5 兎たちとの戦い
ログアウト不可能のゲームに迷い込んでしまった俺。
果たして俺はデスゲームと化したこのゲームの世界から無事に脱出することが出来るのだろうか……
なんてラノベ的な展開では決してない。
チュートリアルの間だけログアウトできないクソ仕様のせいで、俺は未だにゲームの中から脱出できないでいる。
ちなみに、おっさんのせいでラビット10匹と戦わされた後、
「お前の才能はこの程度でない。これならどうだ!」
なんて興奮して、ラビット22体と、明らかにラビットより各上のモンスターと戦わされる羽目になった。
新しく出てきたモンスターはデフォルメ化された、二足歩行の兎だった。
ただ、頬には傷跡があり、目つきはやたらと鋭く、人相が悪い。
そして手には赤いパンチンググローブをもって、それをグルグルと振り回していた。
AR表示では、『ブンブン、モンスター』と表示されている。
そんなAR表示を見ている俺だが、視線はブンブンに向けていても、体はさっきからせわしなく右へ左へとステップを踏むようにしながら動き回っている。
傍目から見れば、「ダンスでも踊ってるのか」と言いたくなる光景だろう。
だが俺は現在鬼進行形で、22匹もいるラビット共に襲われている最中だ。その攻撃をかわすために動き回っているのだからしかたない。
ちなみに、俺の背後ではおっさんが、
「どうした、貴様には避けるだけしかできないのか。このへっぴり腰の弱虫チキン野郎が!」
などと吠えている。
巨乳隊長さんに叫ばれるのなら大歓迎だが、なにこの拷問!
「ああ、鬱陶しい!おっさんは黙ってろよ!」
ぶっちゃけラビットの大群より、おっさんの声の方が邪魔だ。
ちなみに回避に専念している俺だが、22体のラビットに襲い掛かられていても、いまだにダメージは全く受けていない。
この程度の弱小モンスター相手なら、数でかかってこられても余裕で回避できる。
とはいえ、いつまでも回避を続けてられない。いい加減まともに戦わないと、おっさんの鬱陶しさがパワーアップしてしまいそうだ。
てことで、近くにいたラビットの顔面を裏拳で叩き落とて、まず一匹仕留める。そして俺の無駄に長い足を振るって空中回転蹴りをかまして、別の一匹を地面へと叩き落とす。
踵落としを食らわせて沈めれば、飛びかかってきたラビットの顎を、肘で下から上へと振り上げて、砕いてやる。
相手の数が多いので、片手剣を振り回して戦うより、体術で捌いていった方が無駄がなくて簡単だ。
それにチュートリアルの敵なので、一撃加えただけで倒れていくから非常に楽だ。
これが一撃、二撃で倒せないような敵だったら、もう少し面倒臭いことになっていただろう。
そうやって、瞬く間に十数体のラビットを次々に沈めて行ったが、その時背後から危険を察知した。
スキル気配察知のおかげなのか、はたまたVRという世界に俺が慣れているから感じ取れたのかは不明だ。
俺は直感に従ってその場から急いで体ごと飛びのくと、背後からドリルのように鋭い角をもった兎が飛んできた。
AR表示では、『ホーンラビット、モンスター』となっている。
ただし、ただのラビットと違って、こちらは体が50センチぐらいの大きさ。そしてその体と同じだけの長さの、ドリルのように大きな角が額から延びていた。
「うわっ、あんなのに刺されたら確実に体貫通するよな。ちょっとマジでこれチュートリアルなの?俺死にたくないんだけど」
「ガハハハハ、今の奇襲に気付くとは、素晴らしいぞスレイ!」
「お前が原因か!」
さっきまでホーンラビットなんてモンスターはこの場に居なかったはず。なのに豪快に笑うおっさんを見て、俺は忌々しく叫んだ。
「戦場では何が起こるか分からんからな。だが、お前はその危険に気づけたのだから大したものだぞ」
「偉そうにすんな!」
俺はホーンラビットの一体を片手剣で切り捨てる。もう一匹は再び俺に飛びかかってきたが、それはステップで回避してやり過ごす。
そうしている間も、いまだに10匹いるラビットが休むことなく体当たりして攻撃してくるから、ホーンラビット1体だけに注意を向けてられない。
ラグーンでは、殴られるとリアルに痛みを感じるのは既に経験済みなので、俺はラビットの攻撃であっても、当たりたくない。
ゲームの中とはいえ、痛いと感じるのはマジで勘弁。
なので、一発食らっただけで終わってしまう弾幕ゲーよろしく、俺は敵の攻撃を食らわないように動き続けている。
ちなみに初期状態で装備していた盾だが、あれはとっくに捨てた。
俺がラグーン以外で今まで経験してきたVRでの戦闘スタイルだと、重量のあるものは邪魔にしか感じられないので、盾はいらない。
