弟の変化
ちょっと短め?
ため息を付きながらパラパラと書類を眺めていると、中央広場にある時計塔が天辺を示したのか、東天紅のクックドゥードゥルドゥーという鳴き声が聞こえた。
創設者が鳥を模して作らせたその時計塔は国で一番高く景観だと有名であるが、高台から鳴り響く十二時を知らせる音が個性的であるというのが有名である割合を占めている。六時、九時を示す音は鐘の音なのだが、何故十二時だけクックドゥードゥルドゥーなのかは原因は分かっておらず、様々な人間がそれについて議論を交わしている____とかいないとか。
最早なぜそんなことに時間を使うのか解らないが、戦争が終わった今、平和である事に退屈を覚えた人々は面白可笑しいことに金をつぎ込んでいるというのがある筋からの情報である。
平和が一番であるというのに、どうして態々自分から厄介事を持ち込むのか。呆れ半分で本日何回目かもわからないため息をつくと、それと同時に裏口の方から扉を開く音がした。
そうか、十二時になったということは、もうあいつが帰ってきていい頃か。
カウンターにノートを置き視線を店の奥にある扉に向けると、ちょうどあいつが入ってくる所だった。二時間ぶりに見るその顔に、自然に僕の顔が緩んだ。
「おかえり、オル」
本名、オルコット・ネメシア。ここアングレカム靴店の店員であり、僕の実の双子の弟である。透けるような金髪は耳に掛かる程度で、そこから垣間見える青のイヤリングが光に反射しキラキラと輝く。鋭い目はいつも無愛想にしているため相手に威圧感を与えているし、見た目が不良然としているから周りに人が寄ってこない。ただ、顔立ちは良いからそれ目当ての女は寄ってくる。それによって余計無愛想になるという悪循環。
しかしオルは見掛け倒しの不良で、本当は人見知りで口下手なだけのヘタレだ。「いっそのこと本当の不良に見えるように、形から入ってみれば?」という僕のアドバイスにも素直に従うという純粋さである。今日も今日とて可愛らしい僕の弟の魅力に気づいてくれる女性はいつ現れるのか・・・。
「ただいま、兄さん。頼まれたもの買ってきたよ」
「ん、ありがとな」
そう言えば少し嬉しそうに目元を垂らして笑うオルコットは、警戒心が強い猫の様。思わずわしゃわしゃと頭を撫でると眉間にしわを寄せて腕を振り払われた。
「子供扱いしないでよ」
「してないよ。・・・それより、今日は何時もより嬉しそうだな。何かあったか?」
「べ、別に・・・」
・・・ん?
オルコットが頬を染めた。嫌な予感がして問い詰めようとしたら、急に慌てながら荷物を僕に押し付け逃げ出そうとした。やっぱり何かあったな。
「あ、兄貴には関係ねぇ!」
そう叫ぶオルコットの顔は、耳まで赤く染まっている。
「おい、ちょっと待てオルコット!今の反応は何だ!!」
「う、うるせー兄貴のアホぉ!」
扉を叩きつけるように閉め逃げ去ったオルコットの顔は、いつか見たことがある。
そう、あれは三軒隣にある花屋の主人が去年の秋頃していた顔だ。
筋肉竜骨な彼は花屋の主人にならざるべくしてなってしまい、ガタイが良いせいか全くと言っていいほど客が店に寄り付かなくなってしまった。それを見かねた僕が苦肉の策として見繕った青年を店員としたところ、なんとか花屋は経営をを持ち直した。
店長は御年三十、最早花屋の用心棒となっている彼は今年も出会いもなく一年を終えるのかと、可哀想な御仁に両手を合わせた矢先の事であった。
「いやぁ私、子爵家の令嬢に求婚されまして。カポックさんに店を譲って婿入りすることになったんです」
その言葉を聞いた時の周囲の反応と言ったら、もう。これぞドンチャン騒ぎだと三日三晩祭り騒ぎが起こり、酔った男どもが暴れだし飲み倒し、警邏隊にお世話になったのが懐かし____ではなく、その主人(仮)がその時にしていた顔が問題なのである。つり上がった目元を盛大に垂らせ惚気る彼は、正に、先程オルコットがしていた顔と同じなのだ。
つまりオルコットに、好きな人ができた、もしくは告白されたか・・・。いや、あいつは告白され慣れている。ここは前者が正解だろう。
「そうか、好きな人・・・」
軽く女性恐怖症になっている弟が好きになった女性とは、一体どんな人なのだろうか。
『エリー、なんか怖い顔してる・・・』『何か企んでるねー』『どうせオルコットの想い人でも探そうとしてるんでしょー?』『じゃぁ、あの人のとこ行くのぉ?』『行くんじゃないぃ?』『えー、魔女のとこ?』『しばらく行ってなかったからねー』『じゃぁ増える?』『増える、増える』『“仲間”が増える』『やった、やった』『なら、また面白いことやるのぉ?』
面白いこと、か・・・。
「そうだな、またやるよ。今度はもっと、盛大にやろうかな」
靴たち曰く、その時の僕の顔は今まで見てきた中で一番悪い顔をしていたという。
9月12日修正入れました。