―21/目的地、そこに行き着くまでのそれぞれの思惑―
―とある研究室にて―
いかつい風貌をした男性と老人が交互に入れ替わり、飄々とした老年が「立ち話もなんでしょう、よかったら」と茶菓子を出す。
「しかし、こんな辺鄙な場所にわざわざ来るなんて、貴方も物好きですね?」
「ふん……お前のような犯罪者がやることには興味がない」
「何をおっしゃいます、私はただ実験をしているだけですよ?」
「その実験とやらが禁術に入ってるんだ、少しは自覚しろ」
そういうと、ガウスと呼ばれた男はいつものやり取りのように資料を手渡して説明する。
「それにしてもだ、ドクターエヴァン。お前に堂々と関われる人物はどこを探しても俺しかいない筈だ。なんだ、この乳臭い餓鬼の集団は?」
「それに関してはですねぇ、資料にして突き返さないといけないとぉおおおおってもめんどくさい事情が」
「なら別にいい」
ドクターエヴァンと名乗る中年が何やら面白そうにひた笑うのを遮り、ガウスが机の上に置かれてあった茶菓子を食し、紅茶ごと喉に流し込む。
資料の一番最初の記事にはには、アムドゥスキアスの領主、マリウス家の醜態が書かれてある。それを不愉快な顔一つすることなくエヴァンはあっさりこう返したのだ。
「これはこれは、また随分な荒れようですねぇ。まあでもいつかは処刑されるでしょう?」
「それに、今回の騒動で今まで分からなかったロズの行動目的がようやく判明した。お前の予測通りだ」
「やはりそうとしか捉えないでしょう?何しろ、光と闇を同時に操るなんて普通の人間ならできませんからねぇ」
ガウスの顔が少し醜悪に引き攣ると、一層低い声で告げる。
「……本題だ、先代魔王が遂に復活したそうなんだ」
「……無駄なおしゃべりが過ぎたようですねぇ」
そこまででもただならぬ緊張感を漂わせていた研究室内の空気は、一気に沈んだ。エヴァンは、やれやれと言う具合に資料をぱらぱらと読み進めていく。飄々とした表情は、今やどこにも無い。
「魔王の復活は大分前から噂や予言はされてきた。実際地上にあったグラシャ=ラボラスが突然消えたのはお前も覚えているよな?」
「ええ、私含む見解では魔王の復活の準備をしているのではと」
「事実、その通りだ」
紅茶を飲み干し、はぁと溜息をつけば、さらに話を続ける。
「先代魔王と戦った三百年前の戦争でも魔王城の本拠はグラシャ=ラボラス。これに関しては調査兵によって事実が裏付けされている」
エヴァンがさも呆れたかのように資料を読み終え、そして悪巧みをする表情でぽつりとつぶやく。
「だとしたら厄介ですねぇ。どうやって見えない空中都市を攻略するか。まあ、気づいてしまえば(・・・・・・・・)至極単純な方法なんですけどねぇ?」
ガウスが先に「いつもの癖が出ているぞ」と断りを入れた後に、それでも憂いの表情を僅かに漏らしながら言う。
「事実知っていたとしても多大な魔力を流さなきゃ意味がない。お前はそれを実行するためにわざわざジュリア様と協力して異世界召喚とやらをさせたのか?」
その発言に、それこそとんでもないというような表情でエヴァンが返しにかかる。
「何を言うのです?私がジュリア様と協力して異世界召喚を行ったのは事実ですが、あくまでもその目的は生贄などではなく、魔王討伐の際の前線を作るためですよ?」
「その傍らで三百年前大天才と言われ、至極単純な方法を使って先代魔王討伐に貢献したフェルナンド・ヴァイゼ三世を、魂ごと復活させようとしたりしているだろう?」
「御存じで」
感心したかのようにエヴァンはガウスを見、しかし数秒後その話に関しては触れたくないですね、と呟く。表情も何処か暗い影を落としているかのようだった。
「失敗しましたがね」
半ば怒れる獅子と化したガウスに、エヴァンも苦虫を噛み潰したような表情をするばかりだったが。
「失敗、だと?」
今度は驚きの表情を隠せないガウスである。
「ええ。癒着しようとした器ではなく、よりにもよって異世界の少年に憑りつかれまして。挙句の果てにそれも力が開花しないうちに魔物の犠牲となりました」
この言葉にガウスは訝しげに反応した。
「ここは魔物なんて来ないだろう?」
開花していない、というエヴァンの嘘には気づいていないが、ガウスはこの施設の防護結界を分かっている。
そうして数十秒の沈黙の後、ふと思いついたかのようにガウスが話しかける。
「……少し話題を変えよう。『奇天烈』ヴァーミリオン、聞き覚えは無いか?」
ふむ、とエヴァンが考え込むが、暫くした後に御手上げと言った風貌でその質問に答える。
「そうですねぇ、さっきからその名前がちらほらと出ましたが、私もそれは知らない」
「ニコ、という本名らしき名前も含めてだ。知らないか?」
エヴァンは硬直し、そしてまるで安堵したかのように微笑んだ。しかしそうして返した言葉は全く違う。
「知っていると言ったら嘘になります」
「天邪鬼が」
ガウスは呆れはてて疲れたかのように椅子に深々と座りなおした。しかし、エヴァンは至極真面目な表情でこうつぶやいたのだ。
「ええ、ですが話を続ける前に一人呼ばなきゃいけない人が出てきましたね」
―桜花はベランダで星を見つめていた。―
綺麗な、流星群。
数多に流れる星の一つ二つ。
あたしはただひたすら、「どうかニコが生きていますように」と願っている。
