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アングレカム靴店の日誌  作者: 防人
2/4

今日も今日とてしがない店主

9月12日修正入れました。

『深い深い、森の中。赤いレンガで作られた小さな小屋には、変わった魔女が住んでいる。彼女はホウキの代わりに針を持ち、杖の代わりに鋏を掲げる。虹色の糸を縫い込んで、皆の願う靴を作る。彼女にしか作れない不思議な靴。みんなが望む、願いを叶える靴。それを履けば願いは叶い、必ず幸福が訪れる』


 そんな“噂”が流れ出したのは、一ヶ月程前の事だった。隣の国のお姫様が、ガラスの靴は魔女によってもたらされたと家臣に話したのがきっかけであるらしい。それを旅人が伝え歩き、とうとう隣国のそこそこ大きな商店街にまで伝わってきた。娯楽の少ない生活を送っている者からしてみれば、信憑性にはかけるものの、一時の暇つぶしにはもってこいの話題だったのだろう。噂が広まった地域の靴屋は、閑古鳥がなる暇もないらしい。

 そしてそれは、僕の経営する靴屋も例に漏れず___。


「いらっしゃいませ。本日はどのような靴をお探しで?」


 開店してから一時間、一人目のお客様が現れた。

 大振りなドレスに悪臭を放つ香水。それに加えて厚化粧。唯一許容できる点は宝石の趣味が良い事だろうか。いかにも貴族婦人を体で言っているお客様に、僕は接客専用の笑顔を振りまいた。


「最近願いが叶う靴がこのあたりで出回っていると聞き探しに来たのですが、お心当たりはありませんか?」


 貴族婦人の後ろに使えていた執事が言った台詞は、ここ最近耳だこができるほどよく聞く言葉だった。

 噂が売り上げに貢献してくれているため、話を広めてくれたお姫様には感謝している。しかしそれは、裏を返せば噂がなければ風前の灯寸前であるということである。

 嬉しい事やら悲しい事やら、今はそれに縋り付くしかない。

 僕はいかにも残念といった表情で口を開いた。


「あぁ、あの噂の。申し訳ありませんが、当店にはお客様の願いを叶える靴は置いておりません」

「そうですか。お手数をおかけ致しました」

「いえいえ、そんな事は。それに噂を信じ自らの足で探し回る、純情な奥方にお会いできましたので。今ばかりはこの役どころに喜びを禁じえません」


 笑顔を振りまきながら、どうせ床まで付くようなドレスなんぞモップ替わりにしかならないのだから、一足くらい見繕って店内を掃除してはくれないかと脳内で毒づく。一足と言わず、二足三足選んでくれたら願ったり叶ったりだ。何日かは工房に入り浸りになるが、接客は弟に任せればいい。

 そのくらいなら、あいつもやってくれるだろう。無愛想なのが珠に傷であるが。


「ふふふ、お世辞がお上手で」


 今まで黙っていた婦人が、持っていた扇をいじりながら(表面上は)奥ゆかしく笑う。が、その裏では何を思っているのか分からない。どうせ言われ慣れてるから、今さらんなこと言われてもどうも思わねぇんだよ若造が、位のことは思っているのやもしれない。


「そんな事はありません。奥様はとてもお綺麗ですので、殿方は放っては置かないでしょう?」


 はっはー、あんたが言われ慣れてるように、こっちも言い慣れてんだよ年増が。その顔の横に付いてる飾りもん引きちぎってやろうか。


「もう・・・私、最近未亡人になったばかりですのよ・・・?」

「それは失礼を」

「・・・私としては、」


 艶かしい動きで婦人は僕に近寄る。香水の香りが鼻腔いっぱいに広がり、吐き気を覚えた。服に匂いが付いたらどうしてくれるんだ。

 内心そんな事を考えながらも、表情には少しも出さず笑顔で接する。この靴屋を継いでからというもの、僕の演技力が上がったのは気のせいではないだろう。


「貴方のような殿方に慰められるのも、悪くはないと思いますの」


 真っ赤に塗りたくった爪が、頬を流れる。甘ったるい猫なで声が耳元で囁かれ、全身に鳥肌が立った。調子に乗るなよアバズレ。あんたが客じゃなかったら今すぐその髪引っこ抜いて身ぐるみ剥いで噂の魔女んとこ連れて行って実験台にさせてやるところだった。


