「王佐の軍師」に成り損ねた参謀
呂布軍参謀、陳宮視点で物語は始まります。シリアスです。
「どうしようもないのです……」
もうどうしようもありません。私にはどうしようないほどにどうしようもなくなっています。この辺が潮時なのでしょうね。きっと。夢物語も終わりです。
良い夢を見させていただきました。私の胸は、呂布殿への感謝の念ではち切れんばかりです。
ただ彼の耳にはもう私の言葉は届かない。それだけが少しばかり残念でなりませんが、事ここに至ってはそれも止むを得ないでしょう。ええ仕方ないのです。呂布殿は充分に頑張りました。万策尽きた、という事なのです。
曹操に挑んで敗れた。たとえその結果が死であろうとも、曹丞相に飼い殺されなかったという、矜持と言うのでしょうか?そういったものを胸に抱いて静かに歴史から消え去るというのもまた悪くないと思えます。今となっては。私は元々政争の類には強くない。
ここで生き残ったところで。降伏したところで。数年生きながらえるだけでしょうね。ここできっちり綺麗に死ぬ、という最高の舞台を与えてくださった「何か」にも感謝せねばなりません。
――ただこうも思うのです。「呂布殿の傍らの者がもしも私でなかったら?」と。
私は一介の参謀としてではなく、前漢の張良のような、王佐の軍師として名をあげたかった。
私は名誉欲に取り憑かれた、卑しい人間なのです。だからこうして罰が当たった。そうに違いありません。分を弁えないからこうなったのですね。哀れな男です、私は。
曹丞相は呂布殿をきっとお許しにならないでしょうね。あの方は甘くはない。
気付けば、建安3(198)年になっていました。早いもので、曹丞相の軍に取り囲まれてから3ヶ月経ちました。わずかに残っていた食料は全て水に濡れてしまい、食べられる状態ではありません。
故にどうしようもないのです。
下邳城内は敵の策略により、水浸しになっています。さしずめ、従軍している参謀の荀攸か荀彧あたりの策でしょう。私はあの荀彧という男が嫌いでした。礼節に拘泥し、人を見下す癖があったためです。会う度に、互いに呪詛の言葉を投げていました。
士気は低下しきっています。もう呂布殿は自室に籠りきり、諸将も言葉を発する気力を失っています。
そう――たった1人を除いては。
「公台さん、ちょっといいかな?」
甲冑に身を包む者がほとんどの中、軽装で闊歩する者が1人。公孫瑛君です。
髪を短くまとめており、父に似ているらしく、美しい中性的な顔立ちをしていました。両手で刀剣【紅雲】を弄んでいます。
「人がせっかく物思いに耽っていたというのに……貴方という人は相変わらずですね」
思わず吹き出してしまっていました。ぶすっとした顔に笑顔が戻ったのが私にもはっきりわかったように思います。
「そうそう、その笑顔!」
公孫瑛はひとしきり頷き、満足気です。全く行動の意図がつかめません。
「……?」
「その顔の方が公台さんっぽいって。忘れないで、そのえ・が・お」
公孫瑛はいつものように、がっはっはと豪傑笑いをしました。華奢な身体に似合わず、笑い方はとても豪快なのです。この方は。
「遺書を書くのにはまだ早いかもしれませんね、ふふっ」
早速次なる策の構築のため、頭を巡らせることにしました。切り替えは割と早い方という自負はあります。
「せめて……私の惚れた男だけは助けませんと、ね」
城内の乾いた天井を見上げ、私は誰にでもなく微笑みました。