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8thステージ

 ランドヴィーグルを運転していた俊雄は、横目で、アキの様子をちらちらうかがっていた。アキはそのことに気付くふうでもなく、ながれていく景色に見とれていた。

 ミッション中は、まわりの景色に気を配ったことはない。あるとすれば、敵に見つからずに姿を隠すための、障害物としてのみであり、こんなふうに、まざまざと景色をながめたことはなかった。

「わあぁ、きれーい」

 ほとんど小学生のような感想を口走りながら、アキは目を輝かせていた。

 俊雄は、はしゃぐアキの様子を盗み見ながら、ふっと口元をゆるめていた。

 森の奥の方までやってきたふたりは、ランドヴィーグルを止めて散策をはじめた。

 この植物はなんだ。

 この生き物はなんだ。

 アキの質問は尽きることはなかった。俊雄はわかる範囲でのみ答えてやっていたが、毒虫などにも無造作にさわろうとするアキに気が気でなかった。

「そいつはさわっちゃダメだって」

 いまも、注意しなければ毒性のある毛虫を素手でつかむところだった。

「これもだめなの? けっこう危ない生き物が多いのね」

 アキは残念そうにつぶやいた。

「それだって、その小さな生き物たちが生きていくための小さなちからなんだよ」

 俊雄は、苦笑しながら説明する。

「俺たち人間も、力を持っていた。だけどそれにおごりすぎて、この星、地球を壊してしまうところだったんだ」

 行く手をさえぎる、やぶを払いのけながら俊雄は話し始めた。

「天空のさらに上、宇宙に造った、人工の島。スペースコロニーに人間がほうほうの体で移り住んでから、地球の自然は回復していった。そうして、二百年以上たった今。なるべく自然を傷つけないという、法律の元、地球に戻ってきたんだ」

 アキは俊雄の話に、真剣に耳を傾けている。

「最初のころはかなりひどかったらしい。なんせ、環境そのものが変わってしまっていて、手の着けようがなかった。だけどそのうちになれてきて、それなりに社会を築きはじめた」

 俊雄の表情が、昏くなる。

「そのときだ。彼らが現れたのは」

 アキはぎくりとなった。彼らとは自分を含む集団だと察したからだ。

「最初からだったらしい」

 俊雄は話を続ける。

「最初っから彼らは、俺たちを攻撃するためだけに現れたんだ。話し合いの余地なんてなかった。」

 それはそうだろうと、アキは思った。元々ゲームとして紹介されていたものだし、意志を持たないはずのゲームキャラに情けをかけるヤツなどいない。アキもつい最近までそうだったのだからよくわかる。

「それから約三年。各地に不定期に現れては殺戮を繰り返す、眠れない日が続いたよ……」

 俊雄は悲しげにつづけた。

「おれとチョコは、教授に引き取られてからたいした戦いに巻き込まれたことはない。彼らは、一度襲撃した地域はしばらくおそわないらしいからな」

 その言葉に、アキはかるくうなずいた。

「ええ。ゲーム内で、地域全体の掃討を終えた場所に、再侵攻することはまれだって聞いてる」

 その説明に、俊雄はうなずく。

「まあ、それに気付いた教授のおかげで、おれとチョコは助かっているんだけどな」

 行く手を阻んでいたやぶを切り払った俊雄は、足を止めた。

「着いたよ」

 その言葉にアキは前方をのぞき込んだ。

「うわあ」

 立ち並ぶ樹々の合間を縫ってさし込んだ、やわらかな光のカーテンをまばゆく反射させながら、しずかに水面がたたずむ。

 微妙に光の加減が違い、それがさらに幻想的な雰囲気をかもし出していた。

「みずうみね! これが、ほんものの!」

 アキは感動のあまり、瞳をうるませながら俊雄に話しかけた。

「ああ。教授が言ってたけど、日本は汚染がひどかった方なんだけど、移民前に対策を講じてたんだってさ。」

「ニホン? この土地の名前なの?」

 アキは素直に疑問を口に出す。

「いや、正確には国の名前だよ。まあ、いまは国なんてないから関係ないんだけども」

 俊雄は、教授に教えられたことを反すうしながらアキに答えた。

「ニホン……なんか聞いたことあるような……」

 アキは考え込んでしまった。俊雄も首をかしげる。

「聞いたことあるって……どこで?」

「ダメね……ちょっとおもいだせない……ごめん」

 落胆したアキを見た俊雄は、笑顔で答える。

「いいさ。教授ならなんかわかるかもしんないから後で聞いてみよう」

 と言って笑った。

 その表情にむねがあたたまる思いを感じたアキは、

「ん……」

 はにかんだような返事を返してしまい、赤面した。しかし俊雄は気付いたふうでもなくみずうみへと近づいていく。

「あ……まってよ、俊雄君!」

 アキはあわてて俊雄のあとを追った。

 近くまで来ると、みずうみの透明感をダイレクトに感じることができた。

「きれーい」

 アキは、大はしゃぎで水面をのぞき込んでいる。俊雄はその横にひざをつくと、水に手を入れてひとすくいする。そして、口元に持っていった。そのままのどを潤している俊雄を、アキはじーっと見つめていた。