「僕の様な未熟な男が、あなたのような人を慰められるとは思えません」


 あくまでも自分を下に見立てて断る。そうすれば相手の機嫌を損ねることなく話を終わらせることができると、父から聞いた。


「・・・ふられてしまいましたか。仕方ないですわね。ふふ、ではご迷惑をおかけしたお詫びとしてそこの棚の物、全て買い取りますわ」


 婦人が指さしたのは、窓際に置いてあった十足。あわよくば二~三足と考えていたが、それは僥倖。にやりとほくそ笑みそうになる口元を何とかこらえる。


「ありがとうございます」

「セバス、先に戻っているわ。後のことは頼んだわよ」

「畏まりました、奥様」


 婦人は笑みを浮かべながら店から出て行った。あの婦人が出て行ってくれたおかげで空気が美味しい。

 残された執事はセバスというらしく、やはりフルネームはセバスチャンなんだろうか。気になるところではあるが、今は仕事中である。改めて気を引き締め、僕は執事に向き直った。


「代金の事ですが、これくらいはいかがでしょう」


 そう言って懐から取り出したのは、恐らく硬貨が入った袋。受け取ってみると、どう考えても重さが婦人が買い取った靴の総額を余裕で超えている。


「・・・中を確認しても?」

「どうぞ」


 許可をもらったので遠慮なく中を覗き込む。

 予想通り、中身は沢山の硬貨だ・・・が、この量と種類はどう考えてもおかしくはないだろうか。


「申し訳ありません、これは流石に」

「少ないと?」

「いえ、そういうことではなく!」


 焦って両腕を振りながら考える。何なんだこの貴族は。なにやら良からぬ事に巻き込もうとでもしているのか。


「それでは、代金はそれで」

「・・・畏まりました。それではあちらの棚ですが、全て女物となりますが色がそれぞれ分かれております。後日そちらに見本をお届けすることもできますが」

「全て青で統一していただけると」

「青、でございますね。畏まりました。足型はどういたしましょう」

「後ほど送らせていただきます」

「完成品は輸送と受け取り、どちらになさいますか」

「ご連絡して頂ければ私が受け取りに参ります」


 何と言っても即座に返ってくる返答すげぇ。執事すげぇ。


「それではこちらの書類に記入をお願いいたします」


 僕はカウンターに置いていたノートを開き渡した。先代から引き継いだそれは、端が破けていたりとボロボロになっている。

 弟からは「もう古いんだから買い換えたら?」と言われたが、僕はこの一冊に色んな人の思いがぎっしり詰まっているような気がしてどうしても手放せない。

 二センチ弱あるノートは流石に重いだろうかと椅子を勧めたが、立ったまま流れるような筆跡で書類に記入している執事はそれを断った。問題ないらしい。


「終わりました」

「ありがとうございます。それでは出来次第ご連絡させていただきます」


 受け取ったノートを小脇に抱えたまま頭を下げると、カランとドアに掛けてあった鈴のなる音が鳴る。執事はまだ帰らない。少ししてから、靴音が変わる音がした。どうやら外に出たらしい。しかしまだドアの閉まる音はしない。


「・・・お一つ、お聞きしたいことがございます」


 そんな執事の声で、僕は顔を上げた。彼の顔は相変わらずの無表情で、執事というものは全員が全員こうなのかと不思議に思う。主がいない時くらいは普通にできないのか。

 昔、どこかの貴族に使えている執事に聞いたことがある。執事というものは、何故主がいない時でも気を抜くことがないのかと。帰ってきた答えは、僕には到底理解できないものだったけれど。


「貴方様は“願いが叶う靴”が存在すると思いますか?」


 それは、ぎこちない質問だった。恐らく自分の中でも、その事について整理が出来てはいないのだと思う。

 この世界には、確かに魔女というものは存在する。大抵は人目のつかない場所に住んでいて、動物と意思を交わす事ができ、薬草を使い薬を作る。外見はしわがれた老婆の姿をしていて、小さな子供を食べるとか食べないとか。まぁ出来ることは他にも有るのだろうが、一般的に広まっている魔女とは、そんなものだ。言う事を聞かない子供に、説教ついでに吹き込む怖い話。それに尾ヒレ背ビレがついて、今の“魔女”を形作った。

