―16/デメテルさんはショタコン―
白い世界だ。
死んだのか。
最後の一撃を喰らって死んだのか。
そうだ、ここはきっと死後の世界。
今迄みたいに「いらない存在」として僕を見てきた輩とは、もう会うことはない。
安らかに眠ってくれ。
心残りがあるとしたら、約束を守れないことなのだがな……。
「主よ」
二つの椅子と机。一つの椅子には年老いた老人が座っている。
「主よ、座るがよい」
老人に言われるがまま椅子に腰を掛ける。低く唸る、聞いたことのある声。
「……君が、僕の能力の正体?」
後ろにはあの時に見た、口だらけの怪物。
「如何にも」
それで正解だったらいいのだが、
「だが、正確には能力ではない。我、そのものだ」
余計に訳が分からない返答をされた。
「名前は……あるの?」
「ある」
ただ、その名前は言われなかった。
「それを言うのは主の約束を果たす時が一番だろう」
約束、か。
あの時、光の中で僕が交わした言葉は桜花に届いているのだろうか?あの時、獣人の女に渡したペンダントは今も持っているのだろうか?その約束を見届け、果たすまでは死ねない筈なのに。
「主の身体はまだ死んでおらぬ。主の心もまた、死んでおらぬ」
そうか、まだ生きているのか。ただ、今度はなるべく早く起きたいという焦燥感が出てくる。そしてまた質問しようと思った時に、その言葉は投げかけられた。
「力が、欲しいか?」
力……。
「主は力が欲しいのか?」
ここですぐに欲しい、と言えればいい。ただ、僕は知っている。こいつの、恐ろしさが。
「欲しいさ」
老人の口角がにやりと上がるが、そうはさせない。
「違う、復讐の為に他人を犠牲にするような力も、世界を壊せるような力も、悪しきを滅ぼす正義の力も欲しくない」
言い切った。この能力を得て、化け物と呼ばれてでも、桜花は僕を逃がしてくれた。
「それに誰かを守るような力も、僕には釣り合わない」
寧ろ常に誰かに守られるような自分が常にそこにいたから。
「ただ、交わした約束を守れるくらいの力は、欲しい」
この世界でその約束を守るには、今の力じゃ絶対に足りない。その為に、この世界で一番の強さを誇るものと互角以上に戦える力が欲しかった。
老人は暫し考えるそぶりをした。
やがて、その後ろにいる怪物と融合し、そのまま話しかける。
「……主よ。主の期待に応えよう。我は主が呼応しない限りは力を欲さぬ。主が願わぬ限りは我の力は出さぬ」
その言葉は何よりも安堵する言葉だった。
「血はまた、全ての力の根源。その血で、自らが欲しい力を得れるようにしよう。最も、我は新しい血を常に求める人だ。その血が空になったら我も動かなければならぬ」
一度血を舐めた人でも能力を得れるようになったのか。まあ、CTが増えないのは流石にしょうがないか。
「ありがとう」
化物に向かって笑う僕も、十分奇天烈なんだろうな。
「ところで……主よ」
まだあるのか?
「人の都合いいように解釈をし、嫌がる相手に無理矢理秘め事をやらせようとすることはとても許しがたい行動だ」
御尤もです、僕もそう思います!少なくともエロに凌辱系はダメ、相手の同意なしに即は、絶対ダメ!!
