってた。怒った顔も、ス、スキだから」
やったやった、スキって言った。
これを聞くのに、何年かかったんだろ。
そろそろ、許してあげようかな。
どうしようかな、でも気持ちには応えなきゃね。
ポケットからメガネを出して、ゆっくりとかける。
ほら、カズキの大好きな私だよ。
あとは、これをしてくれたら、全部、許してあげる。
「んっ」
目を閉じて、口を少しだけ上に。
解るよね、早く。
待ってもこないから、薄目を開けてみると、キョロキョロしてる。
カズキ、頑張って。
スッと、ほんの少しだけ唇に感触が。
え、もう終わりなの。
「なにそれ、もう一回」
「だ、だって、恥ずかしいよ。それに、舌を入れる気だよね?」
そこまではしないけど、ううん、今の私はするね。
さすがカズキ、よく解ってる。
「当たり前でしょ。何年、待たせたと思ってんの?」
「や、やる。だから、泣かないで」
あれ、私って、泣いてたんだ。
「ナギ、ごめんね」
二回目のキスは、とっても優しくて、さっきより長いから、これで許してあげる。
あと、初めて名前だけで、呼んでくれたね。
嬉しいから、舌を入れるのは、次の楽しみに取っておくね。
「はい、もう一回……」
深くいけるように、メガネをずらすのも忘れなかった。
企画「世界、満たされた時にキスを」参加させてもらいました。