36 世知辛い商人と課金プレーヤー
ノートン開拓村の宿屋は、夜になるといつも多くの人が食事をしている。
理由はトレクールの街と各地を結ぶ街道が傍にあり、そこを行き来する行商人や商隊が、村唯一の宿屋で宿泊しているからだ。
黒馬状態になった絶に跨れば、村からトレクールの街まで数時間でたどりつけるが、徒歩や規模の大きい商隊では、そこまで速度が出せない。
そんな商人たちにとって、この村は夜を過ごすのに理想的な立地なのだろう。
そして様々な荷物を運ぶ商人たちがいるのは、ゲーム内の物流管理が細かくされているからだろう。
ラグーンは、ジャンルではVRMMORPGとなっているが、モンスターと戦うRPGプレーをしなくても、各地を交易して回る商人(交易商)プレーもできそうだ。
例えばAの街ではHP回復用の薬草がよく取れ、相場より安価で手に入る。一方Bという街では戦いがよく起こるので、負傷者が常にいる。
この場合、Bの街では常に回復用の薬草の需要があるから、Aの街で薬草を安価で手に入れ、Bの街で大量に売りさばけば利益が出る。
といっても、俺は商人になる気はない。
それより闇の帝王(笑)の使命として、巨乳さんたちとハーレムを築き上げたいものだ。
そのためには、まず攻略対象の1人が俺の傍……
――ゴンッ
「頼むから、条件反射で俺を殴らないでくれる?」
「お前の顔が悪い」
最近の日課だけど、アリスに殴られた。
どうやら、俺は自分の思っていることが、すぐに顔に出てしまう体質のようだ。
ク、クソウ。
「ねぇ、スレイ」
「なんだ絶?」
絶が俺の服の袖を引いてくる。
「ちょっと耳を貸して」
絶の見た目は幼女。対して俺は身長一九〇越えの長身男。
どうやらアリスに聞かれたくない内緒話をしたいようで、俺は腰を下げて、絶の顔の高さに合わせる。
「あのね、スレイ。ここはオンラインゲームの中だから、ギャルゲみたいに攻略対象は決まってないんだよ。アリスちゃんは、"絶対に落ちる"ようにできてるゲームのキャラじゃないからね」
絶が俺の心の中を見通していても、何の不思議はない。
それよりも、なんということだ!
最近はエロ系のVRしかしていなかった俺に、絶の言葉はとんでもない天啓に聞こえた。
「そ、そうだった。そう言えばここはオンラインゲーム。ましてや、アリスはNPCでなく、PCじゃないか……」
オンラインゲームで忘れてはならない事、それはプレーキャラの向こうにはリアルの人間がいるということだ。
ということはつまり、アリスの胸を手に入れる為には、リアルの人間の心を攻略しなければいけないということだな。
ならば、これからはリアルのアリスも、俺なしじゃ生きていけない体にしてや……
――ゲシッ
「フギャッ!」
絶の視線に合わせるために、俺は姿勢を低くしていた。そんな俺の背中を、背後から蹴られてしまった。
そのまま地面に顔面から激突。
「ア、アリスさん」
「なんだ?」
「もう少し場所が悪かったら、羊の糞に顔面から突っ込んでた!」
「そうか、残念だな」
この子……ドSだよ。
羊牧場があるだけあって、村の中にはたまに落ちてるんだよ。
◇ ◇ ◇
そんなことがありつつ、俺たちは村のはずれ……商人たちが荷車などを連れて集まっている場所までやってきた。
忘れてはならないが、俺の目的は巨乳美女を攻略すること……。
いや、今の目的は、ドロップ品を売ることだったっけ?
「スレイ、ぼーとしてないで交渉しないと」
「だよなー」
なんだか絶がジト目で見てくる。あとアリスが無言で俺を睨んでくるけど、どうしてだ?
