6:訓練-シュウゲキ-
二か月ぶりの投稿でございます
「飛ぶときは地上にいるときよりイメージをしっかりと固めてね。油断すると、ブースターが変な方向むいて落ちちゃうから」
『『『はい!』』』
初々しくも、元気よく返事を返してくる一年生たちの機体を一通り眺めて、僕は機体にイメージを送る。
「よし、それじゃあ行くよ。ついてきてね」
跳躍、上昇。僕が頭で描いた二つのイメージがICSを通してヴェルロッドに伝わり、一瞬の浮遊感と共に機体が上昇を開始する。
下を見れば、少しふらふらとしながらも懸命にこちらに向かって上昇してくるイスタシュパッツが3機。
へえ、初めて飛んだにしてはなかなか上出来だ。
先程の返事と同じように初々しい飛行を披露してくれる一年生たちの搭乗したイスタシュパッツを見ながら、そんな感想を抱くとともに、僕は一週間ちょっと前の遼姉との会話を思い出していた。
― 約2週間前 ―
BELCAの起動試験も無事終了し、ハルトと沙紀に複座型の専用機が与えられることになった。
専用機とはいっても、名目上は複座型機体におけるPLキャノン使用データ収集用の実験機体という事になっている。現状、複座型の機体を実戦に耐えうるレベルで動かせるのはあの二人だけだし、結局のところ専用機という認識で間違いはない。
その専用機の開発…というかぶっちゃけてしまうとヴァイアードの大幅な改修になるわけだけど、ハルトと沙紀の両名はそっちの方で調整などの作業に付きっきりになるため05小隊は僕一人しか動ける人間がいなくなったため、戦闘に出るわけにもいかず、訓練の方も、いい加減シミュレータ―ばかりでは飽きるとは言わないが、一人きりの訓練というのはどうにもさびしく感じてしまう。ハルト達が来るまでは一人で訓練することに何の苦痛も感じることなどなかったというのに、この一年で僕も随分と変わったものだ。
まあ、そんなわけで、康太でも訓練に誘おうかと考えていた時に、その話は僕の元へと来た。
「新入生のAF操作指導?」
「ああ、そうだ。どうせ暇なのだろう?」
訊き返す僕にこともなげに言ってくる遼姉。いや、確かに訓練以外にすることはないけどさ。どうせ暇だろうと言われると、少しむっとするというか、何というか。
「はいはい、どうせ暇ですよーだ」
「はは、そうむくれるな透。どの道、この話は05小隊に行くはずだった案件だ。篠宮とグレイドールはいないが、お前だけでもこなせるだろう」
笑いながら、なだめてくる遼姉。確かに、少人数にAF操作について教えるなら一人でもできるけどさぁ。
「むぅ…。それで、1年生って合計、何人くらいいるんだっけ?」
「全体で200名弱。アクターに絞れば43名だな」
43!?
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん、なんだ?」
なんだ? じゃないよ!
