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貴族の娘と東洋のサル

さばさばとした雰囲気のグレイに『元貴族』という想像もできない過去があることにタケルは少し驚いた。

「そうか、そんな過去が……いや、ちょっと待て! それより大事なことがあるだろう!」

再び叫ぶタケルをグレイは少々面倒くさそうに見つめていた。


再び叫んで詰め寄るタケルを、

グレイは少々面倒くさそうに見つめていた。

「なんだ? まだなにかあるのか?」

「ある! 俺とお前がルームメイトって、おかしいだろう?」

「は?」

「男女が同じ部屋は、ダメだろう?」

「他に部屋がないんだ。それにこれは規則だ。ここの教育方針で生徒は基本的に相部屋で過ごすことが決まっている」

「なんだそれ」

「そうやって共同生活、他人と譲歩して生きていく事を学ぶっていう事なんだよ」

「し、しかし……じゃあ、他の部屋の連中も男女混合で相部屋なのか?」

「いや、わたしとお前だけだ」

「なんでだ!」

タケルは興奮し、立ち上がろうとしてベッドの上段に頭をぶつけてしまい、

頭を抱えてうずくまった。

「だいじょうぶか? とにかく部屋がない。空き部屋がないのだ」

「嘘だろう? 一部屋くらいなんとかなったろうに」

「空き部屋はつぶされたんだよ。物置にされたり、小火騒ぎになったりして……はっきり言ってお前がここに来る事が決まってから空き部屋がつぶされた。つまりお前がわたしと相部屋になるように仕組まれたんだよ」

「なんでだ!」

「いじめだ、いじめ」

「いじめ?」

「自慢じゃないが、この学園の中には、わたしを快く思わない連中が何人かいるんだ」

「そうなのか?」

「ま、元貴族というのが、平民たちには気に入らないのだろう」

「……本当は、その性格が災いしているんじゃないのか?」

「うるさい! とにかく、わたしの評判はよくない。お前の国と同じでな」

「俺の国が?」

「ああ。お前の国、最近評判よくないぞ」

「なに?」

「生意気だって。領土広げようとしたり、軍備拡充したり。東洋人の国の癖にさ」

「東洋人の国が、西欧の国々と肩を並べるために頑張っているのがいけないことか?」

グレイはため息をつきながら肩をすくめた。

「これだからなぁ」

「なに?」

「門を閉ざしていた未開の国が、欧米諸国からちょっと技術を提供されて、一生懸命頑張るのはいいよ」

「だったら!」

「猿真似で頑張るのはいいけど、なに肩並べたり、対等に話しようとしたりしているんだって、ことさ」

「な、なんだと?」

「わたしはそうは思っていないぞ。わが国も錬金術時代の名残から、アルコールや薬酒で生計立てているような小さな国だからな。でもあいつらは違う。ある連中から言わせればなんで東洋のサルに文明与えちゃったんだって言う奴もいる」

