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神紅の剣  作者: 栗太
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7.創剣-カクセイ-


 第三演習施設ドライから、3kmほど北西に離れた峡谷地帯の崖の上。僕はヴェルロッドのカメラ越しに地平線の先を睨んでいた。


「…来たね」


 誰に聴かせるでもなく、ポツリとつぶやく。いや、そもそも何か言ったところで、誰か聞かせる相手がいるわけじゃないけど。

 モニターに映る小さな影。今は小さく見えるけれど、その影は1000m級の超大型コンクエスタ、ワーム級クィーンだ。今は遠くて見えないけれど、きっと近くには何十何百ものフライ級を初めとしたソルジャーがいるのだろう。


「さて、じゃあ先制攻撃をさせてもらおうかな」


 射撃姿勢のイメージ。右足を後ろに引いて、重心は低く。

 ICSから僕のイメージを受け取ったヴェルロッドが構えるのを体で感じながら、Re:BELCAを起動。Re:BELCAに搭載された望遠カメラからの映像がメインモニターに映し出される。


「うわ…。わかってはいたけど、これはちょっとシャレにならないな…」


 カメラに映るのは、膨大な数の敵ソルジャー。自身の体ほどもあるコアを包み込むように保持するフライ級に、フライ級がそのまま大きくなってコアが胸のあたりに移動したような形のホーネット級。どうやら、今回のクィーンであるワーム級を守るのはこの二種のソルジャーみたいだ。

 そして、そのソルジャーたちは対角線上にあるはずの海が見えない程に密集している。


「でも、この重たい銃を持ってきた甲斐はあったかな?」


 コンソールをいじって、Re:BELCAを単発発射モードから照射モードに変更。

 狙うのはワーム級の巨大な砲塔とその周囲に群がるソルジャーたち。


「いけ!」


 トリガーを引く。同時に凄まじい衝撃と銃身から放たれる光の奔流。


「ッ! こんのぉおおおお!!」


 エネルギー兵器なのだから弾には質量などは存在しない。ならば、発射時のリコイルなど存在しないという意見があるが、あれは嘘だ。でなきゃ、今こうして僕が途轍もない衝撃を受けながら必死に銃を構えていることへの説明がつかない。


「おおおおおおお!!」


 機体から伝わる凄まじい衝撃に意識を奪われそうになりながらも、大声で吠えることで意識を集中させる。銃を振り下ろすイメージ、発射時のリコイルで跳ね上がった銃身を、ヴェルロッドはその細腕を持って無理やりに振り下ろす。

 そして、Re:BELCAから放たれていた光の奔流が収まる。弾倉型コンデンサーに蓄えられていたエネルギーが底をついたんだ。


「はあ、はあ…。どう…だ?」


 叫びすぎて乱れた息を整えながら、敵の様子を見やる。

 先程までは対角線上が全く見えない程に密集していたソルジャーコンクエスタの集団。今、その場所には巨大な穴が開き、ワーム級の砲塔は10あるうちの2つが大破していた。


「はは…。予想以上の威力だね、これは…」


 通常、ワーム級の砲塔を破壊するとなれば、1つ辺り3機以上のAFで火力を集中する必要がある。それを、このRe:BELCAはAF単体の携行火力としてその偉業を成し遂げたのだ、驚かない方がおかしい。


「と、こうしている場合じゃないか」


 まっすぐ市街地、ドライ方面に向けて進軍していたコンクエスタ達がこちらへと進路を変える様子を望遠カメラがとらえ、僕はすぐに峡谷の中へと身を隠す。僕が峡谷へと身を隠して3秒もたたずに、先程まで僕のいた崖が大爆発を起こし、辺りの岩が崩れ落ちる。

 どうやら、ワーム級コンクエスタが残った8つの砲塔から遠距離砲撃を仕掛けてきたらしい。


「危ない、危ない…」


 あのまま、Re:BELCAの威力に陶酔してボーっとしていたら、僕はあの瓦礫のような岩と運命を共にしていただろう。

 安どのため息を吐くのと同時、ヘルメットに備え付けられたスピーカーが音声通信の着信を伝える。すぐに、通信機が自動的に通信を開始。スピーカーから落ち着いた低い声が聞こえてくる。


