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神紅の剣  作者: 栗太
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2.戦う力-シカク-


「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」


 何とか辿り着いた船の甲板の上で、女性軍人から思い出したように言われ、今さらながら、自分が名乗っていないことに気付いた。


「あ、はい。紅葉です、紅葉透(あかばとおる)

「紅葉透か。私はアリエンタ軍中央本部の木嶋遼子(きじまりょうこ)と言う。先程は助かった、改めて礼を言う。ありがとう」


 女性軍人改め、木嶋さんはそう言って頭を下げた。


「わ、き、木嶋さん。頭なんて下げなくていいですから」


 人にお礼なんて言われることに慣れていない僕は、思わず手をばたばたさせながら、木嶋さんに頭を上げてもらう。

 …あの化け物を倒した後、僕たちは他の化け物に見つからないよううに注意を払いながら港を目指した。幸い、化け物に見つかることなく港に着いた僕たちは、そこで更なる悪夢を目の当たりにした。港は怪我人であふれ、親とはぐれた子供の泣き声があちらこちらで響いていた。化け物はここにはまだ来ていない様だったが、いつ現れるかなんてわからない。僕は木嶋さんに肩を貸したまま。一直線に船を目指した。

 船に辿り着くと、木嶋さんが近くにいた自身とは違う軍服を着た軍人に化け物の弱点を伝え、僕たちはジャスティア軍の船に乗せられ、今に至る。

 船は、この船のほかにも何隻か停泊しているようで、今もまだ多くの避難民が収容されている最中だ。避難民中に、自分の家族や、美咲の家族がいないか訊ねてみたけど、どの船にもまだ乗っていないらしい。無事でいてくれることを、今は願うしかない…。

 家族の安否を心配しながら、難民収容の様子を見ていた僕は、今さらな事を思い出し、木嶋さんの方を向く。


「そういえば、アリエンタ軍人の木嶋さんが、何でクルシナに?」


 なんとなく気になったので、訊ねてみる。ここは北方大陸ジャスティアの領土。東のアリエンタの軍人がここにいる理由がわからなかったからだ。

 問われた木嶋さんは、一瞬考えるようなそぶりを見せてから、口を開いた。


「そうだな…。詳しくは言えないが、ここの海軍に用事があったんだ。まぁ、言ってしまえば仕事で出張してきたと思ってくれればいい」

「なるほど」


 ここにいる理由を出張と答えた木嶋さんの姿を改めてみる。どう見ても、20代前半か、下手をすると10代にも見える。随分と軍人らしいというか、若い人っぽさがないけれど、軍人となってどれくらいなのだろう。


「失礼ですが、木嶋さんって――」


 「お幾つなんですか?」と訊ねようとした時、激しい爆発音と銃声が港から響いてきた。同時に船が激しく揺れ、沖に向かって動き出す。

 銃声に、爆発音…まさか!! 嫌な予感がして、港に視線を戻す。そこにあったのは、想像した通りの、けれど、そのとおりであってほしくないと望んだ景色。あの化け物が、まだ港にいる怪我人や小さな子供たち、お年寄りを蹂躙している姿だった。銃を持った軍人が応戦しているけど、素早く上下左右に動き回る化け物に、フレンドリーファイヤを警戒しているのか中々撃てずにいるようだ。


「クソッ!!」

「紅葉! 何をしているんだ!」


 甲板の落下防止用の手すりを飛び越えようとすると、木嶋さんに片手で止められる。


「助けに行きます!!」

「なんだと!? お前が行って何ができる! 無駄に死ぬだけだ!!」

「だったら、ここで大人しく見てろって言うんですか!!」

「ああ、そうだ! あそこに行ったところで何一つ守ることなどできん! さっきはまぐれで何とかなったがな、あんなまぐれは二度も三度も起きるもんじゃない!! なら、お前が今するべきことは、ここで大人しく静観して、生き残ることだ!!」