無駄に重さが加わって、動きづらくなるだけだ。
あと、ブンブンはボスを気取るかのように、ラビット共と戦う俺を睥睨して見ているだけだ。
『俺と戦いたければ、そいつらを全滅させてからにしろ』
なんて、無言で俺に語り掛けているかのようだ。
「生意気で余裕ぶってるのを、絶対に後悔させやるからな!」
俺はブンブンに向かって叫びながら、残ったホーンラビットを切り捨て、さらに飛びかかってくるラビットたちも、体術と片手剣を用いて次々に始末していった。
「あー、疲れた」
ラビット22匹とホーンラビット2匹を始末し終えた俺は、いまだにダメージは0だ。
ステータス画面からHP表示が確認できないので、もしかすると戦闘中に敵の攻撃をかするくらいはしたかもしれないが、とりあえず痛みは感じていない。
そう、俺は戦闘では痛みを感じることはなかった。
今でに痛かったのは、ゲーム開始時に自分で自分をぶん殴った時と、隊長に蹴られた時だけだ。
戦闘とはまるで関係ないところでしか、俺は痛みを感じてなかった。
とはいえ、群がる敵の攻撃を回避しながら戦い続けていたので、息が上がってしまい、気だるく感じてしまう。
「ムムッ、いかんな。戦闘で動き回るとSPを消費してしまう。あまり無茶な戦い方ばかりしてSPが切れてしまうと、いざと言うときにへばって身動きが取れなくなってしまうぞ」
「こんな時だけ、まともに戦闘チュートリアルするなよ!」
おっさんの説明に俺は叫び返す。
ちなみに、ダメージを受けた時に痛みを感じるのと同じ仕組みで、SPを消耗していくと、息が上がり、疲労を感じて体を動かしにくくなってしまうようだ。
本当に、感覚が現実と変わることなく感じられる。
ステータスにSPの表示がなくても、体感でSPの残量を理解できるようになっているというわけだろうか?
だとすれば本当に自分が異世界にいるような気分にさせられるが、これはゲームとしてはやりすぎだろうと思えなくもない。
「SPが切れては戦えない。これを飲めば、SPの回復速度が速くなるぞ!」
そんなことを考えていた俺に、おっさんが青い液体の入ったドリンクを放り投げてくれた。
それをキャッチする。
AR表示では『SP回復ドリンク』となっている。
俺はそれをとりあえず飲んでみることにした。
味はスポーツドリンクといった感じ。飲んだからといって、即座に疲労感がなくなるわけでないが、それでも心持ち体を動かしやすくなったような気がする。
そう、あくまでも気がするだけだ。
(おい、SPの数値なり、バー表示をつけろよ。あとHPとMPもだ!)
ゲーマーとしては、ラグーンがひどい欠陥ゲームに思え、俺は悪態をつきたくなる。
ただドリンクを飲む間、俺の目の前ではブンブンが腕を振り回しながらも、戦闘態勢が整うまで、俺を待ってくれていた。
さすがはチュートリアルイベント。こちらの都合に合わせて待っていてくれるなんて、なんて親切な奴だろう。
「さて、人が戦っているのを見ていただけのお前を、今から泣かせてやる」
俺は宣言すると、片手剣をその場に投げ捨てた。
拳を構えてファイティングポーズをとり、
「お前なんか拳だけで上等だ!」
と、挑発する。
そんな俺の言葉を理解してはいないだろうが、それでも徴発されたのは分かったようだ。
ブンブンの顔が、ニヤリと笑った……ように俺には見えた。
そうして始まるブンブンとの戦い。
ブンブンの繰り出す拳は、それまでのラビットの体当たりなんかとは違って、空気が唸りを上げる速さの拳だった。
それを最低限の動作で俺は回避するが、拳を避けても風が傍を突き抜けて飛んでいく。
当たればダメージを受けて確実に痛いだろう。
隊長の金属ブーツで鳩尾を蹴られた時ぐらいの痛さがありそうだ。巨乳隊長に殴られるならOKだが、俺は巨乳相手以外にマゾになるつもりはない。
そしてブンブンは体長が1メートル程度。対して俺は身長190センチ越えだ。
ブンブンの拳は早くても、体格差がありすぎた。
「それっ」
俺は空中に飛び上がり、体の全体重をかけた踵落としを、ブンブンの脳天へぶちかました。
ブンブンはそれを回避するのに失敗し、呆気なく地面へ沈んだ。
「たかがデフォルメ兎の分際で、生意気なんだよ!」
地面に沈めたブンブンに向かって、俺は余裕で勝利宣言。
「うむ、見事だスレイ。ということで、次はゴブリンと戦うぞ」
「はあっ!?」
おっさんが何か言ってきた。
ブンブンなんてどうでもよかった。先ほどまでの戦いなんてもはや過去形。
俺はこの時になって、真の敵が間違いなくおっさんだと確信した。
後書き
エロ方向に傾いた馬鹿な主人公だと思っていたのに、チート系主人公として頭角を現し始めてしまったのだろうか……