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アングレカム靴店の日誌  作者: 防人
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魔女の胸奥

 数日後、僕らは商店街から10キロ程離れた森へと足を運んでいた。そこに住んでいる魔女に、会うためである。

 幼い頃から慣れ親しんだこの森は、実を言えば近隣住民から“死の森”と呼ばれ恐れられている。では何故、そんな大層物騒な名で呼ばれているかといえば___


 曰く、“死の森”のは子供を食べる恐ろしい魔女が住んでいる。


 曰く、魔女の使い魔である獣が森の中を闊歩している。


 曰く、魔女の領域に一歩でも立ち入れば蔦がたちまち足に絡みつき泉まで引きずられ落とされてしまう。


 曰く、魔女の機嫌を損ねたものは醜いカエルにされてしまう。


 実際はそんなことはなく、彼女は子供を食べはしないし、森の中には普通の動物が住んでいるだけである。

 蔦が絡みつくのはただ単に魔女と遭遇した事に焦り走った村人が、蔦に足を絡ませて転び泉に頭から飛び込んだだけのこと。森の中は鬱蒼としていて薄暗く、そんな中光にすがって走るのはおかしい事じゃない。

 唯一、最後の話は否定しきれない物があるが・・・。いや、別に本当にカエルにされるわけではない。される訳ではないのだが、それ以外の物にしてしまうので否定しきれないのだ。

 本人も噂を面白がっているから、こう言った手のものは一向に減る素振りもない。身近な者としては、少しでも減らしたいと思うのだが・・・本人に止められ、尚且つオルコットが否定的な為手出しはできない。

 “死の森”は、深く険しい道のりが続く。村に隣接する道は比較的舗装され、薬草の採取などで度々人が通るが、それ以外は密猟者であったり何も知らぬ旅人であったり。そんな者達が使う正規の道を大きく外れ、一時間ほど歩いた場所に、自分の悪口を面白おかしく聞く“死の森”に住む魔女___ガゼルがいる。


「久しいね、エリオット。ご無沙汰かな?」

「お陰様で充実した日々を送っていますよ、今のところは」

「オルコットも、元気そうでなによりだよ。相変わらず仲がいいねぇ」


 くくくっと、紅いローブを羽織った魔女___ガゼルは、肩を揺らして笑った。

 オルコットは僕の服の裾を握っていたのだが、自分の名前が呼ばれた瞬間びくっと震えた。こちらも相変わらず、ガゼルが苦手な様である。

 曰く、見つめられる瞳に熱がこもっていて寒気がするとか。

 普段街で女性に見つめられるのとは種類が違うようで、不気味であるというのが人見知りな我が弟の言い分である。

 これからも会う機会はあるんだからいい加減慣れておけ、街娘を無視することは得意だろう。

 そう言えば「それとこれとは話が違う」と返され、挙句の果てに「兄さんは鈍感だ」とまで言われた。

 弟が兄に優しくない。


「それでエリオット、今日は何のようだい」


 ガゼルは人数分のハーブティーを用意しながら尋ねた。僕は椅子に座りながら答えを返す。


「少し、面白い拾い物をしてね」

「面白い、か。珍しいねぇ、君が自分から話を持ち出すのは」

「そうかな」


 ガゼルはチラリとオルコットを見てから、再び笑みを深めた。


「だがまぁ、君がそこまで言うなら乗らない手はないね。オルコット、これからは商談だ。泉まで行って薬草を採りに行ってきてくれ」


 オルコットは普段、店の経営をすることはない。本人が表に出るのを嫌がるためでもあるが____それに至る理由が、根強く身に絡みついているためだ。

 だからオルコットは、商談の場にも顔を出さない。

 これから彼女と行うのは商談ではない。しかし、商談であると言うことで、オルコットをこの場から遠ざけようとガゼルはしているのだ。

 椅子に座りチビチビとハーブティーを飲んでいたオルコットは、あからさまに顔をしかめた。


「えー・・・ハーブティー・・・」

「終わったら新しく淹れなおしてあげるよ」

「・・・わぁったよ」


 唇を尖らせながらすねるオルコットは、それでも慣れた手つきで棚からかごを出した。それに苦笑しながら「行ってらっしゃい、オル」と言えば、


「ん、行ってきます」


 と、肩越しに微笑み小屋から出て行った。


「くくっ・・・ふっ・・・!」


 それと同時に口から微かな笑い声を漏らすガゼルに、咎めるような視線を送る。


「ガゼル」

「ふっ、すまない・・・いやぁ、しかし、あれは良い!

 持ちこたえるのが大変だったよ。あれで素だというのだから性質が悪いねぇ。服の裾を握る、両手でカップを持ってハーブティーを飲む、しまいにゃぁ、振り向きざま兄に微笑む!どれだけ私のツボをつけば気が済むんだいあの子は!」

「ツボねぇ、僕には分からないけど」

「萌えだよ萌え!分からないかなぁ、この心に芽吹く感覚が!!」

「今の貴方を見ると、分かりたくはないかなぁ」

「失礼な!」


 この様に、魔女ガゼルはオルコットが居なくなると本性が現れてしまう。

 こうして見れば、オルコットが怖がる必要性はないんだがなぁ・・・。彼女は決して「観賞相手には本心を見せない」らしい。

 曰く、ガゼルのような女性は少なくはなく、別名腐女子とも言うらしいのだが、僕には一向に分からないし、分かりたくもない。




「ふぅ____それじゃぁ今日も、面白おかしく世間をかき回そうか」




 そして今日も、僕らの”ゲーム”が始まる。

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