表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臙脂色の謝肉祭(ファスナハト)  作者: 空箱零士
1.爛れた傷の銀髪少女、屍肉の怪物。
9/10

8.〈叫ぶ歓喜〉

〈肉塊〉の肉体が、〈高き者〉を捕食していた部分から爆発四散した。

〈肉塊〉も異常事態を察知したのか、爆ぜた次の瞬間には後退していた。

 歓喜の叫びと共に膨張する身体。

〈肉塊〉に捕食され、半分以上は欠損していた脚部が爆発的に再生し、再生以上に粒々と容積を増やし続ける。

 そうして再生された〈肉塊〉の姿は、怪物を超えて怪物的であった。

 単純に体積だけを見ても再生前を優に超え、〈肉塊〉の欠損を加味しても、〈肉塊〉と比べて身体半分以上は全長に差をつけている。

 また、その身体を形成する肉はよりどす黒く変色している。単純に生肉的であった肉は見違える程に隆起し、まさに怒張し露出した筋肉と化していた。肉体のところどころから、噴水のように黒い液体をまき散らしている。まるで重油のように濃厚なそれは紛れもなく生物の血液であり、並々ならぬ血流が血管を千切っては吹き出し、吹き出しては再生し、再生してはまた吹き出し――そんな暴力的な循環を繰り返していた。

 その姿はまさしく、敵対する者への怒り――絶対的な「死」を告げているようだった。

 それでも〈肉塊〉は戦意を喪失していないようだ。〈肉塊〉は即座に肉体の再生を行う。流石に〈高き者〉のように完全な再生がなされていないが、傷口は修復されていた。

 ――ズンッ!

 重々しく響くそれは、〈高き者〉の前進だ。

〈高き者〉による〈肉塊〉の征服への邁進だ。

〈肉塊〉は全ての触手を放ち、全てが〈高き者〉に突き刺さる。

〈高き者〉はその場に立ち止まる。

 しばし、奇妙な停滞がこの場を支配する。

 しかし、〈肉塊〉は何もしていなかったわけではない。

〈高き者〉に突き刺さったまま張り詰めた触手を伸ばす〈肉塊〉。

 しかし先ほどのように貫通するわけでもなく、蚊が肌を刺す程度の傷しかつけられなかった触手は、〈高き者〉を持ち上げるどころか、一厘足りとも動かすことも出来ず、触手を引き抜くことさえ出来なくなっていた。

 よって、これから行われるのは〈高き者〉の「蹂躙」に他ならない。

 まず、自らに刺さった触手をまとめて手繰り寄せる。それは、開始前の綱引きの綱をそうするように呆気なくなされ、〈肉塊〉の抵抗など無きに等しいものでしかなかった。

〈高き者〉は叫ぶ。

 同時に、掴んでいた触手を背負い込み、そのままアスファルトへと叩きつけた。

 地球を穿つ、どころか地球を貫かんがばかりの破滅の音。

 その一撃で、〈肉塊〉の半身はアスファルトの中に陥没してしまった。

 身動きがとれなくなった〈肉塊〉の触手を、〈高き者〉は思いきり引っ張る。ただでさえ隆起している肉はますます緊張を高め、噴出する血液の量と頻度が増す。ミキッ! メリッ! と、時折、鉄が裂けるような音がした。

