11 死後の世界へようこそ
「おお勇者よ、こんなところで死んでしまうとは情けない」
ゲーム中に激しい動悸を感じて、ぶっ倒れてしまった俺。
目覚めると、そこは色とりどりのステンドグラスから明かりが差し込む教会の中だった。
なぜか説教台がすぐ目の前にあり、俺はその下に寝かされている。
芝居じみたことを言ってる奴がいるが、俺の今いる場所からでは説教台が邪魔で見えない。
俺は嫌な汗を体中にかきながらも、上半身を起こす。
特にふらつくことなく、自然に体を起こすことが出来た。
そのことに小さく安堵しつつ、ゆっくりと立ち上がった。
もともと背が高いので、立ち上がれば説教台の向こう側が見えるはず。
「あれっ?」
なのに、その説教台は俺の背丈よりも大きかった。
(おかしいぞ、リアルの)俺の背の高さは190センチ近い。いまだにゲームの中だとしても、俺の身長は190を超えていた
だったら、この説教台は3メートル近い高さがあることになるぞ!)
まるで訳が分からない。
俺は咄嗟に自分の両手を見る。
そこには、男の手とはとても思えない、白くて小さな手があった。
「はいっ?」
まるで女のような綺麗な手だ。それも、幼女のような若く瑞々しくてスベスベな手。
(俺の中では、幼女は既にエロの対象から外れてるんだけどなー)
自分の事より、まずはエロが優先。
昔は幼女は合法だと俺は宣っていたが、リアルの俺には7歳になる姪っ子がいる。
さすがに自分の姪っ子がいるとなると、幼女は合法といった感覚がなくなってしまい、それに合わせて幼女相手に発情することが全くなくなってしまった。
ただ、なんで幼女の手になってるんだ?
物凄い疑問だ。
ただ、この手は初めて見たわけじゃない。
そう、この手は……
「おお、おおー、何と情けない鈴木次郎。27歳にもなりながら、いまだに独身の彼女なし童貞。……あ、彼女は大学の頃に一度いたんだっけ?でも、手痛く振られちゃったんだよねー。大変だねー」
――グリサッ
(学生時代の彼女の話を持ち出すな!)
説教台の向こうからものすごく能天気な声がして、俺は心の中で毒づいた。
ちなみに鈴木次郎というのは、俺の中の人こと、リアルの俺の本名だ。
っていうか、この声ってもしかして。
俺は声の正体に気付き始め、さっきとは違う意味で、体中から冷たい汗がダクダクと流れ出した。
それでも、確認せねばなるまい。
俺は馬鹿でかい説教台を迂回して、向こうにいる人物の姿を確認する。
「やっ、ミカちゃん」
説教台の向こうには、青と白を基調にした布地に、金や銀の糸で刺繍された豪華な聖職者風の衣装に身に包んだ、ショタ少年がいた。
赤い髪と瞳をしていて、今の俺とはほとんど背丈が変わらない。
天真爛漫といった暢気な顔をして、一見すればただの無害なショタでしかない。
だが、こいつは……いや、このお方は……
「し、師匠ー!」
俺がかつてプレーしていたVRMMORPGアーク・アース・オンライン。そこで俺の近接戦闘の師匠をしていた人だ。
「やっ、ミカちゃんお久しぶり」
「お、お久しぶりです、師匠。ていうか、ミカちゃんってもしかして?」
「そうだよ。今の次郎は、かつてのミカちゃんの姿に変身を遂げているのです」
そう言い、師匠はどこからともなく大きな鏡を取り出してきた。
鏡を覗くと、そこには純白の翼を背中から生やした、金髪幼女天使ちゃんの姿が映っていた。
幼女趣味を失ってしまった俺だが、それでも今鏡に映っている幼女天使ちゃんは、素直に可愛いと思う。
なぜならこの幼女天使ちゃんは、俺がアーク・アース・オンラインをプレーしていた頃に使用していた、アバターのミカエラの姿そのものだから。
何年もプレーし続けたゲームのアバターとあって、愛着は一入だ。
とはいえ、アーク・アース・オンラインをプレーしていたのは十年も昔の話だ。
既に、ゲームのサービスも終了していてプレーできない。
あの頃の俺は無垢で穢れを知らない少年で、今と違って巨乳趣味に目覚めていなかった。
まな板はステータスであり、絶壁は正義なのだと思い込んでいた。
少年時代の夢と希望とエロスの化身(願望)の塊こそが、この幼女天使ミカエラこと、ミカちゃんだった。
なのでミカちゃんのお胸は、当然ぺったんこだ。
今の俺の趣味とは正反対の真逆。
若さゆえに、豊満な胸にどれほどの希望と勇気が詰まっているかを理解していなかったのだ。
ついでに余談だが、当時のVRゲームは今と違って五感が鈍かったので、自キャラの胸を揉んでも、今のVRゲームみたいに、興奮することはなかった。
もっとも、ミカちゃんの胸は揉めるだけの大きさがない、"不毛の大地"だけどな!
