9 立体機動スキル
「ムッ、これは予想外にゴブリンの数が増えているな」
ゴブリンの野営地目指して森の中を進んでいた俺たち。
ようやく野営地が見える場面に辿り着き、今は野営地から見つからない木陰から様子をうかがっている。
だが、隊長が気難しそうに眉をひそめた。
「10、15、18……少なくとも20はいますぞ」
おっさんの表情も苦いものになる。
俺も、野営地の様子をうかがう。
野営地の周囲は、木の柵で覆われている。ただし敵の侵入を防ぐにしてはあまりにもお粗末な柵で、ちょっと蹴りつけただけでも壊れてしまいそうな貧相な有様だ。
野営地の門になる場所には槍を構えたゴブリンが2体。
ただのゴブリンでなく、AR表示では、『ゴブリンソルジャー、モンスター』となっていた。
そして野営地の中には、ボロイ布が張られた天幕があり、その内部をうかがうことはできない。
天幕の前にある広場には、ゴブリンたちがキーキー、ギャーギャーと耳障りな声を上げ、馬鹿笑いを時折上げている。
(いやー、リアルな上に無駄に凝ってるなー)
ゴブリンたちには、妙に生活感があり、俺はついつい感心してしまった。
そしてゴブリンどもは、錆びた鉄の剣や槍、斧、弓を持っている奴がいれば、一方で杖を持った明らかに魔法使いですっていうゴブリンもいる。
AR表示で確認していくと、ゴブリン、ゴブリンソルジャー、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジと名前が出てくる。
全員体長は1メートルを少し超えたぐらいで、人間の子供サイズの大きさだ。
あと、赤いボロマントをつけたゴブリンリーダーというのがいるが、こいつは隊長が150センチあり、武器の剣は錆びていなかった。
この野営地のポスなのだろう。
(これ、チュートリアルにしては敵の数が多くないか?)
俺はそう思ったと、隊長とおっさんもな多様な考えだったらしい、
「明らかに数が多い。3人だけで戦うのはまずい、ここは一旦戻って部下たちを連れてきた方がいいな」
「ですな」
どうも、退却の方向で話が進んでいるようだ。
でもさ、こういうのってお約束があるよね。
昔やっていたアーク・アース・オンラインの時の勘か、はたまた獲得した気配察知スキルの効果なのか、敵がすぐ近くにいるのが分かっちゃう。
――ヒュンッ
風切り音が聞こえてきたので、俺は片手剣を振るって、背後から飛んできた弓矢を弾いた。
『≪特定の条件を満たしたことにより、危機察知、見切り、切り払い(パリィ) の各種スキルを獲得しました≫
はい、いつも通りスキルゲット。
「しまった、敵に見つかったか!」
慌てる隊長。
俺に向かって放たれた弓矢は、背後の木の上にいたゴブリンアーチャーの物だった。
「それでこのまま戦う、逃げる?」
おっさんは無言でハンマーを構えて戦闘態勢をとり、俺も片手剣を構えて戦闘態勢だ。
「ギギーッ!」
そんな中、木の上にいたゴブリンアーチャーが耳障りな叫び声を上げる。
その声に呼ばれたらしく、俺たちの周囲にボロボロの武器を持ったゴブリンどもが次々に姿を現した。
数は8体ほどなので、それほど多くはない。
ただ、野営地にいたゴブリンたちまで騒がしくなっている。
野営地のゴブリンまで合流されれば、余裕ぶってはいられなくなる。
「クッ、何という失態だ。このまま敵の一角を突き崩して逃げるぞ。殿はマッチが……」
指示を出す隊長に、ゴブリンの一体が襲い懸ってきた。だが、隊長は剣の一閃でゴブリンを難なく倒す。
「隊長、強い」
「冗談を言っている場合か、急いで敵を突破して逃げるぞ!」
俺の軽口は、隊長に軽く一蹴されてしまった。
とりあえず俺たちは、3人でそれぞれゴブリンを1体ずつ倒す。
隊長が撤退の為に駆けだしたので、俺はその後をついていく。最後尾はハンマーを持つおっさん。
――ヒュンッ
そこで再び木の上にいるゴブリンが弓矢を放つ。
「グッ」
矢がおっさんの左肩に命中した。
「大丈夫か、おっさん」
「ガハハハハ、この程度の矢では、ワシの筋肉の鎧を突破することなぞできぬぞ!」
おかしいなー?
