―18/眠れない夜と、Morning Glory―
※戦闘シーン前に番外編だよ!
「眠れない…」
ビル状の高い建物が建て並ぶ大通り。そこに目立たないような高さの建物が暗殺ギルドの本拠である。晴れているからか窓からは月が見え、僅かな月明かりがそれなりに広い部屋を照らす。
仄かな灯りを燈すランタンを寝具の隣にある小さな机に置く、ゆらりと揺れる灯を見つめながら、刀を預けた桜花の無事を願う。
僕が人を殺めたと気づいたこと、それが原因で集団によって殺されようとしたこと、それを桜花が庇い逃がしてくれたこと、全てはもう何年か前の出来事に見えた。
僕を心ごと、身体ごと溶かした桜花の存在がちらつく。最近になってそれが顕著だ。あの時、なぜ桜花と一緒にいるという選択肢を取らなかったのだろう?そしてどうして僕は桜花にそう執着するんだ?
それに成り行きで押し倒されて、そのまま致したなんてことは普通の世界だったら即刻訴えても良かった。でも、僕はそれをしなかった。否、したくなかった。でも何故?
桜花、という名前は聞いたことがない名前じゃない、寧ろ割と多くいる方だろう。
でも、僕がみた桜花は考えどころがつかめないふわふわした子で、僕に対してすごく執着心を持っていて。その桜花が好きだというのか?
いや、分からない。この世界に入る前から僕にはまだ何もつかめていないのだ。
「……まあそれにしても、……色々あったような、無かったような。結局僕は何がしたいんだろ?」
お守りのようにしていつも離していない、さびた銀色の指輪を見つめるのも、本当に久々だった。
こうして眠れない夜は続いていく。
「あの…入っても大丈夫でしょうか?」
暫く時間がたったのだろうか。ノックの後に少女の声が聞こえた。特に気にする必要もなく、扉にかけられた鍵を外して開ける。目の前に、白いネグリジェ姿のリュミエールが微笑んでいた。
「きっと寝れないのかな、って思ってたんです」
そのままちょこん、とベッドに座るとおいで、と手を招く。
「…うん」
リュミエールと出会ったのはまだそうたっていない筈なのに、何故かずっと一緒にいたような錯覚に陥ってくる。
「おいで…あたしが寝かせてあげる」
暫く立ち止まり、そして同じベッドの縁にちょこん、と座ると。
リュミエールは両手いっぱいに抱きしめてきた。何処か桜花の面影を残した彼女の身体は華奢で、とても暖かかった。
「幸せになってもいいのかな」
そう、ぽつりと呟くほどに今はとても、幸せだった。
ずっと昔より、さっきよりも、ずっと。
「いいんですよ。そのために助けてって言っても、抱き着いてもいいんです。それで幸せになれるなら」
彼女の答えは、昔の世界で言ってくれる人はいたのだろうか?
いたような気がするが、何故か思い出せないでいた。
「貴方は…万死に値する存在なのです」
その時は誰も助けてくれる人はいなかった。
「こんな気持ち悪いやつさっさと殺そうぜ」
その時は誰も手を差し伸べる人はいなかった。
小さいころからずっと孤独感だけを抱えてきた。
そして、こんな僕などいなくなればと思った。
でも、そんな僕はある日、小さい少女に出会った。
その時、初めて僕の存在を認めてくれた。
そして初めて僕は言えた。
「たすけてよ…」
あの時に思った感情が蘇ってくるのを感じる。魔王なんか比にならないくらいの、毎日に対する対抗できない恐怖。
「そっか…辛かったんだね」
あの時、少女が微笑みながら言った言葉と同じだ。ただひたすらに泣きじゃくる僕に対して、少女がそっと撫でてくれる。
温もりが身体中を包んでくれる、その感覚がとても心地良かった。
「…でも、もう大丈夫だよ」
あの時と同じ言葉が、呪いをかけられた心を少しずつ明るく溶かしていく。それまでにずっと心に残っていた不安を取り除いていく。
「眠れない夜にはね、よくおばあちゃんが子守唄を歌ってくれたの」
背中をぽん、ぽん、と軽くたたいて、まるであやすように子守唄を歌う。次第に、意識がすっと遠のいていく感覚に気づいた。
「あたしが一緒にいるからね」
最後に、僕が眠い目を開けたときは、リュミエールが微笑んでいた。
気が付けば朝の光が僕の頬を射していた。
隣に抱き着いたままのリュミエールがすうすうと寝息を立てている。
時刻は朝の六時、鍛錬している人は既に併設している訓練所に行っている時間だろう、と考えた時、ふぁ、と隣から声がした。
「おはよう」
リュミエールが寝ぼけ眼で挨拶をかわす。僕も同じく朝の挨拶をしようとしたら、そのまま背中から抱き着かれた。
「なんだかあったかくて、ずっとここにいたくなります」
にへ、と笑う少女の顔を改めて見つめていた。目は金色、髪も鮮やかな金髪で少し長め、顔立ちは少女のようでその肌は白い。どこかの漫画に出てくる可愛いお嬢様、といったような感じだ。
「やっぱり何処か…懐かしい」
僕はリュミエールの手を握り、暫く日の射すベッドでじゃれついていた。
「こんなに気持ちいいの、グローリーの妖精さんのせいかな?」
「グローリーの妖精?」
「うん、むかーしむかしね、悪戯が大好きな妖精さんがいたんです。でも、ある日その悪戯で一人の男の子が死んじゃった。で、妖精の王様の罰でその妖精さんはずーっと寝ちゃう呪いをかけられました。でもね、それを可愛そうに思った女王様が朝にしか咲かない花に寝かせたら、次の日の朝だけ起きて、それで皆に微睡みを配る妖精さんになったんです」
その妖精が眠る花だからモーニンググローリー、か。向こうの世界で日本語訳したら朝顔だっけな。
「小さいころからこの話が大好きだったんです。それから毎日早く起きては少しだけ、こうやって一人でのんびりしてたんですけど、ね」
リュミエールが微笑む隙にくるりと正面を向いて抱き返すと、わわっというちょっと焦った声を出してきた。
「っ、ごめん、リュミエールさん」
「リュミ、でいいですよ」
普段はまだ可憐な少女なのにこういうときだけ少しお姉さんぶるのも、桜花と似ているような気がする。
「リュミ…昨日はありがと」
「お礼なんていいんです」
ぎゅ、と抱きしめる力が一層強くなるのを感じる。
「桜花……無事かな」
「おーか?」
きょとり、とリュミが首を傾げたのに気づいたのは少し後になってからである。
「何でもない」
そう返して、それで済んだらよかったのにななんて思う。
「あたしに抱き着きながらずーっとおーかって言ってましたけど、てっきりオーガのことかなって思ったんです。人の名前でしたか」
っ!?思わず顔を背けたくなるほどに恥ずかしい出来事だ。
「……よっぽどあたしに似ていたんですね」
全く、今のやり取りも含めて桜花に似ている。だから、桜花じゃないことは分かっていながらも、僕は少し思い切って見ることにした。
「んぅ……ニコの甘えんぼさん」
胸元に顔を埋めて、もう少しだけその少女の余韻を感じていたかった。リュミは猫毛な僕の髪の毛をそっと撫でているが、暫くすれば当然こうなるわけで。
「それより、おなかすきましたね」
つくづく腹の虫は正直だ。二人一斉に笑うとベッドから起き上がり、朝飯が配られている食堂に向かうのであった。
そしてその中で一つだけ思い出した。
確か、小さい少女の名前も……。