日英+豆スープ
グレイの名誉を守るためにジェームスと対決したタケルはなんとか勝利した。
しかしそれはすべての始まりに過ぎなかった。
決闘騒動ですっかり学園でも顔が知られたタケルであったが、
寡黙、無表情、更にグレイが傍にいることからも、
周囲の人間はあまり近寄ってこなかった。
あの騒動から一週間ぐらい経過したある日、
講義の選択が違ったグレイとは別に行動していたタケルは、
学食で黙々と一人で食事を摂っていた。
固いパンも豆のスープも粗食に慣れていたタケルにとっては、
なんの不満もなかった。
しかし、心の中では常に一つの事を思っていた。
ああ、米が喰いたい、と。
タケルの実家は元は米屋をやっていた。
父は職業軍人で、店は母が女手一つで切り盛りしていたが、
父が病気で亡くなったのを機に、
母は子供たちを連れて地方の街に転居し、定食屋を開いていた。
そのため米の飯に困った事は一度もなかったので、
今回の異国での生活では唯一、
米が食せないことだけがストレスの種であった。
荷物の中には万一の事を考えて米を少し持ってきていたので、
どこかで炊く方法はないものかとぼんやりと考えていた時だった。
「おい」
急に盆を持った男がやってきて、タケルの隣の席に座った。
難しそうな表情をした青い眼の黒髪の男は、
ジェームスであった。
「あんだ?」
「お前、グロッキーな振りして騙しやがったな?」
「だとしたら?」
タケルは前を向いたままパンを食べつつ答えた。
「ま、いい。お前の強さはわかった。認めてやるよ」
そう言うとジェームスは豆のスープを飲み始めた。
タケルはパンを食べる手を止めてジェームスの方を見た。
「お前の強さも身にしみた。本当の事を言えば、やられた振りしようと思ったが、お前のパンチが重過ぎて、本当にフラフラだったんだ」
ジャームスがスプーンを置いてタケルの方に笑いかけた。
「おかしな奴だ。俺の名はジェイムズ。ジェイムズ・ワインバーグ。イギリス人だ」
ジェームスは右手を差し出した。
「俺はホンゴウタケル。日本から来た」
タケルは少し表情を和らげながらジェームスの手を握り返した。
なんだか、異国の地に来て早々に殴り合いを演じた相手と、
親しく手を握り合っていることが不思議な感覚だった。
「……お前、サムライか?」
「ただの軍人だ。無論、忍者でもない。ジェイムズは騎士か?」
「俺もただの軍人だ。よろしくな」
「よろしくお願いする」
二人は笑顔をかわしながら食事を再開した。
「しかし、なぜグレイはいじめに遭っているんだ?」
ふと、タケルはジェームスに疑問を投げかけた。
タケルから見たら、グレイは無邪気でこそあるが、
悪意も感じられず、
少し気位が高そうな少女にしか見えず、
あまりいじめの対象にはならないように感じていたからだった。
「軽い理由と重い理由がある」
ジェームスがスプーンを指でもて遊ぶようにしながら答えた。
「軽い、重い?」
「軽い理由は、奴が生意気だからだ」
「なるほどそれは同意できるな」
「だろう?」
「では重い理由はなんだ?」
「奴が秘密を明かさないからだ」
「秘密?」
ジェームスが持っていたスプーンを置いてタケルのほうに顔を向けた。
「皆がそれぞれの国から来ているのはその秘密を解明するためだ。それを知っていてあの女は秘密を誰にも教えないんだ。いじめられて当然だろう?」
さも当然のように話すジェームスの秘密なる事柄がわからず、
タケルは聞き返した。
「なんだ、秘密って」
「とぼけるなニホン軍人。お前の目的もそれだろう? でなければ軍人のお前がこんなところに来るわけなかろう」
ジェームスがスプーンを持ってタケルの顔を指した。
「な、なに?」
「魔法の存在だ、マギセルクルのことだ」
マギセルクル。
この名前を口にされて、
どうやらジェームスも同じ目的でこの地に来ている事を、タケルは理解した。
「貴様もマギセルクル、この地の円陣魔法を探索にイギリスから来ていたのか?」
「みんなそうだ。純粋に学生で来ているのはこの地元の人間だけだ。海外から来てる連中は皆マギセルクルの秘密を探りに来ている連中だけだ」
「彼女は、マギセルクルの秘密を知っているのか?」
「あいつはこの学園に来てその秘密を手に入れたらしい。だが我々にその秘密のありかを教えようとしないのだ」
「なぜだ?」
「自分で解かねば意味がない、と抜かしやがった。ホント頭くるぜ」
イライラした表情をしながらジェームスはスープをかきこむ様にして飲み干した。
その横でタケルは難しい顔をして考えていた。
「自分で解けか。本当に彼女はマギセルクルの秘密を知っているのか? いや、大体、本当にそんなもの存在するのか?」
ジェームスがスプーンを置いて前を真っ直ぐ見つめた。
その見つめた先、食堂の入り口にグレイが立っていた。
グレイは誰かを探すように周囲をきょろきょろと見回していた。
「する。本当だ」
「何を根拠に?」
「彼女が目の前で実演した」
ジェームスがグレイを指差すとグレイはこちらに気付き、
タケルの顔を見て手を振った。
「なんだと?」
グレイはタケルを探していたようで、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
つづく!