まさか、惚れ……
――ゴンッ
「やめてくれ。頭を叩きすぎるとリアルで馬鹿になる!」
「既に手遅れだろ」
この子、相変わらず手加減がないな。
えーとだな。
そんなことで脱線もしたが、俺は商人の一人と交渉を開始した。
「ラビットの肉に心臓……錆びた武器ねぇ」
商人は髭面のおっさんNPC。顎髭を扱きながら、胡散臭そうに俺を見てくる。
「毛皮は買い取ってやってもいいが、他は無理だな」
「そこを何とか頼めませんか?」
NPC商人のくせして、買い取る物の選り好みをしてくるか!
「あのなあ兄ちゃん、武器の方は論外だ。ゴミを渡されて買い取るようなアホウはいないからな」
そりゃそうだよねー。
と、俺は心の中で納得してしまう。
だいたいゴブリンからドロップしたゴミ装備は、トレクールの街でも大した額にならなかったから、売れなくても仕方ないだろう。
(いや、買取側でなく、売る側の俺が納得したらいけないんだけどな)
「それにラビット関係は、どこででも手に入るんだ。それを商隊を率いているような俺たちが、わざわざ買い取るわけがないだろう。この辺りでなかなか手に入らないものなら買い取るが、どこにでもある物じゃ、商隊の利益にならんよ」
ゲームの中なのに、世知辛くない?
「ラビットの毛皮は、衣服の素材としてどこででも需要があるから買い取るぜ。ただ金額は毛皮十枚につき……」
髭面商人が金額を提示するが、大したことがなかった。
ゲーム序盤の最弱モンスターからのドロップ品だから、大した金額でなくても仕方がない。
とはいえ、さすがにぼったくられている気がするんだけど……。
あまりにも理不尽な気がして、俺は髭面商人に毛皮を売ることをためらってしまう。
他のアイテムは買い取ってすらくれないから、もはや交渉の余地がない。
「なあ、スレイ」
そんな俺を見ているアリスが、話しかけてきた。
「なんだ、アリス?」
「お前が売りたがっているアイテムだが、最序盤のザコモンスターのドロップ品だよね?」
「そうだが。それがどうかしたか?」
「もしかして、初心者?それも始めたばかりの?」
アリスは一体何を言いたいのだろう?
「俺は初めて一週間ぐらいの超初心者だぞ」
正直に言ったら、アリスが目と口をOの字にして、固まってしまった。
「おーい、アリス。いきなり固まってどうした?」
「アリスちゃん、大丈夫?」
絶がアリスの鎧をペチペチ触りながら、意識を確認する。
そこは鎧でなく服の裾を引っ張るべきと言いたいが、アリスは常時鎧装備なので、引っ張れる服がない。
「ちょっとお前、こっちにこい」
「はい?」
そして再起動したかと思うと、いきなり胸倉をつかまれて、アリスにその場から無理やり連れ出されてしまった。
「やれやれ、女房の尻に敷かれてるとは情けない男だな」
そんな俺とアリスを見て、頭を振る髭面商人。
「違う、こいつとは夫婦でも何でもない!」
ムキになって否定しなくてもいいのに、アリスは律儀に髭面商人に怒鳴り返していた。
◇ ◇ ◇
商隊のたまり場から連れ出された俺は、なぜか平原の中で正座の姿勢を強要された。
近くでは絶が小首をかしげながら「どうしたのかな?」って顔をしているが、だからと言って俺たちの間に割って入る様子はない。
もっとも、この場で絶は関係ないから別にいいだろう。
「スレイ、あんたラグーンを始めたばかりなのに、この数日ずっと村いたわよね?」
「ああ、絶とアリスが仲良くしている姿を見てたぞ」
あれは眼福だった。外部装甲があるとはいえ……。
あっ、アリスが俺を睨んできたので、俺の顔面がにやけてそうだ。
クッ、俺の顔面よ、アリスの好感度を落とさないために、ここは耐えるんだ。
耐えてくれ、頼む!