「43人って多すぎるから! そんなに一人で指導しきれないよ!?」
中隊合同訓練でも、15人の小隊員に5人の小隊長で何とか指導しているって言うのに、いきなり一人で43人も指導するなんて無理だ。まして、相手が2、3年生ならともかく、今回の相手はAFの操作方法もまともに知らない1年生。
僕一人じゃ、無理して教えるとしても10人くらいが関の山だ。
「ああ、安心しろ。何も43名全員を指導しろというわけじゃない。お前が教えるのは13名だけだ。残りの30名は10小隊と、14小隊がそれぞれ15名ずつ指導することになっている」
「あ、各中隊で分けるんだ…」
それはそうだ。43人なんて大人数、たとえハルトと沙紀がいたとしても05小隊だけでは対応できなかっただろうからね。
「そういうことだ。どうだ?」
「ん、わかった。それで、何時から僕は指導に付けばいいの?」
僕がそう返事をすると、遼姉はどこかホッとしたような雰囲気をだしながら回答をくれる。
「訓練開始は1週間後、場所は第三演習施設だ。期間は2週間を予定している。2週目からは篠宮とグレイドールも合流できるだろうから、再来週いっぱいはお前一人でやってもらうことになる」
二週間か。少し短いような気がするけど、大丈夫なんだろうか。
僕が少し考え込んでいると、遼姉は僕の顔を見て何か察したのかすぐに補足してくれる。
「そう難しい顔をするな。何も、二週間で新兵を戦場へ送り出そうというわけではない。お前たちの後は04小隊、その次は03小隊と、01中隊全体で約2か月強指導を行う予定だ」
ああ、なるほど。中隊規模で少しずつ指導するのね。確かに、その方がAF操縦に対して固定観念みたいなのができなくてよさそうだ。
「わかった、そういう事なら引き受けるよ。でも、それなら僕はどこまで教えればいいのかな?」
「そうだな、まあ出来たとしても精々基本操作くらいか。ある程度、機体を動かせるようになればいい。ああ、戦闘に関する指導はしなくても構わん。簡単な回避術くらいは教えてもらっても構わんが、攻撃法については、現在全員分の適正を図り、こちらで指導をしている途中だからな」
「了解」
と、まあ、そんな会話をして、一年生の指導を引き受けたんだけど、最初の方は大変だった。今でこそ、こうやって何とか飛行したりできているけど、最初の方は歩くどころか立つのもやっとっていう状態だったからね。
『あ、紅葉先輩、次はどうすればいいでしょうか』
おっと、少し回想している間に一年生たちが僕のいる位置まで機体を上昇させてこられたようだ。
時々、体制を少し崩しながらも何とかその場にホバリングできている。
「よし、それじゃあ、その辺を少し飛んでみようか」
イメージ、前進。機体にイメージを送りながら、フットペダルを踏む力を少しだけ強める。イメージとフットペダルの操作を受け取ったヴェルロッドが前進するのを、周りの風景が動くのと感覚で感じながら、僕は一年生達に声を掛けた。
『『『は、はい!』』』
返事と共に、懸命について来ようとする一年生達。その動きはヨタヨタとしていてぎこちないけれど、それでも僕の後をしっかりとついてくる。
…頑張るなぁ、今年の新入生。去年のハルトなんかはホバリングだけでも一杯一杯だったからね。
…これは、少しイタズラしたくなるなぁ。
「よし、少しスピードを上げるよー」
『え!? ちょ、ちょっと待ってください先輩!』
悲鳴を上げる一年生の言葉を無視して僕はフットペダルを踏む力をさらに強める。
「待たなーい。ほらほら、遅れた子は演習施設の外周3周だよー」
『『『それは嫌だ!!』』』』
異口同音に通信回線から響いた一年生の声。なんせ、演習施設はその外周が20km近くある。3周となれば、おおよそ60km。軽くフルマラソンレベルだ。
「嫌なら速度を上げる。ほらほら置いてっちゃうよー」
笑いながら、更に強くフットペダルを踏み込む。現在の速度は僕にしてみれば、イスタシュパッツの通常航行速度よりも少し早いくらい。それでも、今日初めて本物のAFで空を飛んだ一年生達には少し怖いくらいの速度だ。
『く、くそー。やってやるー!』
『あ、おい! あー、もう!!』
『わ、わわ。み、みんな待ってくださーい!』
