―3/吸血事件―
「しかし、これは参ったな」
現在僕は午前中の剣の訓練が終わり、食堂で一人黙々とこっちの世界のカレーを食べていたころである。甘党の僕はカレーはあまり好きではないのだが、このカレーはそう辛くなくておいしいと評判らしく、ためしに食べてみることにした。
「本好き君、調子はどう?」
そこにシュウが向かい側の席に座って、昨日と同じ台詞を言ってきた。
「まあまあ、かな。昨日桜花に襲われたことを除いては」
「ああ、僕の事なら気にしないで、桜花とは付き合ってたわけでもないただの友達だから」
以前から桜花とシュウは同じ学校らしく、一時期は付き合っていたほどの仲だとか、今でも付き合っているのではないか、なんて話も出ている。
だが、四月の初めあたりに桜花のほうからシュウとの接点はただの友達だ、と言ってた。まあ、そもそも他人の恋愛事には興味などないのだが。
「むしろ桜花が僕に積極的に攻めてくるほうで心配だよ」
四月から急に席が僕の前だったり「ニコ」の名付け親だったりしているからかやたらと僕の髪を弄って遊んでいるのだ。
「ああいう性格だからしょうがないよ、それにここに飛ばされたとき、『あたしの命をかけてでもニコを守る』とか言ってたし」
シュウは微笑みながら僕に伝える。
「ところで、聞いた話だとチート能力を持っているそうじゃないか」
「いや、僕の能力があまりにも裏があるように見えるんだ。それに実際無敵に見えそうだけど、それに行き着くプロセスがあまりにもえげつない気がする。大体桜花が半ば強引に………な」
あの日の夜のことを思い出し、言葉尻が弱くなる。相手がもし桜花ではなく知らない女性だったらと考えても少々抵抗がある、ましてや桜花が自ら積極的に攻めてきたなんてことが周りにばれたら、噂を信じ込んでいる人たちの評価が悪くなる。
「まあ、桜花もこれが初めてわかった時は実はかなり慌ててたよ。このスキル何かとてつもなくおかしいってね」
昨日新たに会得した賢者の目なのだが、どうやらこれで僕の空白のスキルがわかったようだ。最初青ざめていたのも寄生というあまりにもかけ離れた能力名だからだろう。
「そうだろうな。普通誰だって引くから極力周りにその能力は伝えないでおくよ」
はぁ、と溜息をつきながら、二人は黙々とカレーを食べ続けた。
事件が起きたのはそれから二日後の朝だった。朝六時、早い時間だとは思うがいきなり全学生集合命令がかかる。
何事と思い僕は階段を下り、体育館に向かう。既に百人程の人数が体育館内にひしめき合い、後からも入ってくる。
既に誰かが死んだらしいという噂もされていることから、どうやらただの集会ではないようだ。すぐに校長と思わしき人物が慌てながら事情を話す。
「皆様、昨日から今日にかけて誰かが1-Bのシュウの部屋に窓から入り込み、シュウを殺した模様です」
理解ができなかった。1-Bのリーダーが、死んだだと!?
既に1-Bに限らず全学生が動揺する。
「尚、身体中の血が抜かれていることからどうやら侵入してきたのはヴァンパイアではないかと見られています」
淡々と話しかける校長とどよめく周囲。その時、何故か桜花が僕をじっと見つめて、そして再び青ざめたかと思うと、何故か涙を浮かべながらそっと手を握った。
「ニコ……嫌な予感がする。逃げて」
一昨日の昼過ぎ、屋上に連れ去られた時と同じように手を引っ張ろうとするが、近くにいたタクマがそれをさせなかった。
「全学年の諸君、よく聞いてくれ。ドクター・エヴァンが最初に言った言葉を覚えているか。『見落としのない限り、皆様は全員魔法やスキルを使える』といったはずだ」
瞬間、全学生が僕と桜花、そしてタクマのほうに行く。まずい、という表情をする桜花の前には3年の集団が迫る。
「だからモモに頼んで本当に全員が能力があるか確認した。そしたら見事にこいつの能力だけがない。そんなおかしい話がある筈がないと思ってね、その後の桜花の言動を特に注視していた。まあ、そこに関しては見事に失敗したが。ただ、」
タクマはそこで一呼吸置くと再び薄ら笑みを浮かべて言った。
「俺も、桜花と同じ……賢者の目の使いだ。勿論生徒手帳を見せて回ったモモのスキルと俺のスキルに差異がないのは分かっていた。ただ……次の日にこいつの能力が一気に増えていることに気づいてね。確認したら寄生というスキルじゃないか、如何にも屑な人間にお似合いだ。しかも血を使って『能力を奪う』能力だったとはね。つまり、こいつは夜中窓を破ってシュウの部屋に入り込み、そこから能力を奪った。つまりこいつは人を殺した上で能力を奪ったのだよ!でたらめではない、こちらがニコの生徒手帳だ」
矢継ぎ早に自分を犯人に仕立てた揚句生徒手帳まで奪うとは、という声も上がっただろう、だがその声も徐々にニコを殺せ、という声に変わっていった。そしてプロジェクターに僕の名が書かれた手帳には、新たに風魔法が書かれていた。
≪風魔法:Lv13≫
風に関する魔法を操ることができる。レベルが上昇するとより高度な魔法が使えるほか、魔法の質が上がり消費MPが下がる。
「シュウの能力は風魔法、それも序盤にしちゃ珍しいレベルが二桁のものだ。そんな異能力が何故貴方の生徒手帳に書いてある?動機は単純だろうね、ただ単に力が欲しかっただけ。さあ校長、ただ単に力が欲しいだけの理由で委員長を殺したこいつに、処刑の許可を……」
「待ちなさいタクマ」
