7 森での戦闘
西暦2116年。
現在では量子テクノロジーの進歩が著しく、PCやサーバーの処理は全て量子レベルの世界で行われている。そのために、量子PCや量子サーバーなんて呼ばれることもあった。
そんな量子PCの演算能力と記録容量は、旧時代のPCとは比べ物にならない。
その超スペックをいかして、人工知能(AI)は1人かなり近い考え方や感情を表現できるまでになっていた。
そんな技術力の向上は、もちろんゲームに登場するNPCのAIにまで応用されている。
NPCたちは、さすがに人間と同レベルとはいかないが、それでも違和感を感じさせない程度に、感情や考え方が豊かだ。
むろん、これにはゲームサーバーの処理能力だけでなく、AIのアルゴリズムが旧時代とは比べ物にならないほど進化していることも挙げられる。
ただあまりにもAIが賢すぎるせいで、今では「人間よりもAIの方が優秀なんじゃねぇ?」なんて出来事もしばしばだ。
事実PCのプログラムの構築などでは、人間が簡単な指示を出せば、あとはAIの側が勝手にプログラムを完成させてくれるという状況だ。
それと政治の現場では、AI側が政治に必要な政策の立案を行い、政治家は政策を採用するかどうかの判断をする程度の存在となってしまっている。
昔だと、政治家の後ろにいる支持団体の思惑が入って、表面上まともなのに、中身が一部の利益団体に恩恵がある様な物があったが、そういう不正のある政策が、AIの公平な判断能力のおかげで、極端に減っていた。
「あと10年もすれば、政治家っていらない職業になってるんじゃね?」
しかし、ここまでAIが高度になってしまったせいで、人間に対してAIが反逆を起こし、人間対ロボット(AI)の戦争が過去は起きてしまった……なんて出来事は特にない。
ただ、残念ながら現在でも人間同士の戦争は行われており、その現場でロボット(AI)が、戦争の道具として利用されてはいるが……。
そんな暗いことはともかく。
AIが無駄に賢くなりまくったため、今ではゲーム内のNPCもかなり高度な判断力と感情を兼ね備えている。
現に、ラグーンにでてくるNPCの隊長やおっさんは、俺の言葉に対して、かなり的確にやり取りを返してくれるのだから、これも科学の力と言うわけだ。
……おっさんみたいに人の言うこと聞かないで、自分勝手なことばっかり言ってるような人間って、ゲームのNPCだけでなく、リアルでもたまにいるしね。
◇ ◇ ◇
さて、天幕の中でのやり取りがあった後、俺はおっさんと隊長を加えた3人で、無事にPTを組むことが出来た。
おっさんはいらないが、巨乳隊長のPT入りで、俺はテンションアップだ。
ただ隊長の攻撃で倒れた状態から立ち直るため、俺はベルトにはめたHP回復ポーションを早速1本使う羽目になった。
でも、巨乳隊長からのご褒美だったので、決して無駄だったとは思わない。
それどころか、
「ああ、ラグーンってなんて素敵なゲームだ」
オンラインゲームの闇は深い。
男には、誰しも他人から理解されない闇を心に抱えているもの。俺は隊長とのやり取りで、心の中を喜びで満たしていた。
そんなことがありつつ、近くの森へ入った。
森の中にゴブリンの野営地があり、そこにいるゴブリンを全滅させるのが今回の目的だ。
ただ森の中にはゴブリン以外のモンスターもいるそうで、道中は敵を避けるなり、戦うなりして進んでいく必要がある。
森の中で出てきたのは、先ほど散々戦わされたラビットとホーンラビット。
ここではブンブンは出てこないようだ。
たまにガサガサと森の茂みから音をたてて現れるが、俺はそれを簡単に片手剣で刺殺。
見た目がただの兎なので、もしこの場に動物愛護精神にあふれた団体の方がいれば、激怒されそうな光景だ。
愛らしい姿をした動物相手だが、俺は動物好きではないので、気にしてない。
「ああ、うさ子が……」
「隊長、相手はモンスターなのに、そんな目で見ないでくれよ」
なぜかラビットを倒した俺に、悲しげな目を向けてくる巨乳隊長。
うっ、なんだか俺の中の良心がとっても痛む。ラビットなんてどうでもいいが、巨乳隊長の悲しそうな瞳は、俺のハートにダイレクトダメージが入ってしまう。
「隊長、もしかして可愛いもの好きなんですか?」
「バ、馬鹿なことを言うな!私は軍人だぞ。そんな私が可愛いもの好きで、実家の部屋にファンシーグッツを飾っていたりするわけがないだろう!」
聞いてもいないことを勝手にしゃべりだして、デレたよ。
「隊長、可愛いよ」
「黙れ!」
――ゲシッ
俺はハイスペックなイケメン顔に笑みを浮かべた。なのに返ってきたのは、なぜがグーパンだよ。
「ヒ、ヒドイ」
「私に馴れ馴れしくするな。貴様の声を聞いていると、なぜか体が拒絶反応を起こすのだ!」
(なんだと、このスーパースペックの俺に嫌悪感を持つだと!?)