「ッ!」


 木嶋さんの言うことは正しい。僕一人が行ったところで、何も変わりはしない。だけど…。


「だけど…。それでも、もう何もしないのは嫌なんです!!」

「この…馬鹿者!!」


 なおも、船から飛び出そうとすると、今度は思いっきり後ろへと引っ張り戻され、そのまま頬を殴られる。


「調子に乗るなよ、小僧。まぐれで私を救えたからヒーロー気取りか? 自惚れるな!! 貴様は、ただの餓鬼だ! なんの力もない、ただの無力な餓鬼なんだよ!!」


 木嶋さんはそういうと、今度は僕の頭を両手で包み、抱きしめる。


「私たち大人は、軍人は、お前みたいなのを守るのが仕事なんだ…。だから、お前はここに居ろ…。あそこに残っている軍人たちを信じてやってくれ…」


 そうしている間にも、爆発音と銃声が遠のいていく。畜生…。なんで…こんなことに…。自分が消えれば、何も起こらないからって、美咲は自分で死を選んだのに…。これじゃぁ、美咲は何のために…。畜生…畜生…。


「うわぁあああああああ!!」


 ――ザパァアアア!! 僕が吠えるのとまるで呼応するかのようなタイミングで、海の割れる音がした。そして、甲板に海水の雨が降り注ぐ。

 驚いて顔を上げると、木嶋さんは信じられないものを見るかのような表情で、海の方を凝視している。それに倣い、僕も海の方に顔を向ける。そこには、巨人がいた。

 空に浮かぶその10m程の巨人は、白い装甲をその身にまとい、背中には二振りの剣を背負っている。背中やふくらはぎの部分から炎が出ている、どうやら、それを使って浮いているらしい。

 しばらくの間、その巨人を見つめる。宙に浮かぶそいつは、一瞬こちらを見た後、クルシナ島に向けて飛び立った。

 島へ向かう途中で、巨人は二振りの剣のうち一振りを抜き放つ。そして、島に到達するとともに化け物に向けて一閃。化け物の一匹が爆発する。何が起こっているのかわからない。ただ、これだけは言える…。あの巨人は僕たちの味方だ。そして―――


「アイツが…もっと、早く…」


 アイツが、もっと早く来ていたなら、美咲も、他の人たちも助かったのに…。


「紅葉?」

「あ、いえ。…なんでも、ありません」


心配そうな視線を向けてくる木嶋さんにそう返し、僕はもう一度島を見た。船の速度はとても速いらしく、島はもうだいぶ小さくなっている。多分、もう島には帰れないだろうから、これが最後に見る故郷の風景なのかもしれない。

 そんなことを思いながら、僕は小さくなって行く島を見つめ続けた…。



-二年後-



 僕が島を出て、二年がたった。あの後、船がジャスティアについてから両親を探したが、どうやら二人とも避難できなかったそうだ。たまたま避難できていた近所のおばさんから、化け物の壊した建物の瓦礫の下敷きになった所を見たと聞いたから、多分そういうことなんだろう。

 一日でいろんなものを喪いすぎて、感覚がマヒしてしまっていたのかもしれない。両親がいなくなってしまったことを聞かされた僕は、もう泣くこともなく、喚くこともなく、ただこれからどうしようとだけ考え始めた。親戚と呼べるものは随分と前に他界したじいちゃんくらいしか知らない。母さんには姉妹がいたはずだが、その人の連絡先もわからない。

 そこに声を掛けてくれたのが木嶋さんだった。どこにも行く当てがないことを伝えると、木嶋さんは「では、私がお前をひきとろう」と言ってくれた。

 そうして、木嶋さんに引き取られた僕は、アリエンタで木嶋さんと暮らすことになった。だけど、一緒に暮らすようになってから三日。とんでもない事実が判明した。木嶋さんは料理ができなかった。苦手、ではない。できないのだ。肉を焼けば必ず焦がすし、煮物も焦がす。火を使うことをさせると、とにかく焦がすのだ。意を決して「木嶋さんって、料理苦手なんですか?」と尋ねると、「料理が苦手なんじゃない。ちょっと、火の扱いが苦手なだけだ」と真顔で返された。この瞬間、僕はこの家の料理を作ることを固く心に誓った。

 それから、木嶋さんはこうも言った「それと、遼子でいい。家族なのだし、名字で呼び合うのもおかしいだろう」この言葉を受けて、僕は木嶋さんのことを遼子さん、と呼ぶようになったが、どうにもしっくりこなかったので、今では遼姉(りょうねぇ)と呼んでいる。

 この二年で変わったのは、僕の遼姉に対する呼び方や態度だけじゃない。あの化け物と、巨人に名前が付いた。化け物はコンクエスタ、巨人はイージスフレームと呼ばれるようになった。そして、コンクエスタ達は不定期に各地に出現するようになった。そのたびに、イージスフレームがコンクエスタを倒しているらしい。


