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白馬将軍之に在り!  作者: 吉川ハルカ
呂布軍膠着編
3/15

「義父殺し」の謗りを受ける君

呂布軍君主、呂布りょふ視点です。

 だから俺は陳宮あのおとこが嫌いなのだ。


 ここぞという時には決して譲らぬ、あの愚直さが嫌いだ。「殺すぞ?」と言えば「殺せ」と平然と言ってのける。恐ろしく胆が座っているのだ。


「何故だ?わからん……わからんぞ……」


 かつて。俺は「献帝けんていを救わん」と、暴虐の義父、董卓とうたく司徒しと王允おういんと共に打倒した。今では遠い昔のように思える。


 王允おういんは義父よりも父らしく、俺に接してくれた。


 当時、都の長安ちょうあん相国しょうこくの董卓が暴政を振るっていた。民は疲弊し、嘆き苦しんでいることを俺は知っていた。執金吾しっきんごとして都を警邏していたためだ。


義父上ちちうえ。どうか御慈悲を賜りますよう……」


 そう直訴したのも一度や二度ではなかった。しかし、董卓は聞き入れようとしなかった。それどころか、罰として、俺の愛した女を董卓のめかけにすると言い出した。直言すれば、鉄棒で打ち据えられる日々。憂鬱だった。次第に生気が失せていくのがわかった。


 そんなある日。


「天下無双と名高い、飛将軍(呂布を差す)に是非にお目にかかりたく思いまして……近くまで参りましたのでご挨拶に、と」


 老いぼれた、白髪のじじいだった。名を聞けば、なんと王允と言う。緊張が走った。


「俺にもついにお目付とはな……義父上はそこまで俺が信用ならんのか……」


「はて?何の事を仰っているのやら?爺にはわかりませぬなぁ」


 頭を掻きながら、恥じ入るように爺は笑った。その姿がまるで小猿のようで滑稽だった。



 俺は気付けば笑っていた。


 経緯はよく覚えていない。だが酒を酌み交わし、まつりごとについて語るうち、俺は心を開いていった。全く恥ずかしいことだが、俺は王允を父のように感じていた。この気持ちは未だかつて感じたことのないもので、どうしてよいのやら……俺には解りかね、持て余していた。


 やがて家族ぐるみの付き合いとなった。酒の席でぽつりと漏らした言葉を俺は忘れない。すでに酔いが回り、呂律ろれつが回っていなかった。


奉先ほうせんがぁ爺のぉ……ひっく」


「無理するな、王允殿。もう休め」


「爺のぉ息子であれば良いのにのぉ。……蓋(王允の息子)がぁ奉先のようであればぁ苦労せぬぅ…ひっくう……だろうにぃのぉ」



 もしかすれば戯れだったのかもしれない。それでも。


 それでも俺は心が震えた。


 一人目の義父の丁原ていげんも横暴な人間だった。抑圧し、俺を鳥籠から決して出そうとはしなかった。やがて俺は義父に殺意を抱くようになった。


 初めて義父を殺した。いくら董卓に唆されたからと言って、その罪が消えることはないだろう。俺はその日から【義父殺し】の呂布と罵られるようになった。


 そんな俺に対して、「息子であれば良い」と言ったのだ。報われた――そんな気さえした。


 俺は誓った。王允ちちうえに天下を取らせる、と。

 そのためならばもう一度汚名を甘んじて受けようではないか、そう思った。


 そして決起。俺達は董卓を打倒するに至った。


 だが、死してなお董卓は甘くはなかった。長安城外に滞留していた董卓の残党が李傕りかく郭汜かくしを中心に糾合し、長安への攻撃を開始したのだ。


 俺は迎撃したが、多勢に無勢。敗れた。俺は王允を、新しい義父の天下を守れないと悟った。無力を思い知った。


「一緒に逃げよう、まだ間に合う。急げ、王允殿」


「できないのぉ……それは」


「何故だ!?」


「幼い帝は私だけが頼りでのぉ。国家の安定が果たせぬとなったならば……ここで潔く帝のため命を捨てるまでじゃあ」


 蓄えた口髭がどこか寂しげだった。


「〇〇〇〇」


 なんと言ったのか。よく覚えていない。覚えているのは王允ちちうえを見殺しにした俺の罪だけだ。


 やはり俺はどう足掻こうと【義父殺し】の呂布なのだ。




 呂布の居室にも徐々に浸水し始めていた。かさの増え方はまるで、忍び寄り身体を蝕んでいく病魔のようでもあった。


 後ろを振り返る。

 何者かの気配を感じた。殺気はない。物陰に隠れている。


「ふざけているのか、誰だ?陳宮か?」


「おおっバレちゃったようだね……でも残念不正解。えいちゃんでしたー。ところで、いつまで引きこもってるつもりなのさ、奉先?」


玄圭げんけい、貴様……何時からそこにいた?言え。さもなければ、その首今ここで斬り落とすぞ?」


 言葉とは裏腹に殺意が全く湧いてこない。そのような気力は既に奪われてしまっている。


「ふーん……やれるもんならやってみなさいな、がはははは」


「貴様といるとおかしくなりそうだな、それで何だ?何の用だ?」


「うーん、実はねぇ……公台さんの代わりに公台さんの気持ちを伝えようと思ってねー」


 玄圭はウインクした。寒気がする。女顔をしているからこそ、余計に寒気がするのだ。この男は物の怪か何かなどと思うこともままある。


「ああ?陳宮の気持ち?」


「そうだよー」


 玄圭は口調こそ変わっていないが、纏う雰囲気は真剣そのものだった。

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