唐突に声を荒げたのはドクター・エヴァンだ。
「あの化け物にまだ愛着があるのか?しかしこいつは人殺しを行った。証拠にあるとおり間違いのない事実なんだよ!それともここにヴァンパイアがいると?ほざけ!」
咄嗟にタクマは闇の球を僕に向けて何発も打ち始めた。
それを合図に皆が魔法を操り、武器を持って一つの塊へ行こうとするのだが。
「もし誰かを殺したとして、それは許せないことだけど君のせいじゃないことがある。ニコ君にはその事を言ったし、この能力も伝聞上なら聞いたことがあるからね、もしやと思い独自で調べたのだが。どうやら説明できる人が出てきたようだ。桜花嬢、私が暴走を止めるから説明をいいかね?」
ドクター・エヴァンが手を上げた途端にまるで全員が金縛りにあったかのように動かなくなり、魔法は全て消えた。
僕と桜花が気づくのに一瞬遅れたのは、金縛りの影響を受けていないからか。
ドクター・エヴァンはそのまま生徒手帳が移されているこっち側の世界のプロジェクターに向かう。
「わかりました、ドクター」
桜花が言葉を紡ぐと、右手で怖がる僕の髪をなでながら、言葉を紡いだ。その目は、とても真剣な目だ。
「あたしの能力に間違いがなければ、確かにこの事件、いいや、この事故はニコにかかわりがある」
タクマが事故である筈がない、と体を動かそうとするが動作をする様子は見当たらない。
「寄生の制約は4つ確認できるわ。その1、対象は「知能」を持った生物であり、Lvが高くなるほど低い知能を持った生物の能力を得ることができる。その2、同じ相手に同じ方法で能力を得ることはできない。その3、既に保有されている能力を持っている場合、レベルは今ある能力にプラスされる。でも、一番重要なのは4つ目の項目よ」
何出鱈目を言うんだ、というような声がフロア中に響き渡る中、プロジェクターに移された寄生の4つ目の事項が現れた。
その手帳が桜花の声になぞられて書かれていった。
「『その4、寄生は(レベル)日時のノルマが課せられ、余ったノルマは回すことができる。使わないと、副作用として自動的に相手の血を吸い、殺してしまう』最初の2日分はあたしが実験と称してニコに同意のもと寄生の能力を使わせていました。つまり3日目に能力の副作用で暴走していた。これは、事故と言い切れますよね、ドクター?」
「うむ、追記しておくが、これから君たちがどこに行っても法律というのが付きまとう。この世界には72の国があるが、その内大憲法というものにはどの世界にも統一するものがあっての。正当防衛による殺人と、相手側が明らかにわかる違法行為をしたために抹殺指令が裏ギルドで出た時の殺人。そして、自分の意思が能力の副作用で明らかにないと断定できる場合の殺人は、皆無罪となる」
タクマが言うには、僕はその呪われた能力でシュウを殺した。これは処刑対象に十分なりうることで、もし桜花がその事実に気づかなければ僕は確実に数の暴力で殺されていた。
しかし桜花が言うには、僕はその能力の呪われた副作用でシュウを巻き添えにしてしまった。たとえそれが事実だとしても人を殺したことには変わりがないかもしれないが、もしエヴァンがいうことが本当だったら僕は許される算段になる。
300人程の人数を止めておいたのにも限界が見えたか、ついに金縛りの能力が切れた。だが、今度は眩いほどの光が体育館中を照らす。その間に、光魔法を覚えていた耐性なのか、微かに見えた桜花の唇は、ニゲテと言っていた。
「あたしの命をかけてでもニコを守る」という言葉がふと、桜花の声でかかる。
もしそれでもなお僕の事を守ると来ってくれたならば、ならばここはしばし好意に甘えておこうか。でもその前に、シュウを失った今、しかも昨日初めてを捧げた桜花まで死んで後悔したくはない。
だから、せめてという気持ちで、僕は少しの間だけ護身用に使っていたエヴァンから渡されていた刀を、髪を撫でていた桜花の右手に握らせた。
そして、別れの言葉を告げる。
「絶対に会いに行くから、だから死ぬなよ」
光の中、声が届いていたかどうかは知らなかったが、桜花がこくりと頷き、刀に触れる仕草は確かに見えた。だから今は、兎に角ここから離れ、力をつけたらまたここに舞い戻ろう。
桜花から貰った能力が生きたのか、この白い部屋の中でもドアがぼんやり見えた。まずは唯一の出口のここにたどり着こう。
新たに共になった風魔法を足に結わせると、シュウの声が聞こえてきたような気がした。大丈夫だ、恨んでいない、と。段々に鮮明に見えるドアに向かって、纏った右足で地面を蹴った。威力が強すぎて木製のドアごと吹っ飛ぶが、直ぐに回復魔法を使って事なきことを得る。体育館に響く喧騒を振り払い、僕はこの学校を飛び出していった。
≪寄生:Lv3:CT3≫
この能力には次の制約がある。
①対象は「知能」を持った生物であり、Lvが高くなるほど低い知能を持った生物の能力を得ることができる。
②同じ相手に同じ方法で能力を得ることはできない。
③既に保有されている能力を持っている場合、レベルは今ある能力にプラスされる。
④寄生はレベルと同じ日数使わないと、副作用として自動的に相手の血を吸い、殺してしまう。
若干長ったらしい(?)プロローグが終わりました。書置きも少しありますがいろいろと忙しいので当分週一更新になるかもしれません。
※訂正コーナー
文字の間隔など大幅に修正。一部脱字があったのでそこを修正。