 このイージスフレームは人類を守る兵器だという事だけど、どうやらあの時僕たちを助けてくれたイージスフレーム(以下、AF)は、どこかの軍が作ったものではなく、旧人類の遺した遺跡から発掘されたものらしい。発掘されたのは11体。アリエンタ、コードスウェルが3機ずつ、ヒューズレイとブラッケンが2機、ジャスティアがあの白いAF1機をそれぞれ保有している。各国は発掘されたAF(通称オリジナル)を解析し、自分たちの手で新たなるAFを作り上げた。

 だけど、作られたAFには欠陥があった。それは、子供にしか動かせないこと。理由は今でも解明されていないけど、なんでもAFを動かす根幹にあるイマジン・コントロールシステム(ICS)が、19歳以下の、一部の子供にしか使えないのだそうだ。もっとも、その制限が当てはまるのはオリジナルを模倣してつくられたAFだけで、オリジナルのAFには大人のパイロットもいるらしい。とはいっても、オリジナルの方は一機に付き一人のパイロットが決まっていて、その人以外は大人も子供も関係なく起動すらしないみたいだけど。


 イージスフレームは子供にしか扱えない。ならば、そんな欠陥兵器は使わなければいい。大多数の大人はそう唱えた。けど、そうもいかない事態が発生したんだ。それはコンクエスタの多様・大型化。コンクエスタの大型化によって、まず歩兵戦力がコンクエスタに対応できなくなり始めた。歩兵の携行火器では、コンクエスタの弱点であるコア(例の光線を発射する球体)を守る装甲を貫ききれなくなっていった。そして、コンクエスタの多様化は現行の搭乗型兵器では追いきれない程の機動力(旋回性や、縦横無尽に飛び回る機動)を生んだ。航空戦力で例えるなら、戦闘機では直線速度では負けないが、旋回性能が大きく劣る。ヘリではなんとか旋回性能だけは追いつけるが、直線速度が圧倒的に劣るために旋回後に直線機動で視界外へと逃れられ、撃墜されてしまう。

 他の戦力も、似たり寄ったりでコンクエスタに対抗ができなかった。その結果、欠陥品ではあるものの、AFを用いて戦うしか、コンクエスタに勝つ術はないという結論にいたった。

 AFを実戦で用いるなら、その搭乗者が必要になる。けれど、19歳以下の軍人というのはそもそも絶対数が少ない上、ICSに適性のある者となると更にその数は少なくなる。そこで、コンクエスタ対策委員会(コンクエスタへの対抗策会議のために五大陸国家によって設立された組織。コンクエスタ対策に関するあらゆる権限が委託されているらしい)、通称CCC(シースリー)はAF搭乗者、アクターの育成機関CAS(ケイズ)を設立。民間からも協力者を募り、7か月ほど指導を施した後に実戦に投入した。結果は、上々。起動さえできれば、AFは搭乗者の意のままに動く。それがICS、思考認識型機体制御システムの恩恵みたいだ。アクターは、操縦席で最低限のレバー操作、ペダルの踏込みとイメージで機体を動かす。

 だから、なのかはわからないけど、たった7か月前まではただの民間人だった僕たちは、ほとんど犠牲者を出すことなく、最初の出撃を終えることができた。


 ん? ああ、そうか。そういえばまだ言ってなかったね。そう、僕はCASに入学…いや、入隊した。育成機関とは言っても、CASは軍属の組織で軍人と同じように扱われる。生徒間の階級は大隊長・中隊長・小隊長くらいしかないけれど、生徒と教官は上官と部下として扱われるんだ。とはいっても、教官たちはあまり僕たちを部下として見る気はないらしく、戦闘時は別としても、普段の生活の上ではフレンドリーな人たちが多い。

 我が義姉(戸籍上は義母)、木嶋遼子もその一人だ。担当教科は一般教養科目の歴史と、実技科目の近接格闘技術部門。ついでに言えば、僕らのクラス(とはいっても一学年に一クラスしかない)の顧問教官、いわゆる担任だったりもする。

 僕がCASに入隊すると話した時、やけにすんなり許してくれたから不思議に思ってたけど、どうやらCAS設立が決まった時から教官の話が来ていたらしくて、自分の目の届くところに置いておいた方が安全だと判断したらしい。

 おかげで、僕はCASのICS適正試験を受験することができた。そしてなんとか合格、僕はコンクエスタと戦う資格を得ることができたんだ。


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