少しづつはなれる距離を詰めようと、速度を上げ始める三機のイスタシュパッツ。その様子を見ながら、僕はなおもほんの少しづつ速度を上げる。
彼我の距離は、縮まることなくむしろ少しづづ開いていく。それでも、何とか追いつこうと速度を上げ続ける一年生達。そして、速度を上げ続けた結果、何とか三機が僕のヴェルロッドに追いついた瞬間、それは起こった。
『や、やっと追いついた…。――って、う、うわあ!?』
三機の内、先頭にいた子のイスタシュパッツが少し気を緩めたことでバランスを崩し、制御を失って後ろの二機を巻き込んで落下し始めたんだ。
「おっと」
それを見て、僕は焦らずに両手両腰のワイヤーブレードを射出。それぞれの機体にワイヤーを絡み付かせて、墜落を阻止する。普通なら、三機の機体を抱えたままホバリングするなんて無理だけど、そこは、あの教授が開発したこの高機動型機体の力の見せ所。極限まで軽量化された装甲と、大出力のブースターの力をフルに活用して力づくで浮かび続ける。
「三人とも無事かい?」
『な、なんとか』
『た、たすかったぁ』
『死ぬかと思った…』
ふむ、三人とも無事そうだ。
「よし、三人とも大丈夫そうだね。じゃあ、もう一本いっとこうか」
『『『勘弁してください!』』』
まったく同じタイミング、同じ言葉。これがユニゾンってやつだね。
「冗談、冗談。そろそろ次の組と交代の時間だから、このまま演習場に戻るよ」
『はい。…え、このまま?』
返事を聞くのと同時、フットペダルを限界まで踏み込む。
ヴェルロッドはその推力を全開にして演習場へと向かって飛ぶ。その飛行速度は三機のイスタシュパッツを抱えているだけあってそこまで速くはないが、イスタシュパッツの通常航行速度よりは少し速い。
『ちょ、ちょっと速ッ!?』
『ぶつかる! ぶつかる地面んんん!!』
『おー、ジェットコースターみてぇ…』
三者三様のリアクションを返してくる一年生ズ。腰のワイヤーで確保した子は、捕まえたのが地面ギリギリだったこともあって随分と怖い思いをしているみたいだ。まあ、高度あげたりとかはしてあげないんだけどね
「怖かった」
「死ぬかと思った」
「思いのほか楽しかった」
それが、演習場に戻った時の三人の(長かったので勝手に要約した)第一声だった。
まったく、最後の子はともかく、他の二人はこれからあれ以上のスピードや危険の中で戦闘を行わないといけないのに、こんなのでへばっていて大丈夫なのだろうか。少し心配になってきた。
とはいえ、この三人にいつまでも構っているわけにもいかない。
「さて、じゃあ次の班の子はイスタシュパッツに乗って。飛行訓練始めるよ」
残りの10名の方を向くと、なぜか全員から目をそらされる。おかしいな。
「んー。どの班も立候補しないの? じゃあ、第三班の子、前に出てー」
「え!? あ! あ、あいたたたた!! せ、先輩、腹の調子が」
「先輩、たった今叔母が危篤だと連絡が入ったので、私はすぐに帰らねば」
「あ、えーと、えーと。わたしは高所恐怖症ってことで!」
言い訳なら、もっとマシなものを用意してほしい。
「ここに胃薬があるから飲むといいよ。それから、君たちは外部との通信端末は今持ってないはずだよね。持っているなら、規則違反で懲罰が待ってるよ。…最後の子は聞かなかったことにしてあげるから早くAFにのって」
僕の言葉を聞いて、顔を青くする第三班の一年生達。
…本当に、この子たちを戦場に送り出しても大丈夫なんだろうか。
僕の胃が心配からくるストレスの為か、痛みを訴えだすのじゃないかと、いらぬことを考えながら、それをごまかすためにため息を吐こうとしたその時、それは起こった。
――――そいつらは、宇宙からやってきた。初めは隕石に見えたそれは、地表にぶつかるとともに悪魔の集団へと姿を変えた――――
突然の轟音。空から落ちてきたものが響かせる空気を引き裂く爆音だった。続けて、何かが爆発するような音と、振動。一年生は驚き、一部では地震かと声が上がる。しかし、そんな一年生達の混乱の中、僕は今の振動や音が地震によるものではないと断定できた。
2年前と同じ。今まで何度か見た光景と同じ。多くの仲間たちと、僕にとっての大事な女性、美咲の命を奪った憎い仇。
「一年生! 今すぐ地下シェルターへ。訓練は中止だよ!!」