一度じゃない、二度。あたしはニコをつかもうとして、その度にニコは儚い表情を残して消えてしまった。
「やっほ」
いつの間にか、あたしの隣にモモがいた。彼女も、どこか憂いを帯びた表情で星を見つめている。
そうして静寂だけがとても長い時間続いた。
中学時代のお友達だ。クラスが一緒になったのは三年生。今に至るまでモモとは一緒に遊んだことも何回かあるし、一緒に話したことならいっぱいある。
それでも、会ったばかりの頃でシュウとお話してたことが多かったから、最初は結構喧嘩もした。仲直りしたのは十月の終わりごろ、どうして嫌いなの、っていう問いにこっそり内緒で、シュウのことが好きで、桜花とシュウは付き合ってるから好きになれないって教えてくれた。そのときのあたしは、一緒にいると誤解されるなってようやく分かったから、特別にこっそり、あの時の秘密を教えたりした。
仲良くなったのはその時からずっと。今でこそ非日常の連続で、お互い話す暇もないほど追いつめられていたけど、高校生に入ってから最初は応援したり、逆に応援(?)されたりもした。他人に対して常に敬語で愛想よくふるまっていても、桜花にだけは本当の性格を曝け出していた。
「そそ、ニコからちょっとだけ聞いた。桜花ちゃんえっちくて大胆だね」
「え、ちょっとまって!」
あの日を瞬時に思い出す発言であたしは一気に恥ずかしくなった。確かに押し倒して、その後ニコと致しちゃったけど。嫌がってなかった様子だけど押し切っちゃった感じがして少し罪悪感もあるくらい。
「あのね……あたしにとっては黒歴史混じりなんだよ!」
「公然の秘密だけどね」
「っうそ!?」
一体どうやったらあそこまで広がるんでしょうか。あたしはとっても、気になります。
「ねえねえ、体位は?体位は?」
「もーっ!」
最近分かったけど、モモは結構変態で下ネタとかが好きだったりする。それも、結構おっさんですかと質問してしまうこともしばしばあることだ。まず、何処が性感帯とか好きな体位とかされたい相手とか、その時のあたしの反応をみてにやにやしてることが多かった。
「そだ、ニコに聞いたんじゃ足りないから一部始終聞かせて!」
「だめっ!というかなんでニコから聞いたの!」
「いいじゃない、桜花とよく話してたし」
あたしは顔を真っ赤にして必死で反抗する。人の恋路に何かと突っ込んで「ちゅーは?ねえちゅーは?」とかメールで送ったりもする、この子は他人の恋愛事に関して何かとお祭りな人なのだ。
でも、正直に言うととっても嬉しかった。ニコを思い出すたびに辛くなってた思い出も、モモがいるだけで普通に楽しいことに変わっていった。だから、
「絶対に内緒よ?」
「うん」
ひとしきり恥ずかしいことばっかり言って顔が真っ赤になっていたあたしと、対照的に終始にやにやしていたモモ。ふと、彼女のそれが憂いを帯びた笑顔になり、それから少しだけ悲しそうにしながら言った。
「ニコ。嬉しいって言ってたよ」
「ほんとに?」
「うん」
あたしはまた泣きそうになる。こんなことでいいなら何回もしてあげたいのに、もう出来ないかもしれない。実際には出来ない確率の方が高い、そんな残酷なストーリーを何度も思い出してしまう。
「羨ましいよ。まだ0.1%以下でもそうやってできる可能性があるのにさ。あたしは、完璧な0%だもん」
そういわれると言葉が出ない。あの時を持ってシュウは死んでしまった、可能性があるあたしよりよっぽど残酷で無慈悲な現実を受け入れなきゃいけない。
「それに今回に限っては許せない。シュウは……ニコが、桜花ちゃんの彼氏が殺したんでしょ」
それがまぎれもない現実。
「なんで桜花ちゃんは気づかなかったの。なんで桜花ちゃんは庇ったの」
今にも泣き出しそう、というよりはもう既に泣いていた。右拳をぐっと握りしめ、如何にも殴りだしそうな勢いでもあった。
「異世界だし、幽霊とかだっているし、確率が0%なんてまだ決まっていないじゃない」
「感情論と推測だけで物事を言わないで!」
それほどまでに、モモが奪われたものは大きかった。分かっていて、あたしは何も励ましを送れないことに気づいた。全部、ではないけどあたしもこの事件に深くかかわってきた。その上で、極論を言ってしまえば。信じたくないけど、あたしはモモを斬らなければいけないことも、十分にあり得る。
どうしようもできない状況。あたしも、その周りも。残酷な現実を引き連れて世界は回ってくる、そう思っていた。
「その通りだ。世の中というものは心を持つもの以外は全てロジックで動いている」
「そうでしょうか?私は確率が0%なんてまだ決まっていないと思いますけどねぇ?私の手にかかればほぼ100%ですから」
二人の男。一人はとてもいかつい風貌をした、濃灰色のローブを着た男性。身長は恐らく2mを越している長身で、どこか圧倒されそうなオーラを放っている。
もう一人は、ドクターエヴァン。飄々とした老人だが、その実物凄い実力者。大凡三百人いる生徒を軽々数十秒間止めて、あたしの演説の場を作ってくれた恩人。
その二人が、ここにいた。
「朗報が二つありましてねぇ。これは秘密ですが」
そして、とんでもないご都合主義があたしたちの後ろにいたことを、改めて気づかされてしまった。
「シュウは生き返ります。そして、ニコは生きています」