39 クイーンローパー2
さて、世の男性であれば触手というものは、変態好物……失敬。大変好物でしょう。
男の子の中には、年齢がいくつになっても消すことが出来ない深い業が存在し、触手とはその業に深くかかわる一物。
時には苦手とする方もいるようですが、昨今では男性だけでなく、女性ですら好物にしていますからね。
こう言う闇は、男女を問うことなく、非常に深いのでしょう。
ただね、
「ヒイッ、アアアッ、イヤダー」
「アハハハ」
「アハハじゃねえよ、クソ師匠ー!ヒエエエッ」
アーク・アース・オンラインをプレーしていた頃の事。
俺は幾度となく師匠に訓練という名の名目で、触手系のモンスターと戦わされた経験があるわけです。
あの人は無害なショタ少年を装っているものの、絶対に触手好きだ。
師匠によって、俺が何千、何万回と、その手のモンスター相手と戦わされたことか。
しかも師匠のすることだから、いつも極悪。
ダンジョン内にいる触手系モンスターを引きつれて、MPKを俺に仕掛けてくるなんて可愛いもの。
武器を制限されたり、体術だけで戦わされたり、防具は初期装備に無理やりされたり、解除不能のマヒ状態にされて、触手モンスターの洞窟にいきなり蹴り落とされたり……。
あの人、そのたびに苦しむミカちゃんの姿を見ながら、にこやかな笑顔で笑ってた。
まるで幼女天使のミカちゃんみたいに、背中から白い羽を生やした天使じゃないかってくらい、穢れのない笑顔をしてたよ。
ああいうのが、狡猾な悪魔の笑なんだろうな。
まるで悪意がない顔をして、悪以外の何ものでない行動をしてるんだから。
だから、俺は触手が大嫌いだ。
ただし、触手に晒されるのが俺の操作するミカちゃんでなければ……場合によっては全然OKだけどな。
まあなんだ、触手の闇というのは、宇宙の深淵のごとく、底知れず深いわけだ。
◇ ◇ ◇
過去の回想はここまでにして、現在に戻るとしよう。
ヒルドが動かないので、戦うことを決意したアリス。
「スレイは足手まといになるから手を出すな。ここは私だけでなんとかする」
悲壮な覚悟を宿しつつも、先輩プレーヤーであるアリスは、覚悟を固めてクイーンローパーと戦うことを決意した。
俺の立ち位置が、ヒロインに守られる主人公ポジションだけど、これは喜んでいい事なのかな?
この後アリスの俺に対する好感度が上がるなら、俺は非力系主人公でいても全然いいけど。
別にチート系主人公みたいに、「俺様最強。ヒャッハー」なんてことがしたいわけじゃないからな。
「ねえねえ、スレイ」
「なんだい、絶?」
「ちゃんとアリスちゃんを助けるんだよ」
「わ、分かってるって」
好感度云々は置いておいて、この後アリスがあられもない姿にならないかと期待していた。
しかし、絶も俺の内心を見通しているから、事前に釘を刺されてしまった。
「しょうがない、俺もちゃんと戦うか」
絶に背中を押され、俺もアリスの隣まで歩を進めた。
「スレイ?」
「ここでアリスを見捨てると、俺が絶に怒られるからな」
俺は頭をかきながら言う。
「バカバカ、スレイ。ここはそうじゃなくて、俺に任せろとか言って格好つけなきゃ!」
「あっ!」
なんてこった、この一大ピンチの場面で本音を漏らしたものだから、せっかくの好感度上昇チャンスを不意にしてしまった。
「お、俺も戦う。アリス一人に無茶はさせないさ」
白い歯をキラリと輝かせて、俺はアリスに笑いかけた。
まあなんだ、今更言い直したことに、俺自身内心で激しく動揺している。
そのせいで、セリフが思い切り震えてしまったよ。
「……頼むから、足を引っ張るのだけは勘弁してくれ」
アリスの中での俺の存在は、どうやら頼りにならないどころか、それ以下のようだ。