未だに状況がわかっていない様子の一年生に指示を飛ばす。それでも、突然の事態について行けないらしい一年生たちはポカンとしている。
「あ、紅葉先輩。い、いまのは?」
さっきの飛行訓練で地面すれすれを引きずられた子が、僕に訊ねてくる。
今は説明している暇はないんだけどなぁ。
それでも、説明すればとりあえずは指示に従うだろうと、僕が口を開こうとしたとき、施設全体にサイレント警報が鳴り渡る。
『施設内各員に次ぐ! 施設南方10kmにコンクエスタ多数出現。各員所定の位置につけ。訓練生、及び非戦闘員は地下シェルターへ退避せよ。これは訓練ではない!! 繰り返す、これは訓練ではない!!』
「…みんな、聞こえたね? さ、早く避難するんだ!」
警報をきいて我に返った一年生達は、すぐに現状を理解する。そして、ある2人を除いて全員がシェルターへと向かって走り出した。
「何してるの、君たちも早くシェルターに!」
「自分も戦います」
「ちょ、ちょっと悠太!」
男の子と女の子の二人組。男の子の方は背は高く、ガタイもいい、いかにも戦士といった風体だ。でも、幼い。女の子は、小動物の様な女の子を絵にかいたようなおとなしそうな少女。言うまでもないが、幼い。
「だめだ。早く避難して」
「なぜですか! 自分はシミュレーターですが、飛行訓練も戦闘訓練も行っています! その評価も、水準は決して低くありません!」
「悠太、やめなって」
避難を促しても、引くどころか、それでも乗ると言い張る少年。隣の女の子の言葉を聞く限り、悠太というらしい。
なんだか、彼を見ているとイライラする。別に聞き分けがないからというわけでなくて、もっと、なにか別な理由で…。ただ、それがなんなのかわからない。
ともあれ、ここにいるのは危険だし、まだ正式な戦闘訓練を受けていない一年生を実戦に出すわけにはいかない。
「悠太、いいかい。訓練と実戦は違うんだ」
「それはわかっています! しかし、だからと言って逃げてどうなるんですか! 逃げて、シェルターにこもって、ここの戦闘員の人たちを見殺しになんてできません!」
ああ、そうか。わかった。なんでこの子にイラつくのか。
「それで? 君が出撃してどうなるの? 言っておくけど、そこにあるイスシュパッツには緊急用の振動ナイフしか装備されていないよ。この施設の武装を借りるにしても、その準備をしている間にここは蹂躙されてしまうだろうね」
「それでも、何もしないよりはずっとマシです! 俺は…俺はもう…」
この子は、昔の僕に似ているんだ。初めて、コンクエスタに出くわした時の、美咲を殺された時の僕に。
「もう誰も、死なせたくない?」
「もう誰も…え?」
誰も死なせたくないから、誰かの死を悲しんでほしくないから守るために戦いたい。そう思ったから、CASに入った。そして、その思いは今でも変わらない。
「僕も、そうだったから。僕はね、ジャスティア領のクルシナ村って島村出身なんだ」
「え? クルシナって、あの…」
「そう、最初にコンクエスタに襲われた島」
僕はそこで、両親とたくさんの友人。そして、大切な彼女を喪った。
「だから、君の気持ちはわかる。君も、誰か大事な人を喪った。だから、もう何も失いたくないし、誰にも死んでほしくない」
「…そうです。でも、分かってくれるならなんで!」
「無駄だからだよ」
務めて冷たく。突き放すように言い放つ。
「無駄って…なんでですか」
「君が今出撃したところで、何の役にも立たない。無駄に死ぬだけだ」
ふと、昔遼姉に同じようなことを言われたなと思いだす。あの時、遼姉はどんな気持ちでああ言ってくれたんだろうか。
「それでも、時間稼ぎくらい―――」
「いいかい悠太。君がするべきことは、生き残ることだ」
「さっきみたいに、逃げろって言うんですか…」
「うん、良くわかってるじゃないか」
あの時、遼姉も僕に生きろと言った。逃げて、生き延びろと。
「でも、だけど! それじゃあ、また俺は…」
僕の言葉を受けて、悠太はうつむく。しかし、すぐにその顔を上げた。
「俺は、確かに何の役に立たないかもしれません…。けど、何もせずにいるのはもう嫌なんです!」
「黙れ、クソガキ」
「!?」
大声ではなく、しかし声に威厳を持たせて言うと、悠太は驚きを表情に浮かべながら、再び黙りこむ。
