天然将軍と中性将軍
引き続き主人公の公孫瑛視点です。
「こうして面と向かって話をするのは初めて……なのかな、高順殿?」
バツの悪そうに、頬を指で掻きながら、ぎこちない笑顔を浮かべている――自分の姿がそこにはあった。
何を話してよいのやら、わからない。でもボクがこうして話すことには意義がある。それは間違いのないことだ。
高順殿の寂しげな面影が。故郷に置いてきた幼馴染にそっくりだった。放っておけなかった。何か奉先に尋ねたいことがある。けれども、聞けないのだとはっきりわかった。
それはきっと、自分一人の問題ではないからだろう。奉先の思惑が、もしも高順殿が考えている最悪の意図によるものだとして――それを明らかにしてしまえば、恐らくかろうじて保っているこの現状が崩壊する。微妙な均衡の上に成り立っている「今」を彼はきっと変えたくないのだ。
高順殿は脇差の短刀を徐に、机上へ置きボクの言葉に応じた。その口調は緩慢としたものだった。
「私も実は一度、是非ゆるりとお話したいと考えておりました……公孫瑛殿」
「奇遇ですね、ボクもです」
なんとも言えない気まずさから目線を一度高順殿から離してしまったが、戻した時にもまだ高順殿のそれは依然、そこに留まったままだった。じっと見据える濁りの無い瞳だった。
「どうぞ、お座り下さい」
ボクは促され、ようやく椅子に腰掛けた。
「あっ……ありがとうございます」
「……いえ。ところで……」
高順殿はようやく目線を外した。少し目が泳いでいる。何か言い淀んでいる。
「その……えっと……何か、お困りではありませんか!?」
「……はい。聞いて……いただけますか?」
「も、もちろんっ!」
「実は……」
「実は……?」
生唾を呑み込む音がはっきり聞こえた。高順殿もかなり緊張しているようだった。だが、自然と居心地は悪くなかった。存外、ボクは。この男の事が苦手ではないのかもしれない。
「呂布殿と大変仲のよろしい貴方だからこそ申し上げますが」
「……はい、なんでしょう?」
「呂布殿は私を恨んでいらっしゃるのでしょうか……?」
「あ……それは……」
つい先日のことだ。
高順殿配下の精鋭が奉先に全て召し上げられ、代わりに曹性配下に配置転換されることになったのだ。曹性は元公孫瑛隊副将だったが、呂布の長女と結婚し大将に昇格したとの知らせが届いたばかりだった。
そして、何よりの問題は、代わりに高順殿に与えられた曹性の麾下が脆弱すぎるということだった。
ボク自身、彼にはそこまでの力量があるとは思えないし、納得がいかない部分もある。傍から見れば、高順殿への制裁……に見えなくもないのだ。不満を抱くのも無理はない。
「私には……解らないのです。無礼とは思いつつも傍らから会話を立ち聞きしていましたが、コレといって私に対して何か言う、ということもない……それ故にわからないのです」
「はぁ……」
高順殿には悪いけれども。この人はもしかして天然なんだろうか?あれだけ目立つ盗聴でバレていないと思っていたとは……話をしたくてもできないでしょ、そりゃ。
「……どうなのでしょうか!?」
「もしかしたら何か理由があるのかもしれないですねえ……とりあえず奉先にさりげなく聞いてみます(本人も盗聴には気付いてるだろうし全くさりげなくないけどっ)」
「よっ、よろしくお願いします!」
頭を深々と下げる高順殿だった。多分悪い人じゃないんだろうけど……ね。
「わかりました、ボクに任せてくださいっ!」
ドンッと胸を叩くボクだった。解決できるのはボクくらいしかいない……はず。高順殿はおべっか使うのが凄く苦手な人だから、たいてい一人で行動してるんだよね。……なんかかわいそうになってきた。
「それから一つお耳に入れておきたいことが。公孫瑛殿」
「なんですか……?」
「年長者の戯言と思っていただきたいのですが……曹性に気を付けて下さい」
「……どういうことですか?」
「逆恨みではありません。前々から思っておりましたが、あやつは貴方を狙っていますよ。故に注意が必要なのです」
「……は?」
……ボクはこの日、かつてないほどの悪寒に襲われた。
そんな趣味はボクにはない。