 嘘八百、不愉快極まりないと言うのが、とある魔女の言い分であったりする。


「そうですね・・・魔女は奇跡を起こす。ならばそんな彼女たちが作った靴なら誰かの願いを叶えられるのではないでしょうか」

「彼女たちは超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間です。自ら他人の願いを叶えるとは思えません」

「ですが、白魔女と呼ばれる魔女も確認されています」

「彼女たちが行うのは占術や医療行為でしょう。願いを叶えることができる靴など作れるとは到底」

「では、そういうことなのではないでしょうか」


 結局、彼がしたかったことは持論の補強だ。主の考えを真っ向から否定できる神経を持ち合わせてはいなく、そんな事を言える人材も周りにいなかった。だからこそ、なんの関係もない、そう何度も会うこともない僕に魔女のつくる靴の存在を確かめたかった。


「・・・ありがとうございました。それではこれで失礼」

「はい、またのお越しをお待ちしております」


 再び鈴の音が鳴り、今度こそ店の扉が閉まる。それと同時に、僕は大きなため息をついた。仕事は終わってはないけど、客の前であんなに気を張ったのは久しぶりかも知れない。

 あの執事、基礎ができても応用ができないタイプだな。わざわざ僕に聞くことでもないだろうに、確信があるなら他人の意見なんていらないだろう。もしくはお仲間が欲しかったか、か。面倒くさい。


「あー・・・早く閉店時間になんねぇかなぁ・・・」


 結構な金額が手に入ったのでもう接客をしたくない。近くにあった椅子にどかりと座り、自慢の金茶色の髪をぐしゃりと握れば、その拍子に髪に付けていた髪筒が音を立てて落ちた。慌てて拾ったが手遅れなようで、悲しいことに填められていた石には綺麗なヒビが入っている。


「うわっ、割れてる。新しいの買ってくるか・・・」


 がっくりと肩を落とすと、何処からか声が聴こえてきた。

 因みに店内には当たり前だが客はいなく、唯一の家族である弟は朝から買い出しに行かせているため此処にはいない。つまるところ、自分以外の声が聞こえるはずも無いわけだ。


『いいお店、知ってるよ』『ちょっと高いけどね』『連れてってあげようか?』

「うるさいな、連れてくのは僕だろうが」


 髪筒を見ながらこう言えば、帰ってきたのは批判と笑い声。


『酷い、酷い』『僕らがいるからシゴトが出来てるのにー!』『生意気だぞー』

「どっちがだ!」


 積もりに積もったイライラを吐き出すように怒鳴ると、より一層声が大きくなった。まったくこいつ等は・・・。


「踏みつけてやろうか・・・」

『あっははははは』『変なこと言うなぁ、エリーは』

「その名で呼ぶな!」

『わーエリーが怒った!』『踏みつけてやろうかだって』『変なの、変なの』『いつも踏んでるくせに』『僕らは“靴”だから、踏まれるのは当たり前なのにねー』


 そんな声は、それこそ360度全方向から聴こえてくる。当たり前だ、何と言ったってここは“靴屋”なのだから。靴の声がいたるところから聴こえて当然だ。と言っても、外は外でここよりも多くの声が聴こえる訳だが。


「少しは黙れないのか」

『これでも少ないほうだよぉ?それに慣れちゃったんじゃない?』『そうだそうだー』


 笑いながら放たれる声に多少イラつきながら考えると、それもそうかという結論に至った。こいつらと会話できるようになってからは確かに声は減ったし、“これ”を付けている間は何も聴こえはしない。そんな状況に“慣れ”てしまっていたのは事実だ。そうなると、多少八つ当たりしてしまった感は否めない。


「・・・悪い」


 素直に謝れば、返ってくるのは冷やかしの声。それに悪態で返す事にも、僕は何時しか慣れていた。

 それが良いことなのか悪いことなのか。どちらも当てはまる様でいて当てはまらない答えは、選択肢が有るだけましな事だ___そう。十年前の、あの日に比べれば。


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