「君が言ったよう、に君は無力だ。何の役にも立たない、ただの子供だ。シミュレーションで少しいい成績をだせたからってもう戦士気取りか? 自惚れないでよ。あれは通常設定なら、今の2年生以上なら総合評価SSSをだせるんだ。君は決して評価の水準は低くないといったね。それじゃ足りないんだよ」
「け、けど。時間稼ぎくらいは!」
「そんなの、焼け石に水だよ。今の君じゃ、奴らの前で5秒と持たない。たった5秒で何ができる。施設の全職員の避難なんてできないし、本部からの応援も期待できない」
少し冷酷な言い方に聞こえるかもしれないが、これは紛れもない事実だ。それに、総合評価SSSを取ったって、それで奴らと対等に戦えるわけじゃない。あれで総合評価SSSをとった僕やハルト達の同級生たちが何人も死んでいるんだ。シミュレーターの初期設定で少しいい成績を取ったくらいで浮かれている一年生なんて犬死もできやしない。
「だけど…俺は、軍人です…。CASに志願した、軍人です! 何もせずに振るえているなんて、出来ない…!」
「悠太…」
膝から崩れ落ち、俯いたまま肩を震わせる悠太に、隣に立つ少女は心配そうに声を掛ける。
「そうだね、僕も、君も、軍人だ。そして、軍人の仕事は死ぬことでなく生きることだ。生きて、大切な誰かを。力を持たない人々を、守ることだ」
僕の言葉を聞いて、悠太ははっと顔を上げる。その眼尻には何か光るものが見えた。
「連中は、僕がひきつける。信用してくれ、僕を。君の仲間を」
「な…かま…」
顔を上げた悠太の肩に手を置き、告げると、悠太は小さな声で呟いた。
「うん。君達はまだ戦う術を持たないから、僕が守る。この施設にいる人たちも。だから、君達は逃げてくれ。いつか、戦う力を手に入れて、大切な人たちを守るために」
「守るために…逃げる。仲間を…信じる…」
僕の言ったことを、小さな声で、しかししっかりと復唱する悠太を見て、僕はもう大丈夫だと判断する。
「君、悪いけど彼を連れて逃げてくれるかな。ぼくは、そろそろ行かなきゃ」
「は、はい! あの、あ、ありがとうございました!」
元気よく返事をした後に、同じように元気よく頭を下げた少女は、悠太を立たせ、シェルターの方へと二人で歩きだした。その様子を少し見送った後、僕はヴェルロッドへと向かう。
「先輩!」
途中、呼び止められてそちらを向くと、悠太がこちらを向いて叫んでいた。
「俺が! 俺がちゃんと訓練を積んで、戦える力を手に入れたら! そうしたら、俺と一緒に戦ってくれますか!」
叫びながら、訊ねてくる悠太に一瞬だけ微笑みかけて、そちらへ向けて親指だけを立てた拳を突き出す。
「もちろん!」
その返事に納得したのか、悠太は此方に向けて笑顔を見せた後、隣の少女の手を取って施設の中へと駆けだした。
「さてと、それじゃ僕も仕事をしますか」
悠太たちが完全に施設の中へと消えて行ったのを確認して、僕は今度こそヴェルロッドに乗り込む。
機体の各種システムは、さっき着陸した特に特に電源を切ったりしたわけではないから、立ち上がったままになっている。と、各種センサーを見回した時に、通信機が着信を告げているのに気付いた。
「はい、こちらヴェルロッド紅葉です」
『おお、紅葉か。ようやく応答したな』
「申し訳ありません、聞き分けのない一年生がおりまして」
苦笑いと共に答えると、この施設の戦闘責任者である、通信先の髭面の軍人はガハハと豪快に笑った。
『おお、監視カメラ越しに見ておったわ。貴様のセリフもしっかり聞いておったぞ。中々いうようになったじゃないか』
「からかわないでください、大佐」
髭面の軍人、西田大佐は再び豪快に笑いながら、すまんすまんと謝辞を述べた。そして、すぐにその笑いを引込め、真剣な顔をこちらへと向ける。
『さて、時間がない。簡潔に状況だけ伝えるぞ。敵はワーム級が1体と、その取り巻きのフライ級だ』
「ワーム級!? クィーンが出たんですか!?」
『ああ、しかも最悪なことにココの戦闘機は殆どがメンテ中。出せるのは型落ちのF-011が3機にH-07戦闘ヘリが2機、T-1タンクが5台とミサイルポッド背負った車両が3台にお前さんのAFだけだ』
ワーム級のクィーンに対してこれじゃあ全然戦力が足りない!
