虎と狼
「奉先、高順殿に対する仕打ちに対して聞きたいのだけれど?」
「何のことだ?」
「なんで配置替えなんか……過去を恨んでいるんじゃないかって高順さん悩んでたよ?」
「……ああ、そのことか。それは悪いことをしたな。俺という人間はどうも誤解されやすいらしい」
「人間」という単語に違和感を覚えなくなって久しい。これは友として喜ばしい限りだ。
「高順は調練が厳しすぎる。対して曹性や魏続は甘すぎる嫌いがある。だから配置替えをした。調練の精度に違いがありすぎては困るからな。曹性は当人の希望でお前の副将に戻すことになったから結果的に問題がなくなったんだ。魏続には奮起させる意図で変えた。当人も悪い気はしないだろう」
「……それじゃあ?過去のことは?」
「もう忘れた。一切関係の無いことだ。あやつにはそう伝えてくれ。いつも悪いな」
忘れた、と言い切る奉先。器が違う、そう思った。私怨で動けるような立場にはもう無いのだ。
ちなみに、軍議から外したのは落ち込んでいた高順が疲れているように見えたから休ませたいと思った、かららしい。紛らわしい奴だ。完全に誤解するだろう。時季的に。
――「ところで、だ。いいのか?」
「何が?」
ボクはきょとんとする。
「残念だったな。俺は奴が嫌いじゃなかった。生き様が似ていたからかもしれん」
「……何のこと?」
嫌な予感がした。まさか?
「公孫讃が死んだ」
「……」
「オマエが知らないはずがない。密書が来ていた。俺が知らないとでも思ったか?馬鹿野郎」
「……どうするの?ボクが不要になった、と?そう言いたいのかな?」
「ま・さ・か、冗談だろうな?」
冗談のような文句だけれど、有無を言わさぬ迫力があった。
「じゃあ、どうしたいのボクを?」
「泣け」
重く心に染み渡る。銅鑼の音のように。沈みゆく。
「……」
「泣け」
「ずるいやぁ……我慢してたのに、さ」
「今は泣いていい。泣ける時に泣いておけ。城に溜まった水はどうせなかなか抜けないんだ。オマエの涙で嵩が少し増したところで大したことはない。オマエがどうしても泣かないのなら、そうだな……俺が泣かせてやろう」
「それは怖いから遠慮しとくよ……ぐすっ。残念だったね、ボクが女じゃなくて。女だったら惚れてたよ、きっと」
「ほざけ。そんな口叩く余裕があるとはな、流石だ……うぉお!?」
「うわぁああああああああああああああああ」
奉先の胸に飛び込んだ所までは覚えている。それからは感情が、止まらなかった。
――止まらなかった。
ただそれからはよく覚えていない。
半刻ほどが過ぎ、落ち着いてきた。自分でも情けない。
そして、奉先と別れまっすぐ高順の所へと向かった。
高順殿に奉先の思惑を告げると晴れ晴れとした表情に打って変わった。やはり過去の因縁が彼に影を落としていたのだろう。奉先もだが、高順殿だって辛かったのだ。張遼なんかはもう絶対覚えてさえいないだろうけども。
ボクは良い友を持った、とそう思う。
今回のオチ。
アレ疑惑が加速度的に拡散しています。助けてください。
ボクは忘れていた。
この時、ボクは考えるべきだったんだ。
いやでも多分。たとえ今この時に戻ってもまた信じてしまうかもしれない。奉先を。友を。
彼は獣なのだ。縄張りを荒らす者がいたとして。一人であればどのような判断を下すか、明白なのだ。
ボクはかつての呂布奉先を思い出した。