「……? なんだよ、おれの顔になんかついてるか?」

 その問いに、アキはかるく頭を振って否定した。俊雄はいぶかしげになってすこしだけ思案すると、「飲みたいのか?」と、たずねる。

 するとアキは、すこし興奮気味に強く頭を縦に振って肯定した。

「……いや……べつにおれの許可を得なくとも、飲んでいいと思うぞ?」

 俊雄が困惑気味に答えると、アキは目を輝かせながら、両手を水に突っ込んだ。軽くはねた水で、すこし服がぬれたが、意にも介さず両手ですくった水を口元にはこんだ。のどが動いて、水が体内へと流し込まれる。

「……ん~~~! おーいーしーいー!!」

 アキは、おもわずおおきな声で感想を叫んでいた。だが、はずかしがるでもなく、俊雄に同意を求めてくる。

 俊雄はそんなアキが、おかしいやら、かわいいやらで、表情を崩していた。

「あっ! あれなにかな!」

 アキはなにかを見つけてとつぜん立ち上がった。だが、興奮のあまり勢いがつきすぎて、つんのめった。

「あ、あれっ? や、よ、え、ん、しょ……と。ひゃみゅううぅぅぅ!!」

 意味不明な声をあげつつ、派手な水音をたてながら頭からつっこんだ。その影響で、水面がおおきな水の王冠を形成した。

「だ、だいじょうぶか?」

 とっさに反応できなかった俊雄が手を差し出す。

「ううう……」

 アキは半泣きになりながら、後ろを振り向くと俊雄の手を取った。

「あ……」

 振り向いたアキを見て俊雄が赤面した。

「?」

 アキはなぜだかわからず、首をかしげると自分のすがたを見下ろした。

「…………」

 水にぬれたシャツが体にへばりついている。それは布地が薄いので、向こうが透けて見えいた。

 なだらかな肌色の隆起と、さくらいろの先端が、けっこうしっかり見て取れる。

「うひゃあああ!!!!」

 おどろいたアキは、あわてて両手で自分の胸を隠そうとした。俊雄の手をにぎったまま。

 俊雄の手の甲に、つめたくなった、ふわりとやわらかい塊に触れた。

「うあっ!」

 意外に強い力で、とつぜん引っ張り込まれた俊雄は、構えるヒマもなくアキの方へと倒れ込んだ。

「きゃあ!」

 悲鳴があがり、ついで派手な水音が森の中にこだました。

「うわっと! だっ大丈夫か? アキ……?!」

 言いかけて俊雄の心臓が跳ね上がる。押し倒したアキの細いからだが自分に巻き付くようにすがりついてきたから。しかし、その感触を確かめることはできず、必死でもがきつづけるアキをささえるだけで精一杯だった。

「お、落ち……落ち着け! アキ!」

 俊雄は自らの体に押しつけるようにして力一杯アキの体を抱きしめた。アキもまた俊雄の体に力一杯抱きついた。ふたりは、しばらくそのままの姿勢で抱きしめ合った。

 数秒か、数十秒か、はたまた数分。時の揺らぎすら忘れるほどの長い一瞬。お互いの温もりを感じ合ってしまう、そんなひととき。不意にアキの頭が動いた。

「と、俊雄君……く、くるし……」

 しぼり出すようなアキの声に、俊雄はあわてて力を抜いた。戦うために自分で鍛えまくったあげく、同年代の標準男子の筋力をはるかに超える膂力の持ち主になっていたことを失念していた。

「ご、ごめん。つい……」

 言いよどむ俊雄に、アキは笑顔で答えた。

「気にしないで」

 その言葉にはどんな気持ちが込められているのか。俊雄はもちろん、自らの胸の奥のハーモニーにとまどうアキにもわからなかった。

「ぬれちまったな。おれ、ランドヴィーグルから毛布かなんか持ってくるよ」

 そう言って、俊雄は元来た道をたどりはじめた。さいわい気候があたたかいので、風邪を引くおそれはないだろう。しかし。

 む~~、べたついて気持ち悪いや。ほかにだれもいなさそうだし、ちょっと脱いで乾かしておこーっと。

 そんな風に考えたアキは、着ていたシャツやスカートはおろか靴にショーツまで脱ぎ捨ててしまった。

 ん~~cきんもちいー。ちょっと泳いでみようかな。

 ヒマすぎて余計な思考がポコポコわいてでてきたアキは、みずうみに飛び込んだ。

「いい気持ち……」

 ゆったりとした気持ちになって、アキはゆっくり泳ぎはじめた。

 すばやく潜ってみたり、ゆっくり背泳ぎしてみたり、とても浅瀬でおぼれかけた人物と同一人物とは思えない。

 うそじゃない……ほんとうのことなの? やっぱり、すべて真実なの? わたしは、たくさんの人を殺してしまったの……?