おっさんのきている鉄の鎧を矢が貫いてるのに、筋肉の方が頑丈とかおかしいでしょ!?
いや、ゲームだから鉄より肉体の方が頑丈という図式も無きにしも非ずか……?
まあ、おっさんが無事そうなので何よりだ。
「クッ、前方にもゴブリンアーチャーがいるぞ!」
隊長が、前方の木の上から放たれたゴブリンアーチャーの弓矢を剣で切り捨てる。これは、背後からおっさんに矢を命中させたのとは、別の奴だ。
「見事に挟まれてない?」
「……」
俺の言葉に隊長が沈黙。
俺はヤレヤレと肩をすくめる。
チャートリアルなのに、なんだか敵がワラワラと出てきて大変なことになってしまった。
このままの状況だと、敵が集まってきて、ますます不利な追い詰められていく事になるのかな?
それともいきなり強力な|お助けキャラ(味方)が現れて、そいつが俺たちを助けてくれる展開とか?
……仮にお助けキャラが現れたとして、そいつが男だったら嫌だなー。
そして危ないところを助けられた隊長が、その男に惚れてしまってラブラブ展開へ……
(あっ、その展開いいな)
お助けキャラが出てくる前に、俺が格好良く全て終わらせてしまえばいいだけじゃん。
そうすれば隊長が俺に惚れて、ラブラブ展開の成立だ。
「うへへー」
「スレイ。貴様、この状況に恐怖して、頭がおかしくなったか!」
「頭がおかしいのは最初からでしたが」
いかんいかん、バラ色の未来を想像していたら、ついつい声が出ていたよ。
隊長とおっさんが失礼なことを言ってきたので、俺はキリリと表情を引き締めた。
「安心しろ。隊長の為なら俺は命だってかけられる」
フッ。
口の端を笑わせ、俺は格好をつける。
(やっぱりこいつ、馬鹿だな)
(どうしようもないですな)
なぜか、俺の心の中に隊長とおっさんの声が聞こえてきちゃったんだけど。
な、なにこの声!
俺は頭の痛い人間じゃないぞ!
とりあえず、ここは俺が昔アーク・アース・オンラインで磨いた接近色としての技を見せつけてやる格好の機会だ。
なに、所詮はただのチュートリアルイベント。
雑魚がいくら束になって懸ってきたところで、俺の敵じゃない。
俺は逃げることから、思考を切り替える。
まずはちょっとした実験。
立体機動なんて名前のスキルがあったので、試しにスキルのことを意識しながら、走りながら空中を一歩蹴ってみる。
すると目には見えない足場が空中に一瞬だけ出来た。
それを踏んで、さらに続けて2歩、3歩と、空中で足場が連続して作られていった。
ただ3回までで、それ以上は連続で足場が出てこないのを確認。
これで実験は終了だ。
では、まずは行く手の木の上にいる、邪魔なゴブリンアーチャーの始末だ。
俺は見えない足場を踏み台にして、空中へ飛び上がる。
空中で、2歩、3歩と飛び上がりながら駆けていき、そのまま木の上にいるゴブリンアーチャーと同じ高さにまで到達。
地面から目の前に迫ってきた俺にゴブリンアーチャーが驚いた顔をしているが、それを片手剣の一閃で俺は倒す。
『攻撃をするときは相手の弱い場所を狙うこと』
昔プレーしていたアース・アーク・オンラインでは、俺には近接戦闘の師匠がいた。その言葉を頭の中で思い出しながら、ゴブリンアーチャーの首を切り落とす。
ゴブリンアーチャーの体がグラリと揺れ、地面へ落ちていく。
死体が地面へ落ちていくより先に、俺はゴブリンアーチャーのいたきの枝に一度乗る。
立体機動スキルでできる足場は連続で3回までだが、枝の上に乗れば、これで使用回数がリセットされる。
そして今度は進んでいた方向を180度変え、後方へと向けて飛ぶ。
たった3歩しか続かないとはいえ、空中で足場を作ることが出来る立体機動は非常に便利だ。
俺はそのままおっさんに後方から矢を射た、もう一匹のゴブリンアーチャーへ向けて駆けた。
空中を駆ける俺に向けて、ゴブリンアーチャーが驚いた顔をしながらも、弓矢を放ってくる。
しかし、俺の目にはその弓矢が、スローモーションで飛んでいるように見える。
これは獲得した神速スキルのおかげか、はたまた昔のオンラインゲームでの感覚ゆえか。
……多分、理由は後者だろう。
何しろ昔の俺――アーク・アース・オンラインをプレーしていた時の俺――は、師匠に散々扱かれた。
あの人、なぜかアーク・アース・オンラインと全く関係ないSF系のVRMMOFPSに、俺を拉致るようにして無理やり連れて行き、そこで、
「秒速30万キロメートルのレーザーを避けれる様になろうね」
と、レーザー銃を片手に、輝く笑顔で宣ってきた。
当時のVRは人間の五感の再現度がかなり低かったが、俺はレーザーを回避できるようになるまで、何千回、何万回も師匠の撃つレーザー銃によって蜂の巣にされまくった。
痛さをあまり感じないとはいえ、肩や足をレーザー銃が貫通し、額を撃ち抜かれるはで、ズタボロにされまくった。
(……師匠は鬼だ!ドSだ!鬼畜野郎だ!)