「……序盤だと資金がないでしょう。なのに、戦闘もせずにただフラフラしているだけとか、そんなプレーで大丈夫?というかあんた、もしかしてVRMMORPGが初めてとか言わないでしょうね?」
ふー、なんとか顔面パンチの刑に遭わずに済んだ。
「いやいや、俺はガチなプレーをする気はないから、毎日適当にのんびりできたら、それでいいから」
「でも、それって普通はある程度ゲームを進めてからのことでしょう。再序盤からのんびりしたプレーなんて無理。大体、そう言うのはゲームを全くやる気がない、チャット目的のプレーヤーがすることで……」
アリスがお説教を始めた。
ちなみにオンラインゲームでは、チャット勢などと呼ばれるプレーヤーがいる。
彼らはゲームのことはそっちのけで、気の合うプレーヤーたちと集まって、日夜チャットで話をすることに熱中している。
たまにはゲームのイベントなどもこなすだろうが、基本的にゲームをプレーするより、気の合う人たちとおしゃべりをすることが目的となっている人たちだ。
ゲームの中でなく、チャット専用のサイトにでも行けばいいのにな。
「アリス、俺はVRMMOはラグーン以外にもいろいろしてたから、大丈夫だって。ラグーンは始めたばかりだけど、オンラインゲームの初心者じゃないから」
「そうなの?……それにしては、随分のんびりしすぎじゃない?」
「まあ、のんびりしているのは否定しないけどな」
ハハハ、と俺は笑う。
大体ラグーンをプレーしてるい目的自体が、暇つぶしだからな。
適当に時間を潰せれば、俺はそれでOKなのさ。
「でも、初めて一週間のプレーヤーにしては、コスチュームを着ているし、防具もそれなりにいいものよね」
「課金したから」
「えっ、プレー一週間で課金したの!?」
なぜ課金したぐらいで、この子は驚くのかな?
「お試しプレーで、一カ月やるついでに課金したな。っていうか、俺の格好見たら初心者だって丸わかりだろう」
俺の装備とコスチュームは、課金の"初心者ブーストパック"の中から選択できるものだ。
武器に関しては、課金で手に入れた『ファブリニードの白夜剣』の代わりに、『鉄製の量産片手刀』を装備しているが、これは最序盤での攻撃力過多を避けるためと、使い勝手のいい武器を選択したからにすぎない。
「コスチュームも着ていたから、初心者じゃなくて、もっとプレーしていると思ってたのに」
「いやいや、これは初心者用の課金で手に入るコスだから。
というかアリスは、そのことを知らなかったんだな」
最序盤からまともなコスチュームを着てるプレーヤーは、早々いないよな。
コスチューム系のアイテムは基本課金で手に入れるもの。ゲーム内マネーで購入するなら、PCの露店でも販売しているところがあるが、概してそう言う物は値段の桁がおかしな次元にある。
間違っても、ゲームを開始したばかりのプレーヤーが手を出せる金額でない。
とはいえ、アリスが俺の格好を見て、初心者だったことに気付かなかったことにビックリだ。
「初心者向けの課金装備とか、全然知らなかった」
「学生だと序盤の課金に詳しくなくても仕方ないのかな?」
「うん」
リアル学生だと、ゲーム開始直後に課金してプレーするという発想がなかなか持てないのだろう。
学生の持ってる金って、小遣いだもんな。
社会人みたいに、気軽に課金できるはずがない。
ただ、学生ならバイトをして課金すればいいだろう。なんて意見も出てくるかもしれないが、残念なことに今は西暦二一一六年。
百年前と違って、現在ではスーパーでも飲食店でも、店舗の売り場や調理を担当しているのは全てドローンと人工知能(AI)たちだ。
人間がする仕事は、ドローンとAIを統括することで、管理職と言っていい。しかし、これは学生の身分ではとてもできるような仕事でない。
現代では、学生が気軽にできるバイトなんて存在しないのだ。
おかげで俺も、学生時代は小遣いだけでアーク・アース・オンラインの課金をやりくりしていた。
あの頃には戻りたくないものだね。
それはともかく。
「プレーし始めたばかりなんだから、こんな村にとどまってないで もっと冒険しなさいよ!」
なんてアリスに言われてしまった。
確かに俺のプレースタイルって、VRMMORPGをやってる人間の物じゃないよな。
何しろ、羊と戯れる絶とアリスの様子を眺めて、ただほのぼのしていただけだから。




