29 村娘は村の名前を繰り返す
ラグーンにログインすると、村の入り口にいた。
「Why?」
昨日……ではなく一昨日か。
ログアウトしたのは宿屋の中だったはずなのに、なぜこんな場所に?
「ラグーンでは、自分の拠点か宿屋でログアウトしないと、ペナルティーを受けちゃうんだって。宿屋でログアウトした場合は、ログアウトした宿屋がある町の入り口で、ログインするんだって。たまに例外の町もあるみたいだけど」
「へー、そうなのか」
「そうなのかって、もしかしてスレイは知らなかったの?」
俺、一〇年以上前からVRMMORPGをそれなりに嗜んできたけど、ラグーンはまだ初心者なんだよ。
「ラグーンの説明書とか、全然読んでないんだ」
「僕はVRMMORPG初めてなのに、スレイの方が知らないことが多いなんてことはないよね?」
「ハハハ。さあ、どうだろう?」
俺は人間だけど、絶は高性能なAI。
人間の一〇年間の経験など、絶が本気を出せば、あっという間にそれを上回る情報を得ることが出来るだろう。
とりあえず俺は、
「説明書は読まない主義なんだ」
と、答えておいた。
「もう、スレイってば。もしも分からないことがあったら、僕に聞いてよ」
「ああ、リアルでもここでも、絶には助けられてばかりだな」
俺は頼りになる絶の頭を撫でてあげると、絶は気持ちよさそうな表情をしてくれた。
――可愛い奴め。
ところで、もう一つ気になることが。
「腹減った……」
そう、ログインしてから感じていたのだが、物凄い空腹感がする。
リアルでは晩御飯を食べた後だというのに、これ以下に?
「満腹度があるんだって。それがなくなると、お腹が空いて戦えなくなるよ」
絶が、早速説明書からの知識を披露だ。
「そうか、満腹度があるのか……」
ラビットを狩りまくり、さらにPvPで初心者狩りをしてきたプレーヤーを逆に狩ったが、あれだけ戦えば腹も減って当然だよな。
何か食えるものがないかと、アイテムストレージの中を覗いてみる。
ラビットの肉とか心臓があるが、これは生肉なので論外。
食えるかもしれないが、ラグーンでは味覚もリアルに再現されているので、焼いてない肉を食べたくない。
それに腹痛なんてバットステータスがあったら、困るしな。
で、それ以外では肉の串焼きがあった。
そう言えばトレクールの街で出会った先輩男プレーヤーから、肉の串焼きを何本かちょうだいしていた。
あの時俺は金欠状態だったので、先輩に恵んでもらったものだ。
それを取り出して食べる。
焼きたてほかほかのジューシー肉で、すきっ腹には大変な美味だ。
アイテムボックスに突っ込んでおけば、中のアイテムは時間経過が止まってしまうのかな?
「スレイー、僕にもちょうだい」
「熱いからあわてずに食べるんだぞ」
「はーい」
プレーヤーである俺だけでなく、絶も空腹を覚えるらしい。
俺はアイテムボックスの中から、さらに串焼きを取り出して絶に渡した。
ちょっとした食事を挟んだ後、俺たちは村の宿屋へ向かう。
もちろん目的は、宿屋の娘さんの胸に再会すること。
食べ物で多少脱線してしまったが、俺は本来の目的を忘れる愚か者じゃないぜ。
暗視スキルのおかげで、闇の中であっても昼間のごとく見通せる俺の瞳。
あの時の娘さんのふくよかな胸は、しっかりと記憶に刻み込んでおいた。
まあ、若干の物足りなさを感じてしまう部分があるものの、今回はお預けまで食らってしまったので、多少の妥協も致し方ないだろう。
それに常に希望通りのベストサイズに囲まれていれば、いずれはそれに飽きてしまうかもしれない。
たまには我慢や妥協をするからこそ、理想のサイズに出会った時、その素晴らしさに改めて感謝と感激と、世界の偉大さを感じとることが出来るのだ!
……とかなんとか、適当なウンチクで誤魔化しておこう。
――本音は、『早く胸を』だけだ!
――コンコン
宿屋のドアをノックすると、ドアが開いてあの時見た娘さんが再び現れた。
「あら、この前泊まってくれたお客さんじゃないですか」
「覚えてくれていたんだね」
感動の再会。
俺の視線は、思わず娘さんの胸へ固定されてしまう。
『人と話すときには相手の顔を見て話しましょう』だと?