 アキは水の中で、ひとしきり物思いにふける。静かに体を起こし、みずうみの中に立ち上がった。

 したたり落ちる水滴には瞳の端にうかぶ輝きが入り交じっているのだろうか。流れる水滴は、なだらかな隆起を伝い、透けるようなハダを通って小さなくぼみの横を駆け下りる。そのままやわらかい弧に沿って、その先の茂みに分け入り水面に消えた。

 アキは、流れるように体にからみついた髪をまとめると、岸にあがろうと振り向いた。

 視線と視線が絡み合う。

 俊雄がそこにいた。足もとには、抱えていたであろう毛布やタオル、男物のおおきなシャツが散乱している。

 アキは瞬時に沸騰すると、そのまま水の中に鼻先まで沈み込んでいった。

「す、すまん。のぞくつもりはなかったんだ……」

 そう言って、俊雄はきびすを返すと、森の奥へと入っていった。

 アキは、そーっとみずうみからあがると、タオルでていねいに体をふいて、シャツに腕を通した。

 ショーツは未だ乾いておらず、困り果てたアキは、しかたなくタオルを腰に巻いた。

「あの……俊雄……君? もういいよ」

 おずおずと呼びかけるアキに俊雄が、ああ。とかえした。まだ顔から朱のぬけない少年は、そろそろとみょうな足取りででてきた。

「?」

 それを見たアキはどうしたのだろうと思ったが、先ほどのこともあり、恥ずかしさから声をかけられなかった。

「……………………」

「……………………」

 ふたりは、押し黙ったまま目もあわせられなかった。ふと、アキは、俊雄の服もぬれたままであることに気付いた。

「俊雄君……着替えないの?」

 その質問に俊雄は軽く笑いかけただけだった。だが、すこし体が震えているのを見て取ったアキは、毛布を引き寄せると、抱え上げて立ち上がる。てこてこ歩いて俊雄の横までくると、くっつくように座って、ふたりの肩にかかるように毛布を被った。

「これなら、ふたりともあったかいよ?」

 赤くなりながら、アキはほほえんだ。俊雄は最初はびっくりした表情を見せていたが、やれやれとため息をつきながらほほえみをかえす。

 ふたりは、そのまましばらく寄り添っていた。

「……ねえ……俊雄君」

 アキは、思い出したように俊雄へ声をかける。

「わたしのこと……その……なんていうか……チョコちゃんも俊雄君もわたしにやさしくて……でも、そんな資格、わたしにはないんじゃないかって……おもって……」

 アキはさみしげな表情をしていた。俊雄はそんなアキを横目で見ていたが、顔を上に向けて天を見上げた。

「ごめんな」

 とつぜんの謝罪。アキは、びっくりして俊雄の横顔を見上げた。

 笑っていた。

「怒鳴っちまってゴメン。それが言いたかったんだ」

 俊雄は、横目でアキを見てから、クスリと笑った。

「アキだって不安なんだろ? 今自分の置かれている状況を把握するだけでも手一杯だろうに、チョコのことを気づかったり、おれのことを心配してくれたりさ」

 その表情が、アキにむけられる。

「ありがとうな」

 美しくも、かっこよくもないが、とてもやわらかい、やさしい表情だ。

「お、お礼なんて……わ、わたしは……」

 うまく言葉が紡げない。動揺は全身にひろがり、赤面してしまう。

「きっと君のこころは、罪悪感でいっぱいなんじゃないか? 自分が今生きているのかどうかさえ確信が持てないんじゃないか?」

 そのとおりだ。加えて言うなら、生きていることすら罪なのではと、思えてしまう。

「でも、わたし……すべて抱えていくしかないのかな。抱えて……いけるのかな?」

 アキのまなじりは、悲しみの輝きでいっぱいになっていた。

「……それは、おれになにか言える事じゃない。君自身が答えを出さなければならないことだと思うよ」

 俊雄は、笑顔をくずさず答えた。アキは、こぼれる輝きをぬぐうことなくうなずいた。

「だいじょうぶ、チョコも、教授も、そして……おれもいるよ」

 アキはその言葉に目を見開きながら、俊雄の顔を見やった。そこには少年の笑顔があった。

「俊雄君……ありがとう」

 アキもまた、笑顔で応えた。その輝きは、悲しみの色を残しながらも、安堵の色に変わっていた。

 服が乾いたのを確認したふたりは、傾きかけた日差しを背にして森を後にした。

「どうだった。たのしかったか?」

 ランドヴィーグルを運転しながら、俊雄はアキにたずねた。

「ええ。すごく楽しかった。ありがとう、俊雄君」

 アキは、とびっきりの笑顔を俊雄にむけた。それを横目で見ていた俊雄は、自らの奥に大きな鼓動を感じた。

「? どうしたの?」

 あくまでも無邪気に、アキはたずねる。

「いや……なんでも……」

 俊雄は自分の鼓動を知られてしまうのが不安で、素っ気なく応えた。

 それから家に着くまで、ふたりは、なんとなく押し黙ったままだった。


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