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ルームメイトに問題があっても。

ソシアルケミストという国へ留学生として左遷させられた海軍少尉ホンゴウタケルは、出迎えに来たルームメイトのグレイに先導され学園の中へと入っていった。

グレイに従うように校内に入ると、

広大な敷地の中にいくつものゴシック風の建物が並び、

一番奥に列車の窓から見えた白い尖塔をもつ大きな建物が見えてきた。

「あれが大講堂と階段教室が入った通称時計塔講堂だ。授業はあそこで受けるんだ」

「時計塔講堂……」

タケルはその大きく荘厳な建物にしばし圧倒されていた。

外国には天にも届くような建造物があると聞いてはいたが、

実際に目の当たりにするとその迫力は想像以上だった。


「タケル ホンゴウ。長旅をご苦労様。私が校長のハウエルだ」

 時計塔講堂の奥につながる長細い建物の中央付近、

そこにある校長室に通されたタケルは、

白髪に長い髭を蓄えた老年の男性を目の前にしていた。

「ホンゴウタケルであります。まだこの国の言葉は十分にありませんが不退転の気持ちで粉骨砕身勉学に励む所存であります」

「いやいや、なかなか発音もよろしいし、何よりもはっきりした言葉で気持ちいい」

「いえ、まだ修練中です。貴国に滞在中に更に上達するよう励みたいです」

「そうか。それで、こちらが軍事学の講義を担当するフォッカー先生」

 白髪老人の校長が右手に立つ、校長と同じくらいの年老いた男を紹介した。

「よろしくタケル君。この講義も後継者がいなくて私のような老いぼれだけじゃが、何か一つでも役に立ってくれればと思う。よろしくな」

「よろしくお願いいたします」

フォッカーは浅黒い肌に白髪の混じる金髪の老人であったが、鋭い眼差しからは、

若い時はさぞかし鬼教官として名を馳せていたのだろうと思われた。

しかし予想以上に老齢の講師であり、

このような老人の講義を聴きに各国から留学生が来るというのは本当なのか、

タケルは疑わしく感じていた。

タケル自身もこのフォッカーから軍事学を学ぶために留学に来た事になっているが、本来の使命は別にあったから尚更であった。

タケルの本来の使命。

それは当然タケルの心の中に秘められた事柄であったが、

初日からグレイにその事を指摘された。

「で、お前もあれ狙いなんだろう?」

「あれ?」

「この国の失われた魔術を探しに来たんだろう?」

 校長室を出てグレイと二人で廊下を歩いている時に、

不意にタケルは質問され、内心少し焦ってはいたが、

そんな気配も感じさせないように平静を装った。

「魔術、とは?」

「とぼけるなよ。国外から来る連中は皆それ狙いだ。ありもしない、古の魔法の存在を確認しに来ている。おまえもそうだろ?」

高い尖塔を持つ講堂講義室棟から学生寮へと繋ぐ回廊を歩きながら、

グレイはタケルの方に振り返って訊ねた。

「お前がどう考えようと勝手だが、俺は上官の命でこの国の軍略術を学ぶように言われてきたのだ」

「お前、硬いなぁ。残念だがお前がこの学校にくるのが円形魔術の存在を探るためだということをわたしは知っているぞ」

「カマをかけるのも大概にしろ」

「お前らの暗号のやり取りなぞ解読済みだぞ」

「ありえん! そんなこと」

「ま、いずれお前も現実を知る事になるさ」

そう言いながらグレイは、白いゴシック調の建物の扉を押して中に入った。


グレイの後についてタケルも建物の扉をくぐり、

使い込まれて自然の艶が出ている手すりがついた

古ぼけた階段を三階まで上がった。

たくさんの扉が並ぶ長い廊下の突き当たりにある扉の前に立つと、

グレイは鍵を取り出して、慣れた手つきで部屋の扉を開いた。

「ようこそ。ここが今日からわたしとお前の部屋になる、寮の部屋の中でもスイートルームと呼ばれる最上の部屋だ」

「スイート? 気持ち悪い事を言うな」

タケルはそう言いながら古ぼけた部屋の中に足を踏み入れた。

中は十二畳ほどの広さで、

突き当たりに向かいあわせで本棚付きの机があり、

椅子の後方に二段ベッドがそれぞれあった。

ベッドの下段は就寝用で、寝具が置かれていたが、

上段は物が置けるようになっており、毛布も枕も置いていなかった。

多分もともと4人部屋だったのだろう。

壁は少し薄汚れた白い漆喰の壁で、

飾り気のない暗茶褐色の木で出来た柱や窓枠が少し部屋を暗く感じさせていた。

グレイはベッドの上段に荷物を置いたタケルの前に歩いてくると

