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アングレカム靴店の日誌  作者: 防人
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だって、家族だから

 それは真っ暗な闇だった。

 ただひたすらに暗く、黒く、深い闇。握っていたランプはとうに油が切れてただの金属と成り下がっている。手汗をにじませながら掴んでいた取っ手は体温で生温くなっていて、気持ちが悪かった。


「見ない顔だね」


 闇から聞こえたのは若い女の声だった。

 顔は見えないと言うよりも、分からない。夏でもないのに、こめかみに汗が伝うのがわかった。膝が笑ってガクガクと震えている。


「アンタは此処に、何をしに来た?」


 その問い掛けに答えようと、僕は必死に自分を奮い立てた。そうだ、自分は何故ここにいる?全部全部、自分で決めたことだろう。

 彼女の問いかけで、見失っていた己を掴んだ。勢いのまま、僕は両手を握り締め彼女に言った。


「お願いが、あります___!」

「願い?」

「守りたい・・・助けたい子がいるんです。だから貴女の・・・“魔女”の力を、僕に貸してくださいっ」


 言い終えると同時に、僕は頭を下げた。

 しかし、何時までたっても聞こえない返答に、僕は冷や汗をかいた。

 何か粗相をしてしまっただろうか。いや、そもそも魔女の領域である森に勝手に踏み入った挙句、身分をわきまえず頼みごとをすること自体が不敬だ。最初は焦っていたから彼女に手っ取り早く会える方法で乗り込んできてしまったが、今考えれば相当に失礼極まりない。将来商人になる身としては不十分な行動だ。今は亡き母(凄腕の商人であった)に顔向けができない。

 ・・・それでも成し遂げたい事だから、反省はしているが後悔はしていない。きっと母も父も___あいつも、「馬鹿だなぁ」と笑って(それだけで済まされるとは思わないが)許してくれる。

 そして長いようで短かった沈黙は、不意に途切れることになる。


「ふ、ふふふふふ・・・あっははははははは!!」


 魔女が突然笑いだしたのだ。笑い声に釣られて顔を上げると、まるで今までそんな物は無かったかのように、彼女を覆っていた闇は消えていた。

 彼女はお腹を抱えて近くにあった幹を叩いた。爆笑だ。父も凄くおかしい事が会った時、似たように笑う。それは大抵僕を馬鹿にしている時だから、真剣だった為に彼女の行動に怒りが募る。それを察したのか、彼女は目元に浮かんだ涙を拭いながら口を開いた。


「ごめんごめん。ちょいと頼みごとをされるのは久しかったからねぇ。良いよ、アンタの言う願いを叶えてやろう」

「本当ですか?!」

「その代わり、当然対価が必要だ」


 “対価”という言葉に、身が震え上がった。しかし自分から頼んでおいて対価が怖いからと怯えるとは、なんと身勝手な事か。それではここまで来た意味が無くなってしまう。この好機を自ら逃して、何が商人の息子か。「母さんのように、笑って相手を追い詰め勝機を掴め」と父も言っていた。大事なのは常に笑顔を保つことであると。あいつは笑顔が似合わない顔だが、僕は商人向きの整った顔立ちだと親族からも好評だ。あいつの代わりに僕がその手のものを引き受け、あいつが品を管理する。そして将来、二人で店を切り盛りするのが僕の夢だ。だからこそ、態度に出してはいけない。指先一つの動きだけで思っていることが伝わってしまうからこそ、日頃の鍛錬が必要なのだ。

 僕は肩の力を抜き、なるべく自然な態度で彼女に向き合った。


「願いが大きければ大きい程、それなりの物が必要になる。アンタにはそれが、払えるのかい」

「払います!・・・例え、この身を犠牲にしようとも」

「良い心がけだ。・・・しかし、どうにも解せん。アンタはまだ十才かそこらだろう?自分の身を賭けるほど何かを成す年でもない。何のために、そこまでする」


 魔女にとってそれは、純粋な疑問だった。

 だって魔女は、ずっと一人ぼっちで過ごしてるんだから。

 家族が、いないんだから。


「大切だから、です」

「大切?大切だから守りたくて、助けたいのか」


 魔女は首をかしげた。


「はい」


 僕は、笑って答えた。さっきまでは彼女を前にしてあんなにも震えていたのに、今はこうして笑えていることが可笑しくて、更に笑が深まった。


「アンタが助けたい人間は、そんなに価値のある奴なのかい?」

「えっと、人の価値っていうのは、よく分からないけど・・・でも家族、だから」

「家族ねぇ・・・」

「うん!だって僕はお兄ちゃんだから。弟を守るのは当然でしょう?」

「ほぅ・・・兄弟愛か。いいねぇ、実に素晴らしい」


 「背徳的で」と付け足し笑う魔女の顔は、最初に見たときよりも恐ろしくはなく、それでいて背筋が凍るような笑みだった。


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