ランディ ビートンと炎のマギィ その1
ジェームスと対決を経て友人となったタケルであったが、
それは序章に過ぎなかった。
その日タケルはグレイやその他の学生とともに、
時計塔講堂の中にある階段教室でフォッカー先生の講義を受けていた。
フォッカー先生は老齢ながら鋭い目をして
階段教室の一番下から多くの生徒たちを見上げ、
そして雄大な語り口調で講義をしていた。
タケルにとってフォッカー先生の講義は興味深いものではあった。
講義内容の概要は、
どれだけ技術が進んでも太古から現代まで
船乗りは星を見て方角を見定めるのは変わっていないが、
ただ東西南北を見るだけでなく、
そこに存在する精霊と
その時の海上における気の流れを見て方角を補正しないと
目指すべき方向を見誤ると言ったものだった。
「逆に、海上での精霊と気の流れを読めれば、霧のかかった海でも星が見えない曇った夜でも目指すべき方向がわかり、無駄な力を使わなくとも移動することが可能である。海にいる精霊は皆陸のありかを知っている。そして彼らは気の流れを利用して労せずに広い海原を移動しているのだ」
「先生」
タケルが挙手した。
「タケル、なんだね?」
「質問であります。我々がその精霊を見、海の気を感じるにはどうしたらいいのでしょうか?」
「簡単なことだ。我々は誰もがその力を持っている。精霊を押しのけ、海の気を横切る鉄の船から降りて、大海に身を委ねるのだ」
「船から、海へ、ですか?」
「左様。その時初めて君は精霊と海の気を見ることが出来るであろう」
講義が終わってタケルはグレイとともに学生食堂に向かって歩いていた。
「タケル、熱心だな。フォッカー先生の講義はどうだ?」
「我々船乗りが船から海へ飛び込まねばならん時は、船が沈む時だ。いかに船を沈めないようにするかという事を学びに来ているのに、あれでは役に立ちそうもない」
前を向いたまま、相変わらずの無表情でタケルは答えた。
「でも船が沈んだ時には役に立ちそうじゃないか」
グレイが冗談ぽく言ったが、タケルは少しも笑えなかった。
なぜなら、
海軍士官たるもの自らの命は船とともにあり、と考えており、
船が沈んだ時は自分の死ぬ時だと思っていたのだ。
タケルにとって沈んだ先の事など考えられなかった。
話しながら長い廊下を歩き、
外に繋がる回廊に差し掛かったときだった。
急にグレイが前を見つめたまま立ち止まった。
タケルはどうしたことかと思い、
グレイが見つめる前方、回廊の中央付近に目を向けると、
そこには一人の痩せた、背の高い男が立っていた。
その男は白い肌に栗色の瞳を持ち、
そして同じ栗色の癖がかかった前髪が顔の半分を隠していた。
制服のボタンも留めず、
両の手はズボンのポケットに入れたまま、
こちらを見つめていた。
「誰なんだ?」
「あの男はランディ。アメリカ人。わたしたちに用がありそうだ」
「なに?」
タケルがグレイと話している間に、
栗色の髪の男がゆっくりと二人の傍に近づいてきた。
そして、
「グレイ、なぜこのニッポン人なんだ?」
と声をかけてきた。
グレイは一瞬無視しようとしていたが、
しばしの思案の後、ゆっくりとランディの方を見つめた。
「なぜ? もともとおまえらがタケルとわたしを同室にしたのだろう?」
「そんな事は今までの軽いいたずらと同じだろうが」
「今までと同じ……そうかもしれん。だが、今回は状況が違う」
「なにが違うんだ?」
「タケルは、わたしのボディガードになったのだ」
グレイの言葉を聞いてタケルは少し困惑した表情を浮かべた。
「お、俺が、ボディガード?」
しかしすぐにグレイに軽く肘を突かれたことで、
話を合わせなければいけない事を悟らされた。
ランディは、なにかを思い出すように軽く天井を見上げた
「ああ、この間の決闘のことか。それで株を上げたってわけか」
ランディはタケルの方を向くと、
妙に長い前髪を掻きあげてから右手を出した。
「ま、いい。俺はランディ。ランディ ビートン。アメリカから来た」
「自分はホンゴウタケル。日本人だ」
タケルは少し頭を下げた後、右手を伸ばした。
「タケル!」
不意にグレイが叫んだため、タケルが伸ばした手を止めた。