あの人には言いたいことがありまくる。
……でも、そのおかげでゲーム内でレーザーを回避するという、人間離れした勘と反射神経を持つようになった。
……なってしまった。
あの世界を知ってしまえば、VRMMORPGの剣や弓矢の速度など、止まっているのと同義でしかない。
俺めがけて飛んでくる弓矢を払うのに、片手剣を使うのも面倒だったので、飛んできた矢の棒の部分を裏拳ではたいて無力化した。そのまま矢はあらぬ方向へと飛んでいく。
そして俺はそのまま、木の上にいるゴブリンアーチャーに突撃して、首を繰り落とした。
2体のゴブリンアーチャーを始末したのに、4、5秒とかかってないだろう。
木の上を飛んで移動する俺に、地上にいるゴブリンたちは唖然とした顔をしていて、とても間抜けに見える。
だが、俺はここで隊長を惚れさせると決めたのだ。
だから、ゴブリンどもはここで皆殺しだ。
木の上から飛び降る。
ちょうど着地する場所に間抜け面をさらしたままのゴブリンがいたので、その頭に着地する。
着地と言っても、全体重のかかった一撃で、俺の足にゴブリンの頭を踏み潰す、嫌な感触が伝わってきた。
(グロはやめてほしいなー)
しかし、無駄に俺の体がでかいだけあって、体重が乗った一撃は威力があっていい。
こうして、まずゴブリン一体は、頭を砕かれて戦闘不能。
いまだに他のゴブリンたちは身動きも取れずに惚けているので、その間に俺は森の木々の間へ向けて走り、この場から姿を隠した。
残っているゴブリンは、あと3体。
俺が姿を隠した後になって、ようやくそいつらは俺が足で頭を踏み潰したゴブリンへと視線を向けた。
だが、その時には奴らは俺の姿を見失ってうろたえているだけ。
――反応が鈍いにしてもほどがある。
俺は姿を隠したままゴブリンの一体の背後に回り込み、後ろから首を刎ねる。
そこで残った二体のゴブリンが俺の姿を見つけ、武器を振るいながら走ってきた。
だが、向かってくる二体を、横薙ぎに一閃させた剣で、同時に腹を横に引き裂いてやる。
腹を引き裂かれたゴブリンたちは、そのまま前のめりに倒れて動かなくなった。
俺の圧勝だ。
ただし最後に倒した2体のゴブリンは、腹から血を噴き出し、体の中に詰まっている腸まで出てきていた。
(……だからグロイ光景はやめてくれ。 耐性ないんだってば!)
とはいえ、これで俺たちを包囲していた8体のゴブリン。そして2体のゴブリンアーチャーは全滅だ。
だけど、そんな俺の脳内では、
『ブーブー、下手ソク。最後の一撃はダメでしょ!』
と、師匠の言葉が響いていた。
最後の一撃はゴブリンの腹を切ったが、師匠ならきちんと弱点部位を潰すようにと言ってきただろう。
腹はリアルの人間相手だと弱点の一つだが、師匠の言う弱点部位とは首や関節、そして目などの部分を指している。
人間においても、生物においても、決して鍛えることが出来ない脆弱で弱い部分。
ゲーム上でも、多くのモンスターたちが、この部位を弱点としている。
まあ、今じゃ師匠がどこで何をしているか知らないので、俺は頭の中にでてきた師匠に、さっさと消えてもらうことにした。