―12/許されざる行動―
残り書置き数が地味に少なくなってきたなぁ……というか、課題に負われて涙目なのですがどうしたらいいでしょう
とりあえず、土曜の定期更新はする。絶対に!
……昨日見たデブと、一緒にいた獣人の女だ。
手にナイフを持ち出し少女の喉元に当てている。普通ならば誰もが止める展開なのだが、貴族と奴隷という立場があってか一般人も見て見ぬふりをしている。
「……あの野郎……」
僕は思わず強く手を握りしめたが、瞬間でチェムが痛がったためすぐにその手を弱めた。
「わかってんなら早く脱げよ」
こみ上げた怒りが、殺意に変わるまでそう時間は要さなかった。
「ニコ、わかってる。わかってるけどダメ」
「落ち着いてくださいっ」
チェムとリュミエール、二人がかりで何とか僕を抑え込もうとしていた。
「……どけて、あいつを殺せない!」
「私はこんなことでニコを手放したくないの!」
そういうと馬鹿、という言葉と同時にチェムがきつく抱きしめてきた。周りが気づいてないからよかったものの、勢いが余って思わず倒れそうになる。
「ニコ……この子は必ず助けます。だから……」
「でもね……この子はこれをもう嫌になるほど繰り返しているの?街の人々は皆助けないで無視するの?だとしたら…この子は昔の僕の写し鏡みたいなんだ、まるで誰もからいらない子って言われたみたいに。それに、ここにいる野次馬の中で明らかに魔術師な人はチェムさんとリュミエールさんしかいなさそうだからね。僕にだって作戦くらいある」
リュミエールやチェムが言うことも確かに分かる、ただ、僕はそこにいる見物人などではない。
「……ん」
抱きしめた体を離すと、チェムが透明な宝石のネックレスを僕に渡してきた。一瞬だけ控えめだが決してないとは言えない谷間に目が行ったのだが、それよりも首にかけていたネックレスが白いことに気づいた。回復魔法をかけているリュミエールも同じ宝石を嵌めたブレスレットを付けている、色は黒い。
「魔力と魔法を唱えると、一回きりその魔法が発動できる宝石。お願いだから死なないでね」
「……少しの怪我ならあたしが治癒してあげますからね?」
再び手をぎゅっと握って、成功を祈る二人。そして再び決意する。
「とっとと……!?」
その悪循環を切って……女を救ってやる。つないだ両手が自然に離れ、意識を集中させる。そして、デブの頭をピンポイントに小さな光弾と闇弾を放つ。それらは高速で頭上に当たり、衝撃となってその周囲に襲いかかった。
握力が弱かったのか、ナイフは切り裂くことなく綺麗に落ち、獣人の女がふらりとよろめく。すかさず僕は頭上に爆発魔法を仕掛け、自分の足に風魔法を纏わせる。
これで準備は完了、後は…迫真の演技をするのみ。
「危ないっ!」
騒ぎを見物してきた野次馬に注意を促し、デブの視線を僕に集中させる。
これで完全に獣人の女に対してはノーマークになった。そして何が起こったかわからないまま動かない獣人の女に向かって風魔法の力を使い一気に移動する。
距離が近づく中、獣人の女の肌に触れるすれすれを狙って……僕は仕組んだ爆発魔法を起動させた。爆発の規模こそそうでもないが、予め衝撃で散らせた魔力のおかげで一般の人なら粉々になってしまうほどに威力は上がっている。
獣人の女を抱きかかえ、熱い爆風を利用してそのまま前に飛ぶ。しかしここで予想外の出来事が起こった。
「しまった……思った以上に速い……!」
このままだと壁に激突してしまうが、前につんのめった体制を切り替え足に風魔法を纏わせ跳ぼうとする時間もない。
せめて獣人の女は守ろう。咄嗟に半回転し、そのまま僕が獣人の女を庇うように壁に激突した。まさか異世界初ダメージが壁の激突になるとは。
ちっ、作戦は失敗したか。追突した人間の重みもプラスされて痛みを感じる。ただ、それ以上に今回の奇策でデブが気絶した。
勿論うまいこと行けばこのまま暗殺ギルドまで連れ去る予定だったが、動くことがやっとというほどのダメージを考えると庇いきることはかなり難しい。
「……余計な真似を……!」
感情をむき出しにして怒る女に向けて僕は迫真の演技を続ける。
「だって、マリウス家の次男が大切そうにしてたんだもん…!命を惜しむ暇なんてないよっ!」
さて、作戦は失敗したが、せめて何もできないよりは何か。演技とは別に、風魔法を使って糸を作り、相手の左耳にかけ、僕の真意を伝える。
『僕は君を助けに来た。君は保護対象に選ばれている、追手が来ないうちに逃げよう』
獣人の女は驚いた様子をして、さらにこう言った。
「っ……物凄いけがをしているじゃない!」
「このくらいへーきだよっ…ねえ、おねーちゃん良かったら名前教えて?」
『近いうちにマリウス家は全員始末する。確かに動けないが、僕の仲間が助けに来る』
「……名前なんてない、命もないに等しい」
「ううん、そんなことはない、おねーちゃんは生きている価値があるの!」「ううん、そんなことはない、おねーちゃんは生きている価値があるの!」
名前がない、という発言にチェムが苦虫を噛み潰したような表情をし、命もないに等しい、という発言にリュミエールが涙をこぼしそうになる。ただ、僕はその後に、思いがけない言葉が届いた。
