寡黙朴訥な将軍
主人公、公孫瑛視点です。彼の一番の武器はその魅力ですが、苦手な相手がいないわけではないのです。ややコメディ寄りの展開。
「ねえ、アレいいの?ほっといて?」
ボクが砕けた言い方をしているのに驚く人間もいまだ少なくない。
だが、これはボクなりの処世術である。故に根っから、このようなぞんざいな口調で日々を過ごしているわけではない。
ボクにだってケジメはある。
近衛兵の立っている入口を出た、評定室の柱。その陰に潜む人影――まあ潜めてないのだが。本人は気付いていないと思っているらしい。全くめでたい男だ。
「……ああ、アレですか?構いません。いつも通り、気にしないでください」
「えーそれはちょっとなぁ。難しいなぁ……」
ボクはアレが気になって仕様がない。とにかく落ち着かない。見られている対象が自分ではないと解ってはいても、こちらに向かって一心不乱に注視されるとどうも会話に集中できない。客将(一応奉先の娘婿候補)として奉先の支配下に入って、はや数ヶ月。それでも慣れない。
ああー気になる。もう我慢できないっ。
数々の死線を掻い潜り、攻撃した相手から必ず勝利を収めるその猛将っぷり故に【陥陣営】と恐れられるあの男の視線(一応行っておくがダジャレではない)が。それは一言で言うとあまりに「異様」だった。
表情が無いのである。高順は寡黙に寡黙すぎる男なのだ。軍事関連以外で自ずから口を開くことはまずない。
そういえば、この前廊下で会った時も――
「おお、高順殿。お元気ですか?」
「はい」
眉一つ動かさない。
「そうですか、それはなによりっ」
「はい」
「いやー早く郷里に帰りたいなぁなんて最近よく思うんですよー里心っていうんですかねー?」
「はい」
「……高順さん」
「はい」
「今からボク、とんでもなく失礼な事聞きますよ?」
「はい」
「……さっきからテキトーに聞き逃してません!?」
「はい」
「え?」
「……え?」
「……」
「……申し訳ありません。口下手なもので……ではこれにて」
――みたいなことがあった。正直高順殿(まだ親密にはなれていないので殿呼び)は何を考えているのかわからない。
公台さんが「場所を変えよう」と提案してくれた。物陰の高順殿に気を取られ上の空だったことが公台さんにはお見通しだった様子。奉先も「面倒だ」と言っていたが、先頭切って部屋を出たところを見るとまさに公台さん提案は「渡りに船」だったようだ。
相変わらず素直になれない男だ、奉先は。まあ、ボクはそこに惚れ込んでいるのだが。
「あっ……」
高順殿がすれ違いざま、一言発した「あっ……」は「あっ……バレた」という意味だったのだろうか。バツの悪そうな顔を見て、笑いを堪えるのが大変だったが(戦況から言ってなんと場違いかと罪悪感も多少は感じている。多少はね)、なんとか持ちこたえた。
「また……またなのでしょうか……」
最後にポツリと呟いた一言。
気になった。
他の人間であれば、さして気にも留めないだろう。だがこのボク、公孫瑛は違う。
経験上。このような一言がある種のきっかけと成り得るのだ。
ボクは奉先と公台さんに「後で行く」と声を掛け、軍議をほったらかし、去りゆく高順殿の背中を呼び止めた。
「高順殿ぉおおおおおー!!」
……いささか張り切りすぎたかもしれない。副将の曹性がこっちを見ている。「あいつ疲れてるのか?かわいそうに」という哀れみを含んだ眼で見られた。死にたい。
「どうしました?顔が赤いですね」
これが彼との初のまともな会話だった。