『こちら、地上部隊アルファ1。凄まじい爆発音が聞こえてきたが状況はどうなっている?』


 通信先は、この峡谷の少し奥に身を隠している地上部隊だったらしい。僕はすぐに、今回の作戦のコールサインと共に返事を返す。


「こちらレッド1、敵に対して先制攻撃を敢行。離脱後に反撃を受けましたが、損傷はありません。敵は攻撃に反応し、現在此方へと向かってきています。総数は100以上」

『承知した。以後は作戦通りだ。レッド1は敵を引きつけつつ後退せよ』

「レッド1了解」


 短いやり取りの後、通信が切れる。

 それじゃ、残りのお仕事と行きますか。

 ヴェルロッドをイメージで動かして、コンクエスタの様子を見る。10km以上先にいたコンクエスタの群れは、気づけば3km程先まで進軍してきている。おそらく、ソルジャーはもう1分もしないうちにココに到達するだろう。


「じゃ、行きますか」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、Re:BELCAの弾倉を交換。照射モードから単発射撃モードに直して、隠れていた岩陰から飛び出す。


「いけッ!」


 空中に身を躍らせるのと同時に照準。とはいっても、ゆっくり狙う暇なんてないのでだいたいの位置に銃を向けるだけ。その状態からトリガーを二度ひく。放たれる2発の光弾は、群がるソルジャーたちを喰らい、その身を爆ぜさせる。


「よし!」


 複数の爆発を確認した僕は、すぐに機体を反転。峡谷の奥へと向かって飛ぶ。

 途中で、背後の岩が爆発を起こすけどそんなのに構っている暇はない。時々振り返ってはRe:BELCAを放ち、至近距離まで近づいてきた敵に対してはワイヤーブレードを放って迎撃する。

 あと少し…、あと少しでッ!?


 ドカン!!

 目的地まであと900m程と言ったところで左前方の岩盤が爆発。機体を大小様々な破片が襲ってきた。


「くッ! この!?」


 とっさにブースターを細かく吹かして回避行動をとる。おかげで、機体への直撃はなかったが、背部の大型ブースターが片方使い物にならなくなった。


「チッ!」


 とっさに左手でブースターと共に固定されている振動刀を引き抜いて、大型ブースターを左右両方ともパージ。どうせ片方使えないのなら片方だけ残しておいてもバランスが悪くなるだけだし、使えないものを残しておいてもデッドウェイトになるだけだ。


 大型ブースターを切り離したことで、目に見えてヴェルロッドの速度が落ちる。けど、それでも普段のイスタシュパッツと同等程度の速度まで落ちただけの事だ。敵の攻撃を躱しながら目標地点へ到達するのが不可能になったわけじゃない。


 目標地点まで残すところ約600m。機体を反転させ、後退しつつRe:BELCAでの砲撃を敢行。同時にアルファ1に通信をつなぐ。


「アルファ1聞こえますか、こちらレッド1。間もなく作戦予定地点に到達します!」

『アルファ1了解。そのまま引き付けろ』


 アルファ1からの応答を聞きながらRe:BELCAを二射。何体かのコンクエスタをエネルギーの奔流が捉え、爆発が起こる。

 よし!

 コンクエスタの爆発を確認して、もう一度機体を反転させた後に全力で目標地点へと飛ぶ。後ろからはまだ十数体のフライ級が追ってくるけど無視。

「レッド1目標地点に到着!」

『よし、全力で真上に飛べ!』

「はい!」


 ようやく目標地点に到着し、機体に水平方向の制動を掛けるとともに真上にブースターを吹かせる。

 普通、こんな無茶苦茶な軌道をすれば強烈なGに襲われて失神は免れないのだろうけど、僕たちアクターは特性の高性能対Gスーツを与えられているためスーツが幾らかGを吸収軽減してくれるので失神まではしない。とはいっても多少以上にキツイのには変わりがないんだけどね。


 ヴェルロッドを急上昇させた約2秒後。フライ級やホーネット級と言ったソルジャー達が先程まで僕のいた地点に到着する。そして――


『全機、撃てええええ!!』


 アルファ隊隊長の声が通信機に響き、真下で幾つもの爆発が起こる。

 通常戦力はコンクエスタに対抗できない。今や常識としてそう認識されているが、この認識は正確には正しくない。通常戦力でも限定条件下においては十分にコンクエスタに対抗し得るのだ。

例えば、今この現状の様に狭い区域にコンクエスタを集めれば空爆や、戦車砲を用いて敵を駆逐することができる。


 しかしそれも――


「!! 敵クィーン接近! 地上部隊は撤退を!!」


 ――相手がソルジャーであればの話だが。


 クィーンコンクエスタワーム級。コイツの最大の特徴はその巨体と全身にまとった強固な装甲、そして全十基の砲塔と11個のコアを持つという事だ。

 通常、他のコンクエスタはクィーン・ソルジャーの区別なく、固体サイズによる大小の違いはあれどコアは一つしか持たないという原則がある。

 その原則を破るのが、この3000mもの巨体を誇るワーム級の最大の特徴だ。


 全身に配置された11個のコアは、10個が件の巨大砲塔の中に埋め込まれており超火力を支えている。残る一つはワーム級の頭部で強固な装甲に守られている。この11個すべてのコアを破壊しなければワーム級は機能を停止しない。

 さらに言えば、ワーム級の装甲は戦車砲の10門やそこらじゃ決して破壊出来ないほどの強度を持っている。つまるところ、ここに来ている地上戦力じゃあどうあっても太刀打ちできない。


『くっ、すまんな。アルファ隊、撤退する! 以後レッド1はデルタ1の指揮に従え!』

「了解!」


 アルファ隊(地上部隊)が撤退を開始すると、ソルジャー達がそれを追撃しようと車両群に群がり始めるが、空から降り注ぐミサイルと機銃の雨によってその足を止める。


『こちらデルタ隊(航空部隊)デルタ1。アルファ隊の撤退を援護する! レッド1、デルタ2は現高度を維持しつつ砲撃。デルタ3、4は高々度より空対地スプレッドミサイルを投下。分裂タイミングは任せる!! 本部からの増援が来るまであと40分だ持ちこたえるぞ! 勿論、増援が来る前に片付けてしまっても構わんがな』

『『『「了解!」』』』


 返事を返してRe:BELCAを照準。狙うのはワーム級の巨大砲塔だ。

 視線とともに動くロックカーソル内に巨大な砲塔の根元を収めると、FCSのアシストが働いて機体の両腕が自動的に照準を微調整し始める。そして、ロックカーソルが従来の緑色から変化し赤く染まった瞬間。


「いけ!」


 気合と共にトリガーを引く。

弾倉に残されたエネルギーを使い切り、加速された収束プラズマ弾はRe:BELCAの砲身を滑り一条の光となって僕の狙い通りワーム級の砲塔1つを貫いた。


「よし! 次!」


 命中を確認し、すぐに空になった弾倉を排出。腰の弾丸ラックから新たな弾倉を取り出して装填する。そして次の砲塔を狙おうとしたとき。


『レッド1、後ろだ!!』


 通信機から響いた叫び声に後ろを見ると、ミサイルと機銃の雨をすり抜けたホーネット級がその長く鋭利な尾を突き刺さんとしてヴェルロッドの真後ろで構えていた。


「ッ!?」


 今から振り向いても迎撃は間に合わない。躱そうにも、大型ブースターを失ったヴェルロッドの推力じゃあ、無駄に広い近接攻撃範囲を持つあの尾からは逃げきれない。


 畜生、悠太に偉そうなこと言った割に最後はバカみたいに呆気ないな。ああ、死んだら美咲に会えるのかな…。でも、会ったら会ったで怒られそうな気がする。なに死んでるんだって…。

 一瞬の間にそんなことを考えると、頭の中にさまざまな思い出が色鮮やかに同時再生される。沙紀やハルトと一緒に食べた晩御飯、初めて出会った時の康太と真城さん。どや顔で新兵器(さんぱいぶき)を押し付けてくるヴェルシュタイン教授。僕を引き取ってくれた時の遼姉、あの夏祭りでの美咲の笑顔。



 そして、龍に飲み込まれる前の美咲の涙



「!!」


 まだだ…。まだ死ぬわけにはいかない…。僕はまだ、死ぬわけにはいかない。まだ、僕は復讐を遂げていないんだ。美咲を殺したあのコンクエスタを…まだ倒していない!!!


 限界まで絞り切って放たれるホーネット級の鋭い尾。


「おおおぁああああ!!」


コックピットを狙ってきたソレを振り向きざまにRe:BELCAで殴りつけて迎撃。これでRe:BELCAは使い物にならなくなったが、尾を殴り飛ばされたホーネット級は空中でバランスを崩す。

 その隙を見逃さず、左手の振動刀で一閃。無防備なホーネット級のコアを切り伏せる。コアを破壊されたホーネット級は一瞬動きを止め、爆散した。


「はあ…はあ…。なんとか…いきてるね…」


 ほんのわずかな平穏の時を取り戻したコックピットの中で呟き、一度目を閉じて意識を切り替える。


「レッド1、ホーネット級を撃破しました。しかし、Re:BELCAを損傷。砲撃の継続は不可能です」

『デルタ1了解。よく生き延びた、これからは撃ち漏らしの遊撃に回ってくれ』

「了解!」


 返事を返して、Re:BELCAを投げ捨てる。ワーム級の近くに落ちたRe:BELCAはF-011部隊の投下したスプレッドミサイルの雨に晒されて内部に残されたエネルギーを爆発画へと変えてワーム級の強固な装甲にダメージを与える。


「レッド1、近接戦闘に移ります」


 機体を地面へと向けて急降下。弾幕を抜けてきたフライ級を右手に持ち替えた振動刀で切り裂く。その一撃はしっかりとコアを捉え、フライ級は爆発するが…。


――ドカン!!


 何の前触れもなく機体が大きく揺れる。何事かと機体の状況を映すコンソールに目を向けると左腕が動作不能と表示されている。

 機体のアイカメラを左腕に向けると、左腕の肘から先が何かに食いちぎられたように無くなっていた。

 チッ! いつの間にかレーザーを喰らっていたのか!!


 左腕を失い、ヴェルロッドの戦闘力はまた落ちる。そこへ、更に悪い知らせが飛び込んできた。


『F-011、全機ミサイル弾切れ。機銃による攻撃を開始する!』

『デルタ2弾切れ、指示を!』


 ここまでミサイルの雨を降らしていた航空部隊からの弾切れ報告。それはつまり、より多くの敵と切り結ばなければならないという事だ。推進力は大幅に低下、片腕も失っているヴェルロッドでは正直これ以上の負担はキツイ。けど、やるしかない!!


「弾切れの機体は一時撤退と補給を! ここは僕が抑えます!!」

『レッド1!? 無茶だ、そんな状態の機体では!?』

「大丈夫です! それに、ヴェルロッドは近接戦闘用の機体! 下手に砲撃されるのはむしろ邪魔になります!!」


 下手をすれば、上官侮辱罪で営倉入りは免れない発言。けど、デルタ1こと航空部隊の隊長は僕の思いを理解してくれたらしい。


『…すまない。デルタ隊全機、一時帰還する! 紅葉、死ぬなよ…!』

「はい!」


 撤退を開始する戦闘ヘリと戦闘機。しかし、コンクエスタ達がそれを黙ってみているわけもない。ソルジャーたちが背を向けたヘリへと群がっていく。


「やらせないよ!!」


 腕、腰、両足のロケットブレードを射出。ヘリに群がろうとしていたソルジャーを貫く。


「さて、それじゃあ行こうか!!」


 機体を更に急降下。峡谷内部へと突入し、手当たり次第にソルジャーを切り捨てる。中距離から放たれるレーザーは近くにいるソルジャーを盾にして回避。近づいてくる敵には振動刀の一閃を浴びせ、機体各部のロケットブレードで貫く。


 ――ピピピ!!


 もう何度目になるかもわからないロックオン警報。目だけで方向を確認するとワーム級の砲塔がこちらを向いていた。

 ――マズイ!!?


 この距離であの砲撃を避けるのは難しい。これは、流石に死んだかな…。

 ごめんね、美咲。仇、取れそうにないや…。遼姉、あの時折角助けてくれたのにゴメン。康太、真城さん、ミゲル…ハルト、沙紀…いままでありがとう。それに悠太、約束守れなかったよ。みんなごめんね、僕に力がなかったから…。もう、みんなを守れない。


「もっと、力があればなぁ…」


 気が付くと、頬に熱いものが流れていた。それは悔しさからくるものなのか、これから訪れる死への恐怖なのか僕自身もわからない。だけど、もっと力があれば、こんなことにはならなかったはずだ。もっと、もっと…。


 そこまで考えたとき、不意に時間が止まったかのような感覚に襲われる。又、走馬燈でも見るのだろうか。一時間もしないうちに2度も走馬燈を見るなんてね…。そんなことを一瞬思った時―――


――力を欲したな――


「!?」


 脳裏に言葉が響く。通信機から声が聞こえただとかそんな感じじゃない。直接頭の中に言葉が響いてくる。そんな感じ…。


「誰だ!?」


――我が名はヘファイストス、真紅の剣の創主。汝は創剣の力継ぎし者、力を欲したな――


 ヘファイストス…剣の創主…? それより、頭に声が響くこの感覚はいったい…。


――汝、真に力を求めるか、世界の真実を知る覚悟はあるか――


 世界の真実…? よくわからないけど、それでこの状況を打開する力が手に入るなら何だっていい!! 僕に、力を!!


――契約は為された。帰還を歓迎するぞ、我が主――


 ヘファイストスの声が途切れ、世界に時間が戻ってくる。相変らずヴェルロッドはワーム級にロックされたままだけど、もう今の僕に焦りはない。


 ズゴゴゴゴゴ…ゴン!!


 低い地響きとともにワーム級の真下の地面がせり上がり、飛び出した建造物がワーム級へとアッパーを喰らわせる。突然の真下からの攻撃にワーム級は対応できず、明後日の方向へレーザーを発射しながら3000mの巨体は腹を天へと向けてひっくり返る。


「ああ、そうか。そういう事だったんだね」


 地面から飛び出した建造物を見ながら呟く。別に、建造物を見て納得したわけじゃない。さっきのヘファイストスとの会話以降、頭に流れ込んでくる情報に僕は納得していた。


「そうか思い出したよ、君は僕の剣なんだね。うん……おいで(・・・)、ウルカベル」


 コックピットのハッチを開け、建造物…遺跡ユニットに向けて手を差し伸べながら言う。

 次の瞬間、遺跡の一部が爆発。中から真紅が飛び出す。


 フレームを覆う真紅の装甲。頭部の一本角と緑色に光るモノアイが単眼の鬼を思わせる。かと思えば、背中には天使を思わせるような推進翼を持ち、同じく背部のハードポイントに小型の大剣を思わせる機械的な剣を背負っている。様々な要素が歪に交わり合い不恰好にも見える機体。

 オリジナルタイプAF、ウルカベル。それがこの機体の名前であり、僕の…僕だけの剣の銘だ。




 ヴェルロッドを降りて、ウルカベルへと乗り移るまでコンクエスタに襲われなかったのは、おそらくソルジャー達を総動員してひっくり返ったワーム級を元に戻そうとしていたんだと思う。その証拠に、遺跡ユニットの向こうからは騒音というにしても大きすぎる程の翅音が聞こえてくる。


――帰還を歓迎する、7代目創剣。否、我が主、紅葉透――


ただいま(・・・・)、ファイ」


――久しいな、その呼び方も――


「何言ってるの、君が僕に思い出させた(・・・・・・)んじゃないか」


――そうだな。行くか、主――


「うん、行こうファイ!」


 頭に響く声。ヘファイストスことファイに返事を返し、機体のコックピットハッチを閉める。スクリーンに映し出されるのはあらゆる武装を失い、満身創痍という体のヴェルロッド。

 これは、帰ったら沙紀と教授にどやされるかな…。でも、それもいいのかもしれないね。多分僕はもう…。

 そこで一旦、思考を停止する。ファイからの警告があったからだ。


――警告、フライ級・ホーネット級コンクエスタ多数接近――


「まったく、少しくらいは感傷に浸らせてもらいたいものだね」


 言いながら、背中の多目的振動剣”ラブリュス”を引き抜く。振動剣ラブリュスは特徴的な形をした大型剣だ。刃の下には本来あるべき柄がなく、片刃の剣の刃の峰部分に持ち手がついている。どことなく、そば切り包丁を彷彿とさせるフォルムだけど、あちらが刃の上部から柄が下に伸びているのに対してこちらは柄が刃下部から上に向かって突き出ている。

 もちろん、この形には意味があるけど今はどうでもいい。


「さあ、行くよ!」


 イメージ、突進。フットペダルを思いっきり踏み込むとウルカベルは急加速、近づいてきたソルジャー達と一瞬で交差する。

 そして、背後で爆発。交差した瞬間にコアを切り裂いたコンクエスタ達は小さな破片となって大地へ落ちていく。


――腕はいいようだ。初代以来の逸材だな――


「それはどうも」


 感心したようなファイの声に礼を返しながら、遺跡ユニットを飛び越える。そこにいるのはソルジャーの群れとワーム級クィーン。よく見ると、倒れたときに自重で押しつぶしたのかクィーンの砲台が二つほど潰れ、レーザー発射前の赤ではなく、白く眩い光を放っていた。


「ワーム級のコアは残り7つ、砲台は4つか」


――しかし、早急にコアを破壊せねば直に砲台は修復されるだろうよ――


「そうだね。じゃあ、早いところやってしまおうか。ファイ、ラブリュスモードB」


――承知した――


 ファイの返事を聞いて、僕はウルカベルにイメージを送る。そば切り包丁のような形のラブリュスの柄を展開、180°回転させることでラブリュスは一般的な剣と相違ない姿へと変形する。


――エネルギー充填完了。粒子加速開始、ラブリュスモードB起動――


 ファイの声を合図に、ラブリュスの峰に当たる部分が桃色に発光しビームでできた刃が形成される。


「よし、行くよ!」


 ラブリュスを構えて、全速でワーム級へと突き進む。

 けど、周りのソルジャー達が何もせずにそれを見ているわけもなく、一斉にコアを輝かせたかと思うと、レーザーの雨がウルカベルを襲う。


「シールド展開!」


 襲い掛かるレーザーの雨を掻い潜りながら、左腕を機体前面に掲げる。同時に取り付けられたENシールド発生装置フォスプラッカから虹色の光が溢れ出し、盾の形に成形。高密度エネルギーで形成された盾は、コンクエスタのレーザーを当たった瞬間に無効化していく。


「おおお!!」


 気合と共に一閃。ソルジャーを切り裂きながらワーム級の砲台へと接近し右腕をその根本へと向ける。

 ――ガシャン!

 右腕に内蔵された二つの銃身が音を立てて起動。二つの銃身の中間に備え付けられたサブカメラがFCSを通じて対象を補足し、ロックカーソルが赤く染まった。


「いけッ!」


 トリガーを引く。同時に、二つの銃身から交互に真っ赤な弾丸が連続で発射される。

 連装ビームガン”フォトラスフィリ”小型の荷電粒子砲であるビームライフルよりも更に小型化されたビーム兵器で、二つの銃身から交互に加速荷電粒子を発射することで他のビーム兵器には真似できない程の連射性能を実現した武器だ。連射性能や小型化を重視して作られたから、威力は他のビーム兵器に比べれば貧弱と言わざるを得ない。だけど、腐ってもビーム兵器。ワーム級の正面装甲ならともかく、砲台と本体の付け根を破壊するくらいなら十分すぎる程の威力を持っている。


 次々と発射されるビームの嵐を受けて、ついにワーム級の砲台が音を立てて根元から圧し折れる。


「よし!」


――再生反応なし、コアの破壊を確認した。ワーム級残存コア6、ソルジャー残り30現在もワーム級体内にて製造中――


「次のコアに行くよ!」


 言うより早く、機体にイメージを送る。ブースト全開、一瞬で再生途中のコアまで到達しラブリュスを振るう。砲台が壊れ露出していたそれを一撃で切り伏せてまた次のコアへ。もう一つの再生中の砲台の下にあるコアはさっきと同じようにラブリュスで切り伏せ、近くにあった砲台をコアごとフォトラスフィリで打ち抜く。


――残存コア3、ラブリュスモードB使用限界まで437秒――


「充分!」


 ワーム級に近接戦闘を仕掛け始めてから目に見えてソルジャーの砲撃が減った。たぶん自らの砲撃でクィーンを傷つけるのを恐れているのだろう。こっちにとっては好都合だ。

 近づいてくるソルジャーはラブリュスで切り捨て、残り二つの砲台をコアもろともラブリュスとフォトラスフィリで破壊する。


「ラストォオオオオ!!」


――ラブリュス出力最大。フォスプラッカアサルトモードを起動――


 ファイの声と同時に左手のフォスプラッカからまた虹色の光が溢れ出し、剣の形を形成していく。フォスプラッカアサルトモードことENブレードの完成だ。加速した粒子で構成されたラブリュスのビームブレードが質量と実体を持った剣であるのに対し、純粋なエネルギーの塊であるENブレードは質量ゼロでビームブレードにも劣らない威力を持つが、死ぬほど燃費が悪い。エネルギーの刃は対象と対消滅を起こしながら常に新たな刃を生成し続けるため、一度剣を振るだけでもビームブレードの10倍以上のエネルギーを消費するからだ。


 だけど、そんな事を気にはしていられない。ビームとエネルギーの二種の刃を両手に携えてワーム級の額、正面装甲を切り刻んでいく。


――エネルギー30パーセント。ENブレード強制解除――


 機体のジェネレーターから出力されるエネルギーをあらかた食い尽くしたENブレードがファイの判断によって強制的に解除される。だけど、もう十分だ!


「これでッ…」


 ラブリュスを弓を引くように思いっきり機体後方へ引き付ける。左手は機体全面に、そして


「終わりだぁぁああああああ!!」


 左手を引くとともに、右手を思いっきり突き出す。実体刃を持つラブリュスの先端はわずかに残ったワーム級の装甲を貫き、その体の奥底へと突き刺さる。

 一瞬、ワーム級が痙攣したかのような振動。すぐにラブリュスを引き抜き、全力で上空へと退避する。


 次の瞬間、轟音。眼下の峡谷から炎が舞い上がる。全てのコアを破壊されたことによって、ワーム級クィーンコンクエスタがソルジャー達と同じ最後を迎えた。


――コア反応、0。ソルジャーは全てワーム級の爆発に巻き込まれたようだ――


「わかった。…ファイ、ヴェルロッドはどう?」


――主が搭乗していた機体は遺跡ユニットの影に安置されていた。恐らくは無事だろう――


「そっか、ありがとう」


――礼を言われるようなことはしておらんが――


「そういう気分なんだよ。じゃあ、帰ろうか。みんなに君とウルカベルを紹介しなきゃ」


――我が声は同種にしか届かぬぞ――


「あ、そっか。じゃあ、ウルカベルだけの紹介になるのかな」


 ファイとそんな会話を繰り広げながら、ヴェルロッドを回収する。

 …ヴェルロッド、短い間だったけどありがとう。君は欠陥機なんかじゃない、最高のイージスフレームだったよ。

 心の内で言葉を投げかけると、太陽光を浴びたヴェルロッドのツインアイが一瞬きらりと光る。それは、まるで労いに対する返答のようにも思えた。


「……」


――どうかしたのか、主――


「ううん、なんでもないよ。それじゃあ、行こう」


 誤魔化すように返事を返して、ドライへと向けて機体を駆る。これから先、僕はようやく思い出したこの胸の記憶と共に世界を守っていくことになる。それはきっと、多分だけど、遼姉やハルトに沙紀たちとの別れも意味している。

 力を得たことに後悔はない。確かに、少しどころじゃなく寂しいけど、世界を守るためには必要な事なんだ。


 流れる景色の中でそんな事を思いながら、僕はフットペダルを強く踏みつけた。




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