『でも、本当は生きたい。だから私に名前を付けてほしい』
『それが君のねがいなの?』
もうすぐ異変に気付いた追手が来る。僕は透明なネックレスに魔力を込めた。こうしてできたエメラルドグリーンの宝石を獣人の女に渡す。
『……耳と尻尾が白いから、ユキって名前はどうかな?』
その時、追手である兵隊たちがこちらに迫ってくる。あがこうにも想像以上に魔力を使ってしまった。無尽蔵にあるにはあるが、一気に出力すると体にガタもくる。時間切れ、か。
『本当にどうにもならない時に、助けてって念じて。この宝石は、僕が本当に助けるまでのお守り。じゃあね、ユキ。』
白いハーフパンツのポケットに宝石を忍び込ませ、兵隊に両手を捕まえられ立ち去るとき、僕は泣きじゃくる演技でずっとおねえちゃん、と呼んでいた。
慌ててリュミエールが僕をあやすが、勿論演技である。
やがて完全に見えなくなると、溜息をついて部下に担がれるマリウス家の次男を見つめた。
「あれを受けても死なないなんて……強い……」
実力の差を、見せつけられた。
「無茶しすぎ」
チェムがめ、と僕をしかる。周囲の野次馬は未だに何が起こっているかが分からず右往左往している。
「でも、生きててよかったです」
幸い、命に係わるほどの深い傷を負ったわけではないので、リュミエールの回復魔法で普通に動く分には問題は無くなった。ここから一日休めば完全に治るだろう。
「……ありがと」
見ず知らずだった人がこうして親身になってくれることには違和感を感じるのだが、恐らくこの二人がいなかったらこの先僕はこの街で生きていること事態難しかったのだろう。
「……一人でもC級以上の魔術師がいたら速攻でばれるところだった」
「魔力のパターンっていうのは指紋以上に身元を特定しやすいのですよ?」
他の第三者の仕業として爆発させたことにすれば万事解決だと思っている僕が馬鹿でした。
「幸いそんなことは無かったから大丈夫かな?」
「それでも。成功すること自体が困難である作戦を立てるのはどうかと思いますよ?」
やれやれ、リュミエールに痛いところを突かれた。それでも、いざというときの保険に風魔法を入れたペンダントを渡せただけまだましなのだが。
ただ、僕の課題点は他にもあったらしい。
「それとMPのロスがかなり激しいです」
「リュミエール、……MPのロスって具体的にどういうものなの?」
「ためしに、何か魔法でできた球を作ってみてください」
言われたとおりに手のひらに乗るほどの光の球を作る。
「やっぱり、無詠唱魔法で、杖を持っていなければ当然MPのロスは上がります、でもそれを加味して考えてもあまりに多すぎるのです」
大方の魔法は詠唱魔法と無詠唱魔の二つで発動することができる。詠唱魔法は本と杖を媒体に魔術を詠唱して発動する魔法、無詠唱魔法は杖のみ、もしくは何もなしで放つ魔法である。当然高度な魔法は詠唱魔法でないと発動はできないし、低度の魔法でも詠唱した方が魔力のロスや威力もよくなる。
ただ、無詠唱魔法の利点は魔法を詠唱してから発動するまでの時間の短さと、発動する際の簡単さに分が上がる。
大体手のひらサイズの魔法の球を作るときの魔力のロスはほんのわずかであるため、その程度でこのロスは普通の魔力保有量の人だったらものの数秒で魔法使用値が枯渇する、とリュミエールが補足説明をする。
「んー、まだ光魔法のレベルが低いのかな」
試しに一番レベルが高い風魔法で同じことを試みた、が。
「やっぱり魔力のロスが多いですね…」
ここで、一連の行動をチェムがゆっくりと、しかしこれまでで一番長いだろう説明を入れる。
「無詠唱の素質は確かにかなり高い。けど、…魔力のコントロールがとても甘い。魔力のコントロールができなければ実践で使えないも同然。ニコはそれを有り余るMPと勘で押し切っているだけ」
魔力のコントロール、か。
確かに、伝説の剣を渡されてもただ剣を振り回しているだけだったら小さい子供でもできるが、それは振り方や受け方が我流の、実践で使えるものでもない真似事だ。逆に言えば鈍らな剣でも振り方をマスターすれば百人切りもできる。
最もこれは極端な例だが、魔法も扱い方を知らなかったら上手く扱えないどころか、下手したら魔力暴走で死亡する可能性だってあり得る。
従って普通の人間が数秒で枯渇するほどの魔力をロスしていると考える現状は、いくら魔力保有量が高くてもそれを有効に活用できないのは当然。それどころか、今のまま魔法を使い続けるといつか魔力が暴走する可能性が高いという綱渡り状態だ。
「まあ、今のままじゃ、真正面であいつには勝てない」
気絶させることしかできなかった貴族の次男を思い出すたび、思わず溜息と怒りが込みあがる。
「でもね、ニコ……真正面で戦うことを前提としているわけでもない。戦い方にもいろいろある上に、戦わずに勝つこともできる」
チェムが少しだけ微笑みを見せ……次の瞬間。
「ふぁ……!?」
二人が、僕の両頬に唇を当ててきた。想定外のシチュエーションで、思わず気が動転してしまいそうなほどだ。
「……頑張った」
「一生懸命助け出そうってしているところ、すごくかっこよかったですよ」
当分、この人たちにはいろいろな面で勝てそうにないようだ。
※訂正コーナー