「絶は変なことされないように、後方で待機な」
「はーい」
アリスと違って、絶は俺の能力を信頼してくれているようだけど。
◇ ◇ ◇
「クロスカット!大烈斬!一刀破断!」
クイーンローパーとの戦いが始まると、アリスが次々に武技を使って、迫りくる触手を切り裂いていった。
ハルバートの刃が縦横無尽に振るわれ、派手なエフェクトがそのたびに光り輝く。
「おお、綺麗だなー」
と感心しつつ、俺は片手刀でローパーの触手を細切れに切断する。
別に細切れにする必要はないのだが、俺にはこういう触手系のモンスターに対して恨みがある。
切り落とす程度の生ぬるい対応ではダメだ。
中には、触手を切り落としても、その後独立してウネウネと動き回り、ミミズみたいに這い回りだすような敵までいた。しかもそこから、締め付け攻撃してくるような恐るべき触手がだ。
ゲームは違えども、あの時の恨みと、恐怖を忘れはしない。
だから、手加減は無用。
むしろ自身の安全を考えるなら、細切れどころか炎で跡形もなく焼き払うのが正しい。
「細切れにしても、触手が再生するとかってオチはないよな」
脳裏に触手に対する様々なトラウマが蘇る。
それだけ、師匠が鬼畜野郎だったせいだ。
そんな俺のつぶやきはアリスに聞こえていたようだ。
「無駄口を叩いてないで手を動かせ!」
「動かしてるよ!」
俺は手加減なんてせず、とにかく迫ってくる触手を切り刻みまくった。
そうやってしばらくの間、俺はひたすら触手を細切れにしていた。
だが、一方アリスは、
「ゼーゼー、ハーハー。クッ、SPの残りが少ないか……」
SPの回復薬も飲みながら戦闘を続けているが、どうやら回復に対して消費が上回っているらしい。
武技を使うとSPの消費量が増えるようで、武技に頼って戦うアリスは、目に見えて疲労を濃くしていた。
ラグーンでは、SPの消費は数値で確認できず、プレーヤーに疲労感として現れる。
そのせいでアリスは息切れし始めていた。
「しまった。ああっ!」
そして、とうとうアリスの足首にローパーの触手がまとわりついた。
アリスの体が空中へ持ち上げられ、上下逆さの状態にされてしまう。
鎧でなくスカート姿だったら、ラッキースケベのチャンスだったのに……。
「クソウ、離せ!離せー!」
アリスが悲鳴――というよりは雄たけびだな――を上げて、ハルバートを出鱈目に振るうが、足に取り付いている触手を切断できない。
焦っているせいで、ハルバートの動きがまるででたらめだ。
よし、これは最大のチャンスだな。
好感度とか、もうどうでもいい。
それより、あの触手がアリスの外部装甲を突破してくれないだろうか。
俺は、俺は……
「ス、レ、イ!」
ラッキースケベを期待する俺がいけないのか?
だって、こういうのってお約束だろう。
なのに、絶がわざわざ一言一言区切って、背後から俺に圧力を加えてくる。
言葉だけなんだけど、絶が怖いんだよ。
「アリスちゃんは僕の大切な友達なんだ。だからスレイがここでアリスちゃんを見捨てたら、僕はしばらくリアルでサボタージュするよ」
絶がリアルでサボタージュする。
それは、俺の毎日の食事を作ってくれる絶が働いてくれないということ。あと金銭管理に、掃除に洗濯に……
「絶、オンゲにリアルを持ち込むのはやめよう」
「ダーメ!」
俺は抵抗したものの、あっさりと拒否されてしまった。
畜生、これはゲーム、所詮遊びなんだよ。
なのに、ここにリアルの生活を持ち込んでくるとは、絶には遊び心がないのだろうか?
とはいえ、絶がサボタージュして、俺のリアルの生活が破たんしたら大変だ。
ご飯食べられなくて、数日後に餓死寸前になってるとか嫌だからな。
だから、俺のリアルの為に、アリスを助けよう。




