―19/その頃桜花は思った:思いっきりニコの猫っ毛な髪をなでなでしたい。.―
※vsマリウス家の前に、桜花回をどうぞ!
高校に入学して、あたしの心はまた脈を打つようになった。
まだ幼いころの思い出を全てを知ろうとして必死に思い出そうとしても断片的にしか思い出せなかった。偶然会えるなんて到底思っていなかったし、その人に会いたいと願えれば、強力な裏口を使って会えたけど、その記憶を覚えているかどうかなんてあたしが知ることもなかったから会いたくない、と思っていたかもしれない。
でも、一目で見たら女の子なのかな、って思うような容姿も。
人なんてどこにいるの?みたいなクールな表情であしらいつつ、ただ本当はとても怖がりなその性格も。
何より、お守りとしてずっと持っていた指輪を細い皮紐で縛り、首にかけていた少年を、思い出した。
あたしは適当な口実をつけて、人と一緒にいようとしないその少年に呼び名を付けてあげた。
「ニコ」
「……どうし……わっ!?」
本当は寂しいんだろうな、過去を知っているあたしは毎日思いっきりぎゅぅ、っと抱きしめてあげる。
なんてそんな決めつけちゃうところがあたしの悪い癖でもあるんだよね。
でも不思議と、ニコは嫌がってくれなかった。ただひたすら本を読みつつ、時々身体を委ねるようなそぶりも見せてくれる。
やっぱり、ニコは可愛いよね。特にあの猫っ毛な髪を撫でているときが一番かわいい。
そんな生活を送っていたあたしたちは、ある日突然異世界トリップした。
「にしてもすごいねー、朝学校にきたらいきなり異世界だよ?すごくロマンチックだよ」
この言葉の通り、実はあたしはこういう異世界トリップ系は結構好きだったりするんですよ。
「うん、どこが?」
でもやっぱり普通の人なら叩かれますよね。ニコに叩かれて気の抜けた声を出しつつも、尚あたしは弁解し続ける!
「わからない?魔法とか妖精さんとか!」
「いや、気持ちはわからなくない、というか本好きとして言わせると確かに魔法がある世界とか妖精とかいる世界に入れたらいいなとは思うよ。けどさ、いきなりって言われても気持ちの整理がつかないなぁ」
へぇ、ニコも同じようなこと考えてたのか。
時々、というよりほぼ毎日一回はこんな愛想のないニコに対して悪戯じみたことをしたくなる。
「もう、わかったら女の子叩いたらだーめ。」
今回は子供をあやすみたいに人差し指を唇に当ててみた。こうすると、なんだかニコは弟みたいだなって思う。
その時にあたしは聞いてしまった。
明らかにニコの声じゃない人で、主の血と肉が欲しい、って言ってきた。一瞬畏怖するような何かも見えた。
あたしは心の中で、そんなのはニコじゃないと思ってしまった。
ニコは何をしてもニコなはずなのに、直ぐに慌てて考えを修正しようとした。でも、それは本当にニコじゃない何かの声だった。
「今し方主しか話せる相手がおらぬ。主よ……この少年の為に、血と肉を捧げる覚悟はあるか?」
血?それは何滴くらい必要なのです?それともml単位?もしかして、あたしの血全部?
あと肉?えっと、最近ちょっとおなかの贅肉が増えた気がするから、それあげれるならあげたいよ?
「血は数滴でよい、が主は肉の表現を少々間違えてはいないか?簡潔に言うと、主と交わりたい」
えっと、交わる?X座標とY座標上の直線と曲線の交点?
というか。そもそも貴方は……誰なの?
「我は寄生の主なり。今はかの少年の肉体に住まうもの。……主は男女の営みということを知っているか?」
ああ、はい。漸く理解しました。つまり貴方はニコの身体を使ってこの世界と同調している存在ですね?それで、……えっちのご相手に、あたしをご指名ですか?
……って、えっと、はい!?
あたしは顔面が蒼白にならざるを得なかった。
明らかにおかしいでしょ?あたしが見えてわかるスキルは無い、でもニコの身体を使ってこの世界と同調している存在であると主は言った。ならば、主は何者なの?
それに、今出ている主についての情報。ニコの身体と他人の血肉を媒体に、新たに能力を複製、合成、簡易化、複雑化……意味が分からなくなった。
「シュウ、こっち!緊急事態かもしれない」
あたしはよく中学時代からの友人であるシュウを呼んで、ニコに関する相談事に乗ってくれる。まあ、大抵シュウの方から「惚気じゃないか」と苦笑されるんだけどね。
けれども、それと同じくらいにタクマの動向について話し合っているかもしれない。
タクマはニコを快く思っていない人だった。異世界にトリップする前も裏でニコを陥れる作戦を組み立てていたのは知っている。ニコはそんなことも忘れて本に執着しているように見えるから尚更危なっかしい状況だ。
後々、その推測はやっぱり表立って証明されるんだけどね。
それよりも、ニコは多分能力を「持っている」。それも、かなり特殊な形で。
「なるほどね、それなら証明すればいいだけのことじゃないか」
シュウの言うことは正論。でも、論点はそこではない。
「違う、その後のこと。多分ニコはどこかでその能力の使い道を間違える可能性がある。それに、こんな能力をたくさん保持できたら当然誰かに狙われることになる」
「第一、それだけ能力を保有していていればニコの身体や精神に異常をきたす可能性も無きにしも非ず、か。これは参ったな」
「そのためにも、ニコは常に誰か身を委ねれそうな人と一緒にいなきゃいけない気がするの。本当はその役割はあたしがやりたいけど、現に右も左も分からない状況でそれを教えるのには……」
「無理だろうな、そもそも俺らが魔法について教えられる立場なんだ」
「これはあたしの勘だけど、その能力を得るトリガーは多分、あたしの血」
つくづく、ニコに関してのトラブルは絶えなかったりするものだ、とあたしは痛感した。そして再び、考えを述べる。
「だから、あたしたちが強くなるまではそのトリガーは引かない方がいいと思うの」
「いや、逆だ」
いつにも増して真剣味が出ていた。
「タクマが既に動き始めている。異世界に入った時も能力がない、という弱点を見つけてニコを消し去ろうとしているだろう。その時に常に俺や桜花が一緒にいれると思うか?」
あたしは言葉が詰まった。なによりこの状況自体が異常であることだ。自衛手段がないといつ死んでもおかしくない状況下にある。
結局は二択しかない。能力を扱いきれないことを覚悟して解放するか、能力を持たせずになれないあたしたちがサポートに回るか。
あたしは薄々予想していた。
ニコの能力は何処かとんでもないものを抱え込んでいると。
それが原因で不幸になるんじゃないかなと。
だからその不幸の連鎖を断ち切るために、あたしは抱きしめてあげた。幸せにしてあげるようなことをあたしなりにしてみた。事実そのためにあたしは自らの身体も捧げた。
そして、ニコは悪くないとその体でかばった。あたしが目で見たものをそのまま証明した。
「っ……!!」
そして、あたしは戦っていた。
全ては、ニコを生かすため。