コンクエスタは、クィーンとソルジャーに大別されるが、その内クィーンと呼ばれる3種のコンクエスタは本来中隊単位。場合によってはCASアリエンタ支部の全AF戦力を投入しなければならないような相手だ。
三種のクィーンは、それぞれ遠距離戦、中距離戦、近距離戦に特化した能力を持っているが、それぞれ共通した能力も持っている。それは、ソルジャータイプコンクエスタの製造と統率。それも、一定の間隔で無制限にコンクエスタを生み出すのだ。よって、クィーン級コンクエスタが出現したときには、巨大なクィーンと無数に群れるソルジャーを同時に相手にしなければならないのだ。とてもじゃないが、1機のAFと少しの陸空戦力で相手にできるような相手じゃない。
『とても、クィーン級を相手にできる戦力じゃないが、泣き言は言っていられん。本部の応援が来るまで、約三十分。奴らを引き留めてくれ』
「…了解しました。できる限り、やってみます」
『頼む。あと、変態爺さんからの贈り物だ』
西田大佐がそう言って何か操作をしていると思ったら、施設入口に近い部分の地面が割れ、そこから巨大な銃のような形をしたものがせり上がってきた。
「これは?」
『爺さんの新作だとさ。PLキャノン”RE:BELCA”。PLキャノンBELCAを完全に銃器として特化させた新兵器だそうだ。エネルギーは弾倉型コンデンサーからとるらしいから心配はいらん。弾倉一つに付き弾は10発。弾倉は初期装備と呼びが3つの計4つ。40発は打てるって寸法だ』
PLキャノンを最初から武器としてのみ運用するのか…。確かに、これなら情報が逆流する心配はないな。
「了解しました。RE:BELCAありがたく使わせてもらいます」
『そうしな。いいか、紅葉、死ぬなよ』
「はい」
真剣にそう言ってくれる西田大佐に返事を返し、僕はRE:BELCAを掴む。予備弾倉は後ろ腰にあるサブマシンガンの弾倉用のハードポイントがあったのでそこに3つを横向きに連結させて取り付けておく。
これで準備はすべて完了。あとは、出撃するだけだ。
「大佐、こちらはいつでも出撃可能です」
『おう。近くに機影はねえ、思いっきり行きな!』
「了解。紅葉透、ヴェルロッド、出撃します!」
イメージの伝達と共にフットペダルを全力で踏み込む。向かう先は施設北方。敵はワーム級コンクエスタとその取り巻き。30分という短いようで長い時間、僕はその信仰をとどめなければならない。
正直に言えば、足止めできる自信はない。けど、それでもやらなければならない。でなければ、ここにいる職員や、一年生たちは例え地下シェルターに逃げ込んでいたとしても、シェルターごと殺されてしまう。
2年前、僕はもう何も失わないと決意した。そして、今。僕はみんなを守ると二人の下級生に約束した。自分の決意を曲げないためにも、下級生との約束を守るためにも、僕は戦う。そして、勝つ!