ハーレム作るために、わざわざイケメンキャラを作ったのに、どうしてこうなってしまう?
「ガハハハハ、しゃべってないでさっさと先に行きますぞ」
そんな俺たちを置いて、おっさんがハンマーを肩に担いで先を歩いていく。
ちなみにあのハンマーがおっさんの武器だそうだ。
筋肉マッチョの体に、自分の身の丈ほどの大きさがあるハンマー。
あれで背が低ければ、ドワーフになれると俺は思っている。
森の中をさらに進んでいくと、再びモンスターとエンカウント。
「バットだ。空からくるぞ気を付けろ」
「ムムッ、空の敵は厄介ですな」
空から襲い懸ってきたのは、小さなコウモリのモンスター、バット。
しかし、俺は近くにあった木に勢いをつけてキック。そのまま反動をつけて三角跳びをし、バットの胴体と翼の間に片手剣を叩きこんだ。
翼と胴体が離れてしまい、バットは地面にポトリと落ちる。
地面に落ちたバットはキーキー声を上げるが、既に飛ぶための翼を失って、身動きできないようだ。
(リアルだと三角跳びなんてできないが、ゲーマーをなめるなよ!)
「隊長、これも倒しちゃダメですか?」
「馬鹿者、モンスター相手に倒してはダメだと?そんな馬鹿な言葉を、私は生まれて初めて聞いたぞ。さっさと倒してしまえ」
(……隊長、さっきのラビットと態度が全然違いますよ)
呆れつつも、俺は地面の上に転がるバットにとどめを刺した。
≪特定の条件を満たしたことにより、立体機動、クリティカル、弱点部位看破の各種スキルを獲得しました≫
そしてシステムボイスが、俺にスキルの獲得を告げてくる。
まだチュートリアルの段階だというのに、このゲームはよく次から次へとスキルをくれるものだ。いちいち効果を確認するのが面倒臭いほど獲得しまくってるので、俺は獲得したスキルの効果を、いまだに一つも確認していない。
そして再び森の中を進んでいく。
途中、俺たちに気付いていないラビットの集団がいたが、これは隊長からの強い要望によって、スルーして戦闘を避ける。
≪特定の条件を満たしたことにより、隠密のスキルを獲得しました≫
はいはい、スキルゲット、スキルゲット。
こうもボロボロスキルをゲットできると、ありがたみも何もないね。
そしてスルーしたラビットの次に見つけたのは、ホーンラビット。
こいつらも俺たちの存在に、まだ気づいてない。
「モフモフ。でもあいつらって角が大きすぎて可愛くないんだよな」
「倒しちゃっていいですか?」
「行って来い、スレイ」
隊長からOKをもらえたので、俺は物陰に隠れて移動。ホーンラビットに気付かれないまま背後に回り込み、片手剣の一撃でホーンラビットを始末した。
≪特定の条件を満たしたことにより、奇襲のスキルを獲得しました≫
またスキルゲット。
簡単にゲットでき過ぎて、嬉しくも何ともないね。
そんな具合で俺は特に危険を感じることなく、森の奥へと進んでいくことが出来た。
でもさ、
「隊長はともかく、おっさんはなんで戦わないんだよ。さっきから俺一人で戦ってるんだけど?」
隊長は巨乳だから戦う必要なんてないよ。
俺の強さを見せつけて、惚れさせてあげるから、戦う俺の姿をじっくり見ていてくれればいいぜ。
「ワハハハハ、お前さんに戦闘の経験を積ませるため、あえて1人で戦わせているのだ。
決してワシが動く前に、お前さんが敵を全部倒してしまってるからじゃないぞ」
「あ、そう」
(このおっさんマジで使えねー)
呆れる俺だけど、さっきから隊長が俺の方にチラチラと視線を向けてきている。
ククク、最初の出会いこそあんなのだったけど、そろそろ隊長の中で俺への好感度が上がって……
「スレイ、貴様が時折見せる、そのにやけ切った気持ち悪い面は何とかならんのか?」
(なんで好感度下がってるんだー!)
隊長のあまりの衝撃発言に、俺はガクリと地面に膝を付いてしまった。
「た、隊長。俺は隊長のことが好きだ!」
「私はお前の顔を見たくもない!」
(き、きっとただのツンデレだ)
そう思い、なんとか俺は気を取り直してその場から立ち上がる。
「お前さん、戦闘の筋はいいのに、それ以外はダメダメだな」
なぜか、おっさんに同情されてしまった。
どうしてこうなった?