〈高き者〉が、全身をよじらせて大いに叫ぶ。

 瞬間、五本の触手、全てが千切られた。

〈肉塊〉はアスファルトの中で暴れ回る。

 断末魔をあげる〈肉塊と〉、歓喜の叫びをあげる〈高き者〉。

 緊張から解き放たれたように暴れまわる触手を手に持ち、触手の切り口から噴出する腐った血を全身に浴びながら、全身全霊をもってして、その勝利を誇示する。

 しかしもちろん、戦いは終わっていない。

 叫び終えた〈高き者〉は、埋まる〈肉塊〉を持ち上げた。ドゴゴッ、と地響きのような重たい音とは裏腹に、土から野菜を引き抜く程度に軽々しい動作であった。

むしろ、〈高き者〉の背中で鳴る、煮え立つような音の方がよほど重々しかった。

 そして〈高き者〉は〈肉塊〉を空高く放り投げる。空高く舞った〈肉塊〉の巨体で、太陽の光が遮られる。

〈肉塊〉の身体が頂点に達した瞬間、〈高き者〉は叫びと共に大きく胸を反らす。

 それと同時に、背中からバネのような勢いで八本の触手が伸びる。まるで翼のよに生えたそれは、〈高き者〉の全身同様にどす黒く、その身は刀のように鋭かった。

 薙いだり刺したり巻き付いたりと多様性を感じさせた〈肉塊〉の触手に対して、〈高き者〉の触手の機能性は、明らかに斬撃に特化していた。

 頂点に達し、加速度的に始まる自然落下。

〈肉塊〉の身体が半ばまで落ちたところで、〈高き者〉は高く跳んだ。

 八本の触手の全てを、放たれる直前の弓のようにしならせ、巨体に似合わぬ俊敏さをもってして、瞬く間に落下する〈肉塊〉に迫る。

 そして触手が放たれて――その次の瞬間には全てが終わっていた。

 頭部を割り、腕を絶ち、脚を払い、腹を裂き、背中を薙ぎ――〈高き者〉の刃は、瞬刻の間に、〈肉塊〉を破壊し尽くした。

〈肉塊〉が潰れるような音を立てて地に堕ち、〈高き者〉が揺るがす音を響かせて着地する。

〈肉塊〉は最早、ズタボロの肉片だった。にも関わらず、それは未だに生命活動を終えていなかった。

 どこからともなく、火花が弾ける音が鳴る。

 弾ける音はみるみる高まり、それと共に、空間に一個の穴が穿たれた。穴は音の高まりと共に勢いよく拡張する。その穴の中は、下手な虚無よりも絶望の密度が濃い漆黒だった。

 絶望が、横たわる〈肉塊〉の傍らに浮かぶ。

 そしてその漆黒の穴から、雪崩のような肉が溢れ出た。〈肉塊〉は瞬く間にその肉へと飲み込まれ、そのまま穴の中に引きずり込まれた。〈肉塊〉が漆黒へと消えると、例の火花の音を鳴らしながら穴が縮小していく。

 穴が完全に閉じられた瞬間、パァンッ! と辺り一体に閃光が弾け、〈高き者〉に向かって爆風が襲い掛かる。

 光と風、熱に晒された〈高き者〉は、呆気なく吹き飛んだ。その身は、もはやどす黒い偉容を保ってはおらず、当初の臙脂色の肉体に戻りつつあった。

 それでもなお〈高き者〉――〈叫ぶ歓喜〉は、その咆哮を力強く轟かせた。

 本懐を遂げた歓喜を、この世界そのものに示威するかのように。


 ※


 ――アスファルトが、異様に冷たい。

 どういうわけか仰向けになって倒れていた俺は、そんなことを思った。

 視界が霞み、身体が重い。外傷もなく、体調に異常をきたしてはいないのに、ただただ、意識が深いところに沈んでいきそうな気分。

 やがて、アスファルトが冷たいのではなく、身体が異常に火照っていることに気がついた。

 喉は乾き、全身が汗ばみ、内側から激しく熱せられている。まるで、精根尽き果てるまで身体を使い切った後の状態だった。

 しかし、こうなる前に、俺が一体どうしていたのかをまるで思い出せない。

 なんだかとても、真っ暗なところにいたような気はする。

 真っ暗なところで、ずっと揺蕩っていたような――でも、じゃあ、その前は? そもそも俺は、学校を早退していたんじゃないのか?

 そしてなにより――重たい意識の奥底で熱を持つ、途方もない満足感は、なんだ?

 ぼんやりとした混乱の中にいる俺の目の前に、手が差し伸べられたのはその時だった。

 真っ白く、小さな手。

 ゆっくりと首をあげると、そこには一人の少女がいた。

 銀色の髪に、白い肌。そしてその顔に、爛れたような傷。

 まるで焼かれた宗教画のように醜いはずだった。しかし、純白の手を差し出す少女の微笑みに、俺は息を飲まずにはいられなかった。

 目の前に、運命の女神が現れて、まさにその祝福を受けているかのように――

「狹間田遊里――死にたがりの、いけない、いけない、〈高き者〉」

 そして少女は俺の名を呼んだ。

 ただそれだけのことで、俺の全身は至上の多幸感に満ち満ちた。

 涙が、出そうになる。

 はち切れそうなほどの昂ぶりを抑え、俺は少女の手を取った。

 そして顔をあげた俺はその光景を見た。

 人が絶え、尽くが廃墟と化したビル群、穿たれたコンクリートの地面。

 まるで、終末の世界にいるようで。

 その世界の中心で、銀髪の、顔に爛れた傷を持つ少女が、まるで天使のように微笑んだ。

「さあ――いっぱい、いっぱい遊びましょ?」

 俺は、自分でも気づかないうちに涙を流していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