―6/Desire:チェム視点―
他人視点で書くのがものすごく難しいのです
「どうして…こうなったんだろ」
私は今自らの行動を振り返る。
ついさっき旅で出会った少年……ニコは、明らかに人間は持っていないだろう異形の翼で飛んでいた。
美と音楽の国アムドゥスキアスはここ3年の間、亜人に対する風当たりがかなりきつくなってきている。というのも、裏ギルドで聞いた話二人の領主マリウス家が亜人に対していろいろな方向で迫害しているからだという。一人は大の亜人嫌い、もう一人は亜人女性を性の対象としてしか見ていない。
亜人も亜人で馬鹿じゃない、裏ギルドに回っている亜人も多い上に元々が特殊な存在として生きてきたからそういう情報は早い。
だから、賢い亜人はこの街から逃げ出す筈。それに関わらず翼が無くなって人間の姿に変わったニコは果たして何者なのか。
本来ここに来たのは別の目的、ただ、私はその少年が気になってしょうがなかった。
大通りでニコが見かけた亜人も、逃げ切れなかった成れの果てなのだろう。
領主にもし見つかったら私たちまで殺されかねないからこそ、ニコの手を引っ張って止めようとした。
ただ、ニコはそこでも何か様子が変だった。
「違う…僕は確かに見えた」
一瞬判断が遅れたが、直ぐに妹が目についての説明をする。
ただこれもニコが言ったのだが、彼の持っている目はここの世界の住人として持っている人がきわめて少ない「賢者の目」だ。
「…やっぱり只者じゃない」
ただ、性能が化け物であっても心はどこか真っ直ぐで正直だった。
暫し迷った末に、私は一時的にこの子の弟子として旅を続けよう、と決意した。
だからこそ今、私は困惑しているのだ。それは妹がそこにいる殺気立った大男二人と一緒にいるからではない。
「それならこの魔術師さんも含めて、僕の相手になりましょうか」
ニコが指したのは私。よりにもよって一時的に弟子にしたニコに勝負を持ちかけてくるとは思わなかったから。
「始め!」
その合図を皮切りに大男二人は更に挑発を重ねてくる。
「ヒャヒャヒャ、俺様には勝てっこないさ!」
「へぇ、弱い人って良く吠えるね」
こんな状況でもニコは涼しい顔をして大男の挑発を返してくる。このままでは埒が明かないので私は闇の弾を放つ。
「わわっ、」
不意打ちなのかニコも慌てて右に避けるが、大男二人など気にせずに次々に闇の球を発射する、のだが。
「っせい!」
ニコは次々に迫りくる弾に向かって走り、そのまま斬るように進んでいった。
斬られた闇の弾はその切り口から消滅していく、その間をかいくぐって槍を持った大男が攻めてくるのだが、ニコは跳んでこれを避けると風でできた刃でカウンターを仕掛けてきた。
これをもう一人、大剣を持った大男が防ぐとすかさず後ずさっていく。
私はその間にこの消滅する感触と大気のわずかな変化を考え、それからすぐに答えは見つかった。その間ニコの声はおろか周りすら見えなくなる、私の悪い癖が出る。
「もしや光魔法を纏った風魔法…!?」
「正解、チェムさんは分かるん…だっ」
歓声が聞こえ、ニコがそう笑顔で答えたころには既に、光の細い柱が見え、その中にいた大男二人は倒れていた。
大男二人が戦闘不能で外に運ばれた後は、ひたすら私とニコは見つめ合っていた。
妹のいざこざを起こした大男二人を倒したニコを攻撃するつもりはない。
それに対してニコも動く気配を見せずに、私の動向を見ている。
普通だったらもうここでどちらかが降参しても問題はなかったのだが。
私が降参をしようとするタイミングで、全体が光で包まれた。
「何を…!?」
妹と一緒にいるからただ目くらましのための光魔法ならばまったく見えないということはない。
だが、次の瞬間に微かに見えた攻撃が異様そのものだった。
突然腹部に幾つもの打撃が当たったかと思えば、その正体は何とも言えない「口」のような触手だったからだ。
ものの数秒でその打撃は終わったがかなりダメージを受け、正直魔法を唱えるのにも精一杯だった。
既に光が静まって、さっきと同じ位置にニコと私がいる。観客は何事かと騒ぎ出したのだが、寧ろその後のニコの行動が理解しえないことだった。
「チェムさん大丈夫…?」
そういうとニコは咄嗟に近づいて回復魔法を唱えた。傷は粗方回復して問題なく魔法も唱えられるようになったが、反面ニコはかなり疲れた様子でこちらを覗いていた。
「大丈夫な訳ない…何のマネなの…」
さっきの傷とダメージは治ったが体力はかなり削られた。そして気持ちも物凄く複雑だ。
今の攻撃はニコが行ったのか別の誰かが行ったのか分からない。そして咄嗟に近づいて回復する様子。ただ、これだけでニコが攻撃をしたのか、と言えば違和感が残る。何しろこんな異常な攻撃を仕掛けてくるのなら「目」が使えるニコがすぐに対応するはずだから。
兎に角、私とニコが見つめ合っている状況はさっきと変わらない。
ならば今度は私が、
動く。
まず氷の短剣をいくつも作り出し、そして投擲した。
ニコに向かっていく氷の短剣は、やや反応が遅れていたが獣のような左手の一振りで全て落とされていった。
若干のバランスが崩れた隙にすかさず闇弾を発射するがこれは光魔法と風魔法を纏った刃で防がれる。
しかしこれで再び立ち上がるまでに時間を要することになるだろう。
私の魔力の源も底が見え始めたのでここで一つの技を行うことにする。大量の氷弾と闇弾を宙に浮かせて、発射。
その渾身の攻撃も、寸でのところで綺麗な回転切りが見え、ニコに向かった弾は全て弾かれた。ただ、ここまでは私が想定していた範囲だったが、
両方の手を使って氷を割いたその右手には風魔法と光魔法、左手には風魔法と…私が得意とする闇魔法が合成されていた。魔術師ギルド内でどうしてもできないと言われる「光魔法と闇魔法を両方扱う」ことを、ニコは容易くやってしまったのだ。
「ニコ…貴方は奇天烈。私は…貴方に勝てない」
塞がれたとはいえ下手に動くこともできない、そして魔術師として超えられない壁を痛感させた。
あたしはこの人に勝てない、そう本能として感じてしまった。終了の合図の後直ぐに妹が駆けつけて回復を行う。
「お姉ちゃん…大丈夫?」
そして、試合に勝った少年は、申し訳なさそうに告げた。
「ごめん…探さないで」
そういうと足早に去って行ったのである。追いかけようにも傷が私の邪魔をする、行かないでという声も届かない。
「馬鹿…」
涙が溢れそうになった私に向けて、妹が微笑んで言った。
「お姉ちゃんの弟子は私の弟子。だから一緒に探そ」
※訂正コーナー