「義父殺し」の謗りを受ける君
呂布軍君主、呂布視点です。
だから俺は陳宮が嫌いなのだ。
ここぞという時には決して譲らぬ、あの愚直さが嫌いだ。「殺すぞ?」と言えば「殺せ」と平然と言ってのける。恐ろしく胆が座っているのだ。
「何故だ?わからん……わからんぞ……」
かつて。俺は「献帝を救わん」と、暴虐の義父、董卓を司徒の王允と共に打倒した。今では遠い昔のように思える。
王允は義父よりも父らしく、俺に接してくれた。
当時、都の長安は相国の董卓が暴政を振るっていた。民は疲弊し、嘆き苦しんでいることを俺は知っていた。執金吾として都を警邏していたためだ。
「義父上。どうか御慈悲を賜りますよう……」
そう直訴したのも一度や二度ではなかった。しかし、董卓は聞き入れようとしなかった。それどころか、罰として、俺の愛した女を董卓の妾にすると言い出した。直言すれば、鉄棒で打ち据えられる日々。憂鬱だった。次第に生気が失せていくのがわかった。
そんなある日。
「天下無双と名高い、飛将軍(呂布を差す)に是非にお目にかかりたく思いまして……近くまで参りましたのでご挨拶に、と」
老いぼれた、白髪の爺だった。名を聞けば、なんと王允と言う。緊張が走った。
「俺にもついにお目付とはな……義父上はそこまで俺が信用ならんのか……」
「はて?何の事を仰っているのやら?爺にはわかりませぬなぁ」
頭を掻きながら、恥じ入るように爺は笑った。その姿がまるで小猿のようで滑稽だった。
俺は気付けば笑っていた。
経緯はよく覚えていない。だが酒を酌み交わし、政について語るうち、俺は心を開いていった。全く恥ずかしいことだが、俺は王允を父のように感じていた。この気持ちは未だかつて感じたことのないもので、どうしてよいのやら……俺には解りかね、持て余していた。
やがて家族ぐるみの付き合いとなった。酒の席でぽつりと漏らした言葉を俺は忘れない。すでに酔いが回り、呂律が回っていなかった。
「奉先がぁ爺のぉ……ひっく」
「無理するな、王允殿。もう休め」
「爺のぉ息子であれば良いのにのぉ。……蓋(王允の息子)がぁ奉先のようであればぁ苦労せぬぅ…ひっくう……だろうにぃのぉ」
もしかすれば戯れだったのかもしれない。それでも。
それでも俺は心が震えた。
一人目の義父の丁原も横暴な人間だった。抑圧し、俺を鳥籠から決して出そうとはしなかった。やがて俺は義父に殺意を抱くようになった。
初めて義父を殺した。いくら董卓に唆されたからと言って、その罪が消えることはないだろう。俺はその日から【義父殺し】の呂布と罵られるようになった。
そんな俺に対して、「息子であれば良い」と言ったのだ。報われた――そんな気さえした。
俺は誓った。王允に天下を取らせる、と。
そのためならばもう一度汚名を甘んじて受けようではないか、そう思った。
そして決起。俺達は董卓を打倒するに至った。
だが、死してなお董卓は甘くはなかった。長安城外に滞留していた董卓の残党が李傕と郭汜を中心に糾合し、長安への攻撃を開始したのだ。
俺は迎撃したが、多勢に無勢。敗れた。俺は王允を、新しい義父の天下を守れないと悟った。無力を思い知った。
「一緒に逃げよう、まだ間に合う。急げ、王允殿」
「できないのぉ……それは」
「何故だ!?」
「幼い帝は私だけが頼りでのぉ。国家の安定が果たせぬとなったならば……ここで潔く帝のため命を捨てるまでじゃあ」
蓄えた口髭がどこか寂しげだった。
「〇〇〇〇」
なんと言ったのか。よく覚えていない。覚えているのは王允を見殺しにした俺の罪だけだ。
やはり俺はどう足掻こうと【義父殺し】の呂布なのだ。
呂布の居室にも徐々に浸水し始めていた。嵩の増え方はまるで、忍び寄り身体を蝕んでいく病魔のようでもあった。
後ろを振り返る。
何者かの気配を感じた。殺気はない。物陰に隠れている。
「ふざけているのか、誰だ?陳宮か?」
「おおっバレちゃったようだね……でも残念不正解。瑛ちゃんでしたー。ところで、いつまで引きこもってるつもりなのさ、奉先?」
「玄圭、貴様……何時からそこにいた?言え。さもなければ、その首今ここで斬り落とすぞ?」
言葉とは裏腹に殺意が全く湧いてこない。そのような気力は既に奪われてしまっている。
「ふーん……やれるもんならやってみなさいな、がはははは」
「貴様といるとおかしくなりそうだな、それで何だ?何の用だ?」
「うーん、実はねぇ……公台さんの代わりに公台さんの気持ちを伝えようと思ってねー」
玄圭はウインクした。寒気がする。女顔をしているからこそ、余計に寒気がするのだ。この男は物の怪か何かなどと思うこともままある。
「ああ?陳宮の気持ち?」
「そうだよー」
玄圭は口調こそ変わっていないが、纏う雰囲気は真剣そのものだった。