先ほどからしていた皮の手袋外して白く細い右手を差し伸べた。

「そんなわけで今日からお前のルームメイトになったグレイだ。あらためてヨロシク」

タケルはグレイの方を向くと直立不動の体制から腰を曲げ、頭を下げた。

「ホンゴウタケル、日本人だ。よろしくお願いする」

「おい、おい、ここは日本じゃない。シェイクハンドで挨拶だ。ほら」

タケルは頭を上げるとグレイの手を握った。

「ああ、郷に入れば郷に従う、だな。よろしく」

「ゴウ……ゴウ?  ま、いいや。おかしな奴だな。で、さっきも聞いたが、お前がこの国に来た目的はなんだ?」

「俺はこの国が発祥である『天候地水軍略術』を学びに来たのだ」

「そんな迷信がかったような時代遅れの戦略術がなんの役に立つ?」

「海で船を指揮する者は皆その軍略術を密かなる聖典として称えていると聞く」

「なるほど。お前は海軍の軍人か」

タケルはグレイの誘導に掛って自分の素性をばらしてしまったことに一瞬動揺した。

「そ、それが、なんだ?」

「ただの学生ではなさそうだと思ったが。なるほどなるほど」

タケルは少し焦っていたが、自分が軍人だということはいずれわかることだと考え直し、

気持ちをすぐに切り替えて逆にグレイに質問することにした。

「そういう貴様は、どこの国のものだ?」

「わたしはこの国の人間だ」

「なに?」

「軍略も魔法にも興味がない、ただの学生さ」

そう言うとグレイは飛行帽を取って帽子掛けに引っ掛けた。

頭の後ろでまとめていた上等な絹糸のような艶がある長い金色の髪に、タケルは一瞬無意識のうちに目を奪われた。珍しそうに自分の髪を見つめたタケルを見透かしたように、グレイは後ろでまとめていた髪をほどいて見せた。

「り、留学生が大半を占めると聞くこの学園で、自国の人間もいるのだな」

タケルは平静を装いながら上着を脱ぐと、何かを悟られまいといった様子で上着を右手ではたいて埃を落とした。

「わけありだからな」

「わけあり?」

グレイは自分のベッドに腰掛けると長い髪の先を指に巻くしぐさをした。

「わたしは元貴族の娘だ。だから簡単に言うと行くあても引き取り手もないからここに居るというわけだ」

「元貴族……そうだったのか」

「ああ」

タケルはベッドに腰を下ろしながら、目の前にいるさばさばとした雰囲気のグレイに『元貴族』という想像もできない過去があることに少し驚いていた。

「いや、ちょっと待て」

「なんだ?」

タケルは身を乗り出してグレイの顔を見た。

「い、今、なんて言った?」

「だから元貴族だ。ああ、平民出身だからってわたしに気を使うことないからな」

「違う! そ、そのあと、たしか」

「たしか?」

「娘、と言わなかったか?」

「それがどうした?」

「お、お、お前、女、か?」

「そうだが? 気がつかなかったのか?」

そう言うとグレイは制服のジャケットを脱いで見せた。

白いワイシャツの下に女性特有の胸の膨らみが見えていた。

「だ、だが、その、その制服は男の」

「ああ、当初身を隠すためにこの学園に男と偽って入学した経緯から、男装でいることが多いんだよ」

「お、お前が女、いや、女性だと言う事を知っているのは校長だけなのか?」

「いや、他の先生も知っている」

「では、学生たちは知らんということか?」

「いや、知っている」

「は?」

「皆わたしが女である事は知っている」

「男と偽って入学したのではないのか?」

「無理あるだろう、そんな馬鹿げたこと。現実に続くわけないじゃないか。入学早々にみんなにわたしが女だと言う事は触れ回ったよ」

「男と偽って入学したことの意味ないだろう、それ」

「ま、面倒な事は性に合わないんだよ」

「そうか。なるほど」

タケルは少し落ち着きを取り戻しながら再びベッドに座りなおした。

「ま、面倒だけど、もう少し女らしく話をしてやるよ」

グレイは少しかしこまって咳払いをすると、少し首を傾げて笑顔を作ってタケルを見つめた。

「あらてめまして、わたしはグレイティア……わたしの話、納得した?」

急に少女のようなしぐさを取られてタケルは一瞬ドキリとしたが、すぐに気持を落ち着けることに努めた。

「ああ……いや! そうじゃない、それより大事なことがある!」

再びタケルは身を乗り出してきた。タケルの真剣な表情とは対照的にグレイは少々面倒くさそうにタケルを見つめていた。

つづく!

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