いいですか、そもそもそういう行為をやるならば相手の同意を得て覚悟を決めたうえで、緩く甘いロマンチックな……って、桜花さんそれやってませんでした?最初嫌がる僕に向かって……。
「※ただし桜花を除く」
「って、注意書きを台詞にすな!」
「?起きたのか?」
あれ、見知らぬ天井だ。起きようとしても体が物凄く重い。魔力が抜けたような感覚や疲れもまだ残っている。
そして隣にはデメテルさん。
「動くでない、まずはゆっくり休め」
そう言われても。期限がまだあるとはいえもう捌き終わった猪肉を出してクリアさせたいですよ。
「ああ、心配するな。冒険者ギルドには既に顔を出している。どうやらきっかり10匹ほどビックボアを狩ったようだな、それに一人でビックベアの方も狩っただろ?」
実際に状況とアイテムを見れば、誰がどの依頼を受けてどれだけ消化しているかも分かる。
実際に僕が最後に大嵐を放ったことが生死を分けるきっかけになったようだ。その異変に気付いた双子魔術師とブレーダーズが駆けつけてみれば、20匹の熊相手にギリギリに避け切る僕を発見したらしい。チェムが高速詠唱で黒い熊に放った氷魔法が当たるのと僕が吹っ飛んで意識をなくすのとほぼ同時刻のようだった。吹っ飛んだ僕をゴードンが抱えながら熊を捌き圧勝したり、黒い熊ことブラックベアを双子魔術師二人が相手してあっさり倒したり。ねぇ、本当にみんな人間なの?まあそれを言ったら僕は最早人間じゃないのだが。
「通常ビックベアはAランク+だ。一人で狩る相手じゃないし、群れに囲まれたら不運を恨んで死ななきゃいけない相手だ。それを相手にして倒せるとは、やはり只者じゃないな」
それでも尚、力が足りないと自覚することが多い。まだ他の人から見れば何もかもが粗削りだ。
「それでも、力が欲しいのか?」
……寄生の主と同じ質問を投げかけてきたのか。
「欲しいさ」
恐らく夢であった。それでもその言葉は、自らの願いとして覚えている。
「でも。復讐の為に他人を犠牲にするような力も、世界を壊せるような力も、悪しきを滅ぼす正義の力も欲しくない。それに常に誰かに守られるような自分が常にそこにいたから、誰かを守るような力も僕には釣り合わない。僕はただ、交わした約束を守れるくらいの力が欲しい」
「交わした約束を守れるくらいの力、か。奇天烈らしいな」
不意にデメテルが微笑みかけてきた。そして、自前のナイフで人差し指を切ると、その指を僕の口元に持ってきた。
「……本来、他人の血は劇薬になる。特に魔力が強い人や、特殊な魔力を持っている人ほどそうだ。ただ、話を聞いていると、寧ろニコはその血を糧にしていそうでな」
魔力は全身に宿っている。それは血によって流れるものであり、これを網羅するものが魔力コントロールの極意を知る、とゴードンは言っていた。その血を受け渡す行為というのは、何かの液体に溶かさない限り絶対的にやってはいけない行為である。あの時、姑娘に血を入れたのもそういう意図があるからだ。
「それに、人差し指を舐めるなんて、そういう行為は普通気の許した人じゃないとやらないだろう?特に、私の呪われた血だとな」
その言葉で、僕は漸く気づいてしまった。桜花は、僕のことが好きでしょうがなかった。今も、デメテルの人差し指を舐める行為を受ける自分もいる。
僕は、一体何がしたいんだ?何を拠り所にしたいんだ?桜花が生きている事実か?仲間との喜びの時か?それとも、主と同じ力か?
血を受け入れて、突然片目が何かの情報で覆い尽くされる感覚。もう一方の目を閉じて、それをよく見れば応えは自ずと分かった。
―Info:寄生に新たな能力が加わりました―
―Info:能力値が上昇しました―
そして、もう一つ、不審に思ったことがある。
―Error:得られるスキル又は魔術が存在しません―
「あれ、デメテルさん……スキルとかそういうのが一切ない……?」
「正解だ。私は少々めんどくさい呪いがかかっていてだな、成長速度が普通の人間より早い代わりにスキルや魔法を一切取得できない体になっている」
では、初日に放った気絶するほどの攻撃はいったいなんだったのか?
「魔力を通すだけなら技術が無くても使えるさ。まあ、私の血は魔力も増えるし他の力も増える。またこれで強くなったんじゃないか?」
その発言は、前にその血を舐めたことがある人がいたのだろう。
不敵に笑うデメテルさんを見て思ったが、この人は敵いそうにはない。
「それにしても可愛い!こうむぎゅーってしてあったかいのもいい!」
……本当に敵いそうにもないです。
デメテルさんはこうい伽羅だから仕方がないんだよぉ!(血涙)
※訂正コーナー