ちゃんと見ているじゃないか。
胸を。
「あ、あのお客さん……」
あ、いけねえ。
ついつい異常状態魅了。あるいは金縛りにあってしまい、ガン見状態になっていた。
エロ系のVRでは許されても、さすがにラグーンではダメか。
(でも、見続けていたら、ご褒美くらいくれるか?それとも罵られるのか?)
「スレイ、お姉さんが困ってるよ!」
「あ、すいません」
俺としてはこのままご褒美コースでよかったけど、絶が止めに入ってきた。
しょうがないので紳士的に行くとしよう。
ただし紳士と言っても、ネクタイだけしてしる紳士の方じゃないぞ。
俺が変態と罵られるのはOKでも、絶までそれに巻き込むわけにはいかない。
人工知能(AI)とはいえ、さすがに俺の姪っ子とそれほど変わらない年齢(見た目)をしている絶まで、それに巻き込むわけにはいかない。
「お嬢さん、今日も宿に泊めてくれませんか?」
「宿泊ですか。それなら構いませんが、今は準備中なので、お部屋にはすぐに入ることができませんよ」
「ハハハ、それぐらい構いませんよ。では、今日も一泊よろしくお願いします」
「はい。お代はお部屋に案内する時で構いませんから」
「分かりました」
「それでは」
「あ、お嬢……」
――バタンッ
俺はまだ娘さんと話していたかったのに、ドアを閉められてしまった。
どうしてだ?
「スレイ、お姉さんと話している間、ずっと視線が胸に固定されてたよ。おまけに顔がにやけ切ってた」
「ナン……ダト」
「僕は慣れてるから気にしないけど、僕以外の人だと、絶対に気持ち悪がられちゃうよ」
バ、バカな。
俺はスレイ。
見た目だけは完璧スペックを誇るイケメン男だというのに、この俺のイケメン力をもってしても、気持ち悪いだと?
そんな馬鹿なことがあり得るのか!?
「スレイって、本当に顔に欲望がでちゃうよね」
絶が呆れ声で言う。
「な、なあ絶。俺ってそんなに気持ち悪いのか?」
「大丈夫だよ。僕はどんなスレイでも、受けいれてれあげるから」
絶の言葉は優しいな。
でもさ、俺が気持ち悪いって部分に関しては、ノーコメントだったよな。
ま、まあいい。
とりあえず目的の胸は拝見できた。
またしてもお預けを食らってしまったが、宿の部屋も確保できたことだし、その時にまた拝ませていただくことにしよう。
◇ ◇ ◇
宿屋を後にした俺たちは、村の中を適当に見て回ることにした。
暢気に異世界観光……なんて気分で、ゲームの村を見学だ。
「この村の名前は、ノートン開拓村です」
村の出入り口辺りで、女の子が村の名前を教えてくれた。
幼女だけど、特筆すべき事項はなし。田舎の野暮ったい幼女だ。
一部には需要があるかもしれないが、俺にそれを求められても困る。
絶とミカちゃんと姪っ子を除けば、俺には特別な幼女趣味などない。
――まな板に用はないんだよ!
「旅人さん、この村の名前はノートン村です」
「商人さん、この村の名前はノートン村です」
「冒険者さん、この村の名前はノートン村です」
ところでこの女の子だけど、村にやってくる人たちに向けて、そんなことを繰り返し言っている。
「ねえ君。どうして来る人みんなに村の名前を教えてるの?」
ちょっとおかしな女の子だよな。
絶がそんな女の子の様子に、気になってしまったようだ。
「私の仕事は、村に来る人に村の名前を教えてあげることなんです。こうしていれば、毎日御飯を食べていけるんです」
「?」
絶は意味が分からないと、首をかしげる。
これはもしかして、あれか。
RPG定番の、『○○の村です』ってセリフを、延々と繰り返すだけの村人なのか。
RPGのお約束として、俺には理解できたが、
「ねえスレイ。そんなことしてご飯なんて食べていけるなんて、凄く不思議な職業だね」
「絶、ここは現実じゃなくて、ゲームの世界なんだよ」
「うーん。でも納得できないな。だっておかしいもん!」
ラグーンの説明書は読んでいても、RPGのプレーは初心者の絶。
「ねえ、君だっておかしいって思うでしょう!」
絶は女の子にも尋ねた。
「おかしいって言われても、これが私の仕事なんです」
「ええーっ」
絶は女の子の言葉に納得できないようだ。
「絶、この子は仕事中なんだから、これ以上邪魔するのはやめておこう」
「……ムー、ちっとも納得できないなー」
納得はできなくても、俺は絶の手を引いてその場から連れ出した。
RPGのお約束を知らないと、こんなことでも不思議に思ってしまうのか。