「なんでミカの姿に?っていうか、師匠がどうしてここに?俺が大学札業してからは、ネットでも連絡取り合ってなかったじゃないですか?」
「まあまあ、ここは死後の世界なんだから、ちっぽけなことは気にしなくていいじゃない」
「はあっ!?」
師匠、あんた何言ってんですか?
と言いたくなったが、俺は自分が痙攣を起こして、ゲーム内でぶっ倒れて気を失ったことを思い出した。
いや、あの感覚はゲームの感覚では絶対になかった。
もしかして、本当にリアルの俺は死んでしまったのか?
心臓発作?それとも何かヤバい病気?
「嫌だ。俺が死んだなんて、そんなバカな!……って師匠、なんであんたニコニコ笑ってるんですか!」
「まあまあ、お互い死んだ仲なんだから、死んだ時の事なんて今更どうでもいいじゃない。人間過去を振り返っていたら、いつまでも成長できないよ」
慌てる俺と違って、師匠は超マイペースだ。
「イ、イヤダー。俺は死にたくない!まだ生きていたい!童貞のままだなんて、イヤダー!」
「ふうっ、2年間も付き合っていた彼女がいたのに、そこまで行けなかったなんて。次郎って甲斐性のない男だね。そりゃフラれて当然だ」
「余計なお世話です!」
俺は叫ぶけど、師匠の顔は笑顔だ。
ショタ少年の愛らしい笑みなので、世の奥様方へは効果絶大な表情。……と言いたいところだが、こいつはマジで笑っている。
俺の情けない事情を突いて、心の中からマジで笑ってる。
そう、師匠は普通に笑いながら、ドSの精神攻撃をしてくる悪魔なのだ!
奴の穢れのなさそうに見える笑みは、実は悪魔の笑みなのだ!
「で、でも。俺って本当に死んだんですか?っていうか、ここは天国?それとも地獄?」
いや、分かる。師匠と二人きりと言う時点で、ここは地獄確定だ!
(……あれ、でも死んだはずなのに、なんで俺は昔のゲームの姿をしてるんだ?)
不意に沸き起こる疑問。
そんな中、師匠は説法をするように、一人で話始める。
「ああ、情けない。死んでしまった勇者を甦らせるためには、所持金の半分が必要になる。えーと、今の次郎の財布にはいくら入ってるのかなー。あ、銀行口座の残高もチェックしないと。少ないねー。これだとお気に入りのエロゲが買えないじゃん」
「死んだからって、なんであんたがエロゲのことまで知ってんですか!」
「まあまあ、気にしない気にしない」
「……」
こいつには何を言っても無駄だ。超マイペースなのは相変わらずで、死んでも全く変わりない様だ。
「はあっ、もう好きにしてください」
「うん、初めから僕の好きにしているよ。てことで次郎、君の所持金の半分はいただいたので、あとは夢から覚めてしまいなさい」
「死んだんだからリアルの所持金なんてどうでもいいですよ……って、夢?」
「うん、これは夢だよ」
「はあっ!」
あんた何言ってんだよ!
叫びたくなったところで、俺の目の前に広がっていた教会風の世界が、急速に消えていった。




