使命の端緒
公孫瑛の回想です
「おい、これはどういうことだ?ふざけてるのか?」
目の前の王座の如き、高席から見下ろす声があった。「見下ろす」というよりも「見下す」と言う方が適当だろうけども。
大の男1人よりも頭一つ分高いその男は終始不機嫌だった。予めボクがこちらに来ることは承知していたはずだというのに、この冷遇とはなんと無礼な奴――正直に言ってそう思った。
「玄圭は能天気この上ないなぁ、全く参るよ」だなんて父様から常常、小馬鹿にされてきたボクですら多少のイライラを禁じ得ないのだから、きっとその無礼度は相当のものだろう。
「女を寄越すとは随分舐められたものだ、公孫讃の野郎……」
ボクもいい加減我慢ならない。
「ボクは女じゃない、男だ!父様を悪く言うな!」
三角巾を被る落ち着いた雰囲気を醸す男――確か、陳宮公台と言ったはず――は哀れみを含んだ切れ長の瞳でこちらを見つめていた。「可哀想に」と言いたげだ。その隣に立つ、両腕に紅の布を巻いた男なんかは露骨に「あー死んだねぇあいつ」なんて言っていた。にやけている所を見ると、わざわざ聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量を計算し発言したらしい。その頭の良さをもっと別の方向に使うべきではなかろうか。
全く性格の悪い奴だ。誰だか知らないが後で覚えておきなよぉ……。(ちなみに後で張遼という名前だということがわかった。いつか100倍返しで仕返しをする予定。ボクも性格悪いかな?)
「ほぅ――公孫瑛と言ったか?随分肝が据わっていると見える。怖くないのか、この呂布奉先が?」
「身体を大きく見せても無駄だよ、ボクは騙されない。見かけだけで征服できると思った?残念でしたー」
そう言うと、奉先は反り気味の背中を元の位置に戻し、顎を引いた。
「……気に食わんな、餓鬼」
呂布は近くの手戟を手に取ったかと思うと、それを――なんと、いきなり投げつけた。ボクの足元に突き刺さる。
「殺すなら殺すといいよ。でも一つだけ言っておく」
「何だ?」
「アナタにはボクの心までは殺せない」
キッと睨み、ボクは退出の合図もないままその場を後にした。
その後を追いかけてくる地鳴りのような大きな笑い声が城内にしばらく木霊していた。
この時、諸将は戦々恐々だったらしい。
今考えると背筋が凍る。あの頃は旗色が良かったからか?結局、殺されはしなかった。
とにかく呂布奉先という男にしては実に大らかな対応だったのだと思う。ここから奉先とボクとの友情は始まっていったんだ。
――そして、ボクはここで自分の為すべきことを悟った。