「ふざけた事を。我が国の先人たちが、どのくらい不平等な立場を改善するために辛酸な歴史を耐えてきたと思っているんだ!」

「だから、わたしの意見じゃない。ま、堅く考えるな」

「し、しかし」

タケルは自分の祖国を愛していた。

西欧諸国に負けないように、努力を重ねてきた先人たちの偉業を誇りに思っていただけに、そんな風に諸外国から見られていたとは心外であった。


タケルは胸の奥から頭に向かって熱いものが噴出しそうな気持ちを

必死に抑え、拳を握りしめて堪えた。

グレイはタケルの気持ちが少し静まるまで間をおいてから再び話を始めた。

「大国の留学生たちは、この国に来たのは古の魔法の秘密を探るためだ。それを東洋の生意気な国が後からやってきて持っていかれたらいやなんだよ」

「それで、いじめ、なのか?」

「そういうことだ。ま、一番の理由はわたしを男と同室にさせて、ほえ面かかせたかったようだがな」

「ちょっと待て……それは、お前へのいじめに俺が利用されたということじゃないのか?」

「細かい事は気にするな」

「……」

「とにかく、自分と自分の国が置かれている立ち位置を理解して、行動しろということだ」

「うむ……しかし考えたこともなかった。そんな風に見られていたとは」

「ま、この学園に来ている連中は、基本的には根は単純な奴が多い。だが最初はお前につっかかる可能性があるからな」

「わかった。忠告、肝に銘じておく」

タケルの落ち着いた顔を見てグレイは少し微笑んで立ち上がった。

「さて、この後飯まで時間がある。もう少し校内を案内しよう」

「助かる」

「ちょっと待ってろ。この汚れた服を着替えるから」

そう言うが早いかグレイはネクタイを緩めてワイシャツのボタンを外し始めた。

「って、待て、ここで着替えるのか?」

「当たり前だ、ここはわたしの部屋だぞ」

「ちょっとでている」

立ち上がるタケルの腕をグレイが掴んだ。

「わたしはかまわない。見たくなければ壁の方を向いていてくれ」

「し、しかし」

「いいから。ここでお前が部屋を出たら、あいつらの思う壺だ」

「あいつら?」

「わたしたちを同室にしたやつらだ」

「どいうことだ?」

「同室になることで私たちがオロオロする様が見たいのだ」

「なんだと?」

タケルはそっと扉を開いて廊下を覗いてみると、数人の学生が廊下にいてこちらをニヤニヤしながら見つめていた。

「なんだ、あいつらは」

「多分あいつらは部屋の外でお前かわたしが飛び出してくるのを待ち構えている。だから、平然と過ごしてやるんだ、いいか?」

「なるほど。しかし」

「わたしは別にお前に裸を見られてもかまわない」

「そうなのか?」

「そんな事ぐらい、今まで受けてきた辱めの中ではたいしたものでもないわ」

「……」

タケルはグレイのその言葉から、

元貴族の娘であるグレイが

たった一人でこんな学園寮にいる境遇に行き着くまでに、

数々の辛辣な思いをしてきたのだと理解した。


タケルは、踵を返すと無言のまま壁の方を向いて、

グレイが着替えるのを待った。


グレイは着替え終わるとタケルと一緒に廊下に出た。

「こっちだ、タケル」

何事もなく平然と歩く二人に、

待ち構えていた他の生徒たちから失望の入り混じったため息が聞こえてきた。

その中を一人、してやったりという表情で

グレイは生徒たちの間を歩いて行った。

周囲から舌打ちや小声で悪態をつくものもいたが、

グレイはすました顔で彼らの間を抜けて階段を降りようとした時だった。


「かつての名家も東洋の猿が似合いの凋落ぶりだな」


グレイの足が止まった。


周囲は一瞬にして緊張感が走った。

仮面のように全く表情がなくなったグレイが振り返った。

「今言ったのは、誰?」

途端に生徒たちが左右の壁に身をひいた。

開けた空間に独りだけ立っている男がいた。


身長は百八十センチくらいで、

黒い髪をしっかりとセットした身なりのきれいな男だった。

男はグレイをからかうような表情のまま、青い瞳で見つめていた。

「俺だ。ジェームスだ。何か気に障ることでも言ったかな」

グレイはジェームスを冷静な表情で見ていたが、ゆっくりと口を開いた。

「今の言葉……わたしに言ったのなら謝れば許す。我が一族を愚弄した言葉なら取り消して謝罪しろ」

グレイの言葉は抑揚もなく、冷静に見えていたが、

内に押さえ込んだ感情は煮えたぎったマグマのような状態だった。

ジェームスと名乗った男は、

少し口元を歪めてあざ笑うようにゆっくりと近づいてきて

グレイを見下ろした。

「どちらか? 答えは明白だ。お前とお前の一族、両方に言ったんだ」

そうジェームスが答え終わるか終わらないうちに、

グレイは自分がはめていた衣の手袋を素早く取って、

ジェームスの顔に叩きつけていた。

「決闘だ! わたしは何を言われてもかまわない。だが、我が一族を愚弄するような侮辱は許さない」

「手袋を投げるとは、古典的だな」

一瞬の出来事に、しばし呆然としたジェームスであったが、

すぐに余裕の笑みを浮かべると投げられた手袋を拾うとして体をかがめた。

その瞬間、グレイがジェームスに飛びかかった。

不意を突かれたジェームスは、

もろにグレイのとび膝蹴りを左頬に受け、後方に転倒した。

あまりの一瞬の出来事にタケルは呆然と見つめてしまい、そして思った。


『このグレイなる女はなんと手の速い奴だろうか、というか、決闘を申し込んだのはいいがこれは不意討ちじゃないか?』


そんなことを考えている間に、

グレイは倒れているジェームスの上に飛び乗っていた。

しかしいかんせん、対格差のあるジェームスにすぐに払いのけられてしまった。

それでもなおグレイはジェームスに飛び掛ろうとした時だった。

タケルはジェームスが立っただけでなく、

体をやや斜めに構えて臨戦態勢に入ったのを見ていた。

『このままでは下手するとグレイは逆に返り討ちにあってしまう』

そう思ったタケルは、咄嗟に二人の間に体を入れて、グレイを抑えた。

グレイがタケルの上着を握って詰め寄った。

「タケル、邪魔するな! こいつはわが家の名誉にかけて絶対に許せん」

ジェームスがニヤリと笑って肩の力を抜いた。

「おっと、やっと止めに入ってくれたか。全くなんて女だよ」

その言葉を聞いて、グレイを抑えていたタケルがジェームスの方に振り返り、

顔を近づけて間近で睨んだ。

「勘違いするな。決闘は続行だ」

「なに?」

「ただし、決闘なら俺がやる」

グレイとジェームスは一瞬ぽかんとした顔でタケルを見ていた。

「なんだ? サルの分際で俺と闘う気か?」

ジェームスが笑顔になってタケルをにらみ返した。

「サルが怖いのか?」

二人のにらみ合いがしばらく続いた。

「おもしろい。決闘の種目はなんだ?」

「男なら素手で来い」

タケルの申し出にグレイが慌ててタケルの上着を引っ張った。

「バカ! そいつはボクシングの国際大会にイギリス代表で出場するような奴だぞ」

タケルは忠告を聞いてもジェームスから目を逸らさなかった。

「何でもいい。やってやる」

「いいのかよ? ハンディくれてやってもいいぞ?」

「だったら、こっちからの条件は一つだ」

「なんだ、言ってみろ」

「時間無制限、どっちかが動かなくなるまでノンストップだ」

周囲にいた生徒たちから歓声が上がった。

「バカか? お前がよければその条件でいいぞ。場所と時間は?」

「今すぐ、外に出ろ、